奇行の真実【解決編】



「それで、結局お姉さんは金土日と泊まっていったの?」


 紙パックの牛乳を飲みながら萩原さんが尋ねてきた。ちなみにおれたちはもう既に昼食を終えている。

 おれは頷いた。


「うん、泊まってった。今日の朝、始発で帰っていったよ」

「今日も帰ってくるの?」


 白本さんが眠たそうに言った。


「いや、今週からはいつも通り金曜日に帰ってくるつもりだって。本人が言ってたよ」

「他には何か言ってなかった?」

「ええと……確か『もう大丈夫だから』って言ってたかな」

「何が大丈夫なの?」


 再び萩原さんの質問。おれは首を傾げる。


「さあ? 訊いても答えてくれなかったんだ」

「他に気づいたこととか、ある?」

「……関係ないと思うけど、お土産のカップラーメン、土曜日に食べたんだけどまだいっぱい余ってたから、全部持って帰っていったよ」

「可愛い」


 うぜえな剣也。

 白本さんはややうつらうつらしながら質問する内容を思案し、


「お姉さん、泊まっている間の様子はどうだった?」

「普通だったよ。ずっとぬぼーっとしてた」

「可愛い」

「挙動不審だったのは最初の水木の二日だけだったね。というのも、その二日間姉ちゃんは早く寝て早く起きていったから、挙動不審なシーンしか見れなかったんだ」

「可愛い」

「つまりその二日の帰宅直後が挙動不審だったということね」


 剣也の合いの手を無視して萩原さんが上手くまとめてくれた。


「他に……そうだな、お姉さんの人となりを教えてくれる?」


 重そうな瞼を必死にしばたたかせながら白本さんが言った?


「人となり……って言われてもなあ。さっき話したこと以外で言うと、おれたち兄弟に大して無駄に姉ぶろうとするところがあるかな。けど精神年齢が一番低いから空回るんだ」

「可愛い」

「はいはい」


 同じ言葉を繰り返すゲーム世界の住人に成り下がった剣也を軽くあしらっておく。


「姉ちゃんについてはこのくらいかな。どう、何かわかった? って訊いても寝てみないとわからないよね?」


 白本さんは眠そうな顔に微笑みを浮かべた。


「うん……だから、寝るね。十分くらい経ったら起こして……」


 そのままふらりとテーブルに突っ伏してしまった。萩原さんがスマホを取り出すが、


「この角度じゃ寝顔が撮れないわね……」


 悔しそうに舌打ちしてすぐにポケットに戻した。それがいいと思うよ。



 ◇◆◇



 十分後、萩原さんが白本さんの肩を揺すって起こした。

 白本さんふわあ、と一度だけあくびをすると、すぐに本題を切り出した。


「生野くんのお姉さんがどうして帰ってきていたのか、推理できたよ。例によって証拠とかはないけどね」

「それでもいいよ。真偽は姉ちゃん本人に訊けば反応でわかるし」

「そっか。……それじゃあ説明していくけど、そんなに大それた理由じゃないから肩の力を抜いて聞いてね」


 それを聞いて少し安心した。


「まず、お姉さんが帰ってきた水木の二日のお姉さんの行動の共通点を考えてみて」

「姉ちゃんの行動の共通点? ……家に泊まったことかな?」

「他には?」

「ええと……」

「入浴だな」


 突然剣也が口を挟んでくる。どうやらゲームキャラから脱却したようだ。

 白本さんは頷いた。


「そう、入浴。それから服の洗濯だね」

「まあ、洗濯したのは響だけどね。服を洗濯機に入れたのは姉ちゃん本人だろうけど」

「入浴と洗濯が関係あるの?」


 萩原さんが首を捻りながら尋ねた。


「関係あるというか、だったんだよ」

「え!? 何でそうなるの?」

「だって、他にお姉さん何もしてないから。水曜日は晩ご飯を食べたけれど、木曜日に関しては帰ってきてお風呂に入ってお土産を渡して寝ちゃったんでしょ?」

「た、確かに……。でも、もしかしたらお土産を渡しにきたのかもしれないよ?」

「それなら帰宅した直後に渡したはずだよ。それにお土産の譲渡が目的ならそれを持って帰ったりしないと思う。それにそもそも毎週金曜日に帰ってくるんだから、その日に渡せばいいんだよ」

「それもそうか……」


 納得したおれに、白本さんは更に言う。


「お姉さんは入浴と服の洗濯をしてもらうために実家に帰ってきていた。それを裏付ける根拠の一つとして、水曜日に余分に所持していた衣服があるよ」


 あのワンピースと下着のことか。


「おそらくだけど、その服は昨日着ていたものだったんだと思う」

「何で昨日着てた服を持ってたの?」

「洗うためだよ」

「いや、どうして?」

、これしか思い浮かばなかったかな」


 剣也から、意義あり、と手が挙がった。


「ちょっくら待とうぜ白本ちゃん。そのワンピースが昨日の衣服と決めるのは早計じゃねえか? 例えば、今日着ていたものだったけど、家に帰る前に汚してしまって、着替えてきただけかもしれない」


 その反論に白本さんは頬を赤く染め、


「それなら、し、下着まで替える必要は、ないよね……」

「あ、そっか」


 萩原さんが剣也を睨む。女子に恥ずかしいことを言わせてしまった剣也は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 おれは話を戻すため慣れない咳払いを行う。


「ええっと、それでどうして姉ちゃんは服を洗えなかったの? 曲がりなりにも一年以上一人暮らしをしてるから、自分の部屋の洗濯機の操作くらいはできるよ?」

「その洗濯機に問題が起こったんじゃない? 故障とか」


 萩原さんがクールに意見を出した。

 そうか、洗濯機の故障か。それ故に服を洗うために家まで帰ってきたと。……いや、しかしそれだけで苦手な早起きをしてまで家に泊まるか? 金曜日に帰ってくるのは決まってるわけだから、洗濯物はそのときにまとめて我が家で出せばいいではないか。


 おれがこれを指摘すると、白本さんもおれに同意してくれた。


「わたしも生野くんと同意見だよ。生野くんのお姉さんの身に起こったのは、洗濯機の故障なんかじゃない。もっと深刻なことだったの」

「もっと深刻なこと?」


 物々しい言葉に剣也が眉をひそめた。

 白本さんが今回の件の根幹にあったできごとを言い放つ。


「お姉さんの宿んだよ」

「水道管の故障?」


 白本さん以外の三人の声が重なった。


「そう考えればすべての辻褄が合うの。洗濯機が使えなくなっただけで帰ってくるのはおかしけど、お風呂やトイレまで使えなくなったら帰ってくるしかなくなるでしょ?」

「確かに……」

「普段お土産を絶対に渡さないはずのお姉さんが、今回に限ってお土産を持ってきたのも水が使えなくなっていたことを示してる」


 カップ麺を作るにはお湯がいる。お湯を沸かすには水がいる。しかし水が絶たれていたため、仕方なくそれを実家に持ってきたのだ。早く食べたかったから。

 市販のミネラルウォーターを使用するという方法もあると思うのだが、姉ちゃんがそこまで頭が回るはずもない。


「火曜日の夜に水道管が故障して、その日の洗濯――もしかしたら入浴も――ができなかったどころか、凄く生き辛い環境に追い込まれてしまった。だからお姉さんは翌日以降、実家で寝泊まりすることに決めたんだね」

「けど、どうしてそのことを正直に言わなかったのかしら?」


 萩原さんが尤もな疑問を呈する。おれには何となくわかった。


「姉ぶろうとして空回りしたんだと思う。業者に修理を頼もうにも、姉ちゃんは人と離すのが苦手だからそれができなかったんだよ。そして、そんなことを弟たちに言ったら恥ずかしいので黙ってた。たぶんだけど、旅行から帰ってきた大家さんに頼んで水道管の修理を取り付けたんだ。その日付ないし修理が終わるのが月曜日――つまり今日――ってわけだね」


 『もう大丈夫だから』というのはそういう意味だったわけだ。水道管が直りますよ、と。


「ああ、くそっ! やっぱ可愛いな杏さん。羨ましい!」


 剣也が両手で頭を抱えて呻いた。おれは自然とため息を漏らす。


「これは可愛いというか、面倒くさいの領域だよ」



 ◇◆◇



 夕食時、向かいに座る響に白本さんの推理を聞かせた。


「なるほどお、水道管の故障かあ」


 響が腕を組んで納得したように唸った。


「うん。証拠はないけど、いままで白本さんが間違ってたことはないからたぶん当たってるよ」

「その白本さんって一体何者なの? 話聞く度に気になるんだよね」

「何者って言われても、クラスメイトの女子としか……。おれもよく知らないんだ」

「ふぅん」


 と、ここで玄関の扉が開く音が聞こえてきた。つい響と視線を交差させてしまう。

 入ってきたのは姉ちゃんだった。いつものバッグを手に普段通りの無表情でリビングに現れた。


「お姉ちゃん……どうしたの?」


 響が尋ねた。


「今日も泊まることにしたの」


 おれと響は顔を見合わせた。


「姉ちゃん、もしかして水道管の修理が長引きそうなのか?」


 おれのこの問いに姉ちゃんは口をぽかんと開いた。その反応を見て、白本さんの白本さんの推理が正しかったのだと確信する。図星を突かれたとき、姉ちゃんはこんな表情をするのである。


「亨くん、エスパーになったの?」

「違うよ。心強い名探偵がついてるだけ」


 おれはため息を吐く。


「姉ちゃん、今度からこういうことはちゃんと事情を説明してくれないか? おれたちに心配かけたくないのも、見栄を張りたいのもわかるけど、困惑するからさ」

「ごめん……」


 姉ちゃんはしゅんと肩を落とした。どうやら反省してくれたようだ。

 気を取り直したのか、響がぱちんと手を叩いた。


「そうだ、お姉ちゃんご飯食べたの?」

「ううん。だからお腹空いた」

「そっかあ……。どうしよ。食べるものいま何もないよ」

「そんなこともあろうかとカップ麺持ってきたの」

「えー、夜ご飯はちゃんとしたもの食べてほしいかな」


 わいわいと、騒々しい時間が始まった。つい苦笑してしまう。これが、おれたち三兄弟の日常だ。

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