作者の正体【解決編2】



「『作者』は漫研部員の中にいるんだよね? だからこそ白本さんは部室から場所を変えたんだ。あの漫画はカミハラへの告白だったわけだけど、それだけなら何も全員にひた隠しにする必要はない。それなのに隠したということはあの中に『作者』がいて、その『作者』の正体に誰かが到達する可能性があったからだと思うんだ。だから白本さんは『作者』のプライバシーを守ろうとしたんだよね?」


 唐突なおれの推理に白本さんと剣也はぽかんとしていたが、白本さんは気を取り直したように頷いた。


「うん。生野くんの言う通り、わたしは『作者』が誰なのか、絞り込めてるよ。だけどこのことは『作者』の名誉に関わるから各務原くんには教えられなかったんだ」


 名誉に関わる、か。けっこうな人数の前で自分の気持ちを暴露されることになるわけだからな。それに『作者』がこんな告白をしているということから考えて、大衆に知られるのは本位ではないのだ。しかし、いささか誇張しすぎな表現の気もするが。


「それに確証がないから。わたしがわかったのは一番可能性が高い人ってだけなの」


 ここまで自信がないのは珍しい。けれど白本さんの辿り着いたことなら、きっとそれが真実なのだろう。

 剣也が暢気な声を上げた。


「にしても亨。何いっちょ前に白本ちゃんみたいな鋭さ発揮してんだよ」

「色々と巻き込まれて鍛えられたんだよ」


 剣也は白本さんに顔を向けた。


「それで白本ちゃんよ。結局『作者』は誰なんだ? というかそもそもどうして『作者』が漫研にいるってわかったんだ?」


 それもそうだ。全校生徒プラス教職員で六百人を超える。そこからどうやって絞り込んだのだろうか。


「鍵になったのは四枚目の漫画に描かれていた本棚だったの。あの本棚には実在の本棚に並んでいる漫画と同じ漫画が描かれていたよね。各務原くんの考えだと『作者』は先月の中頃に撮られた部室の写真を元に描いたことになってるけど、それだとおかしいよね」

「あ、言われてみりゃ確かに」

「鍵は部長の中原先輩が持っているから部外者は入ることはできない。だから『作者』は自然に部室に入ることができる人間……漫研部員か日高先輩だけなんだよ」


 なるほど。


「じゃあ、そこから更にどうやって絞るの?」

「今度は二枚目の漫画が鍵になるの」

「幾村とかっていう教育実習生の漫画か?」

「うん。おそらくだけど『作者』は漫研内の二年生の誰かだよ。幾村さんは授業に出入りしていたって聞いたよね。だから二年生以外の人があの漫画を描くのは難しいと思うんだ。あの漫画の幾村さんは顔の特徴がしっかりと描かれていたよね。黒子や濃いめの眉……。他学年の生徒では幾村さんの名前は知れても、詳細な顔立ちまではわからないと思う」

「幾村って名前を聞いて、もしかしたら告白のネタに使えるかもって思って、観察しにいったかもしれねえよ?」


 剣也が反論をした。

 しかし白本さんはこれを華麗に退ける。


「この幾村さんが現れた時点では一枚目の漫画はもう各務原くんに渡っていたはず。つまり告白の計画は既に練られていたってことなの。だから本来は幾村さんとは別に『幾』の字を担う誰かを見つけていたと考えられるんだよ。わざわざ幾村さんを観察する必要はないの。近くに『幾』の字を持つ幾村さんが現れたからこそ、『作者』は彼を漫画に登場させたんだと思う」


 おそらく本来予定していた『幾』の登場人物は寸田さんと同じく、もうこの学校に在籍していない人だったのだろう。名前に『幾』が含まれている人なんて滅多にいない。在学生が知らない人を多様するのはこの暗号的にフェアじゃない。『作者』はそう考えたのかもしれない。……もしくは。


 白本さんは推論を続ける。


「この推理から中原先輩と小野坂くんが条件から外れて、残りは日高先輩を入れて四人。ここから一気に特定することができるよ。……最後の鍵は三枚目の漫画」

「インパクト抜群の松原先生の絵だね」

「そう。だけど今回は松原先生や絵の構図は無関係なの。関係があるのは各務原くんが漫画を受け取った日に起こったできごと」

「受け取った日? ちょうど一週間前だよね。何かあったけ? ……あ!」


 そうだ。あの日は確か。


「前日も含めて、二年E組が風邪で学級閉鎖になったよね。つまりE組の人が除外される。残ったのは一人だけ……」


 ええと、確かE組なのは沢城さんと坂本さん。それから沢城さんが日高さんとクラスメイトだと言ってたっけか。ということは、つまり……え?


 あまりの衝撃に硬直してしまった。顎に手を添えて考えていた剣也も凍りついている。

 白本さんが努めて冷静な声で言った。


「『作者』は杉田さんだよ」



 ◇◆◇



 世の中には同性愛者というものが存在しているから、こういうことが有り得ないわけではない。しかしだからといって驚くなと言われてもどだい無理な話である。


 しかしそれと一緒に納得もした。白本さんが名誉という大仰な言葉を使ったことに。この国で同性愛者の肩身が狭いのはいくら恋愛系の感情に鈍感なおれでもわかるし、もしカミハラに『作者』が杉田さんであることを教えて、それが間違っていたら風評被害もいいとこである。


 そしてもう一つ。この迂遠極まりないややこしい暗号による告白も、白本さんの語る衝撃の事実をすんなりと受け入れられたことに一役買っている。伝わらなくても伝えたい、ではなく、伝えたいけど伝わらないでほしい、というかなり複雑な感情が感じられる。


 白本さんが付け足すように言う。


「最初に言ったけどこの推理には確証はないからね。学級閉鎖になっていても、朝だけこっそりと登校して漫画を下駄箱に入れておくことも可能だから」


 そうは言うものの、それは中々に難しいことである。まずカミハラがいつ登校するのかわからないから、かなり早いうちに学校にいかねばならない。月曜日から学級閉鎖だったわけだから、その次の日も休みになることは容易に想像できる。確実に家族に見咎められるだろう。


 おれは白本さんの推理を聞いて、ずっと思っていたことを口に出す。


「 ……もしかして、だけど。杉田さんは暗号よりも『作者』が自分であることに気づいてほしかったんじゃないかな」


 白本さんが頷いてくれた。


「わたしもそう思う」

「どういうこったよ二人とも?」 


 おれが答える。


「買ったばかりの漫画をわざわざ漫画に描いたり、幾村さんという二年生しか知らないような人を登場させたり、よりによって二年E組が学級閉鎖に陥っている間に漫画を送ったり……。重要なヒントをいくつも残している。本気で隠すつもりならもっと慎重になったはずだ」

「ううむ。なるほどな。でも、なんだってそんなことを?」

「そこまでは、わからないけど」


 丈二に訊いてみるか? とか考えていると、白本さんがぽつりと呟いた。


「きっと、自己満足がしたかったんだと思う」

「どういうこと?」

「暗号は伝わらなくても『作者』が自分だと知ってくれたら、告白が伝わったと思うことにしていたんじゃないかな」


 なるほど。だとしたら、


「おれたち、杉田さんの狙っていたことと真逆のことをしちゃったんだね」


 これは人の恋路を邪魔したことになるのだろうか? それとも暗号の意味をカミハラが知ったことで手助けになったのだろうか?


 剣也は頷きつつも肩をすくめた。


「そうなるな。けどしょうがなくね? カミハラだって気になるだろ、あの漫画。もし悪意が隠れていたら嫌だろうしな」

「そう、だな……」


 先ほどの爽やかな空気から一辺、もやもやとした謎の空気がおれたちを包み込んでいた。

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