最終的にはやっぱり彼女



 委員長のスマホの着信音が昇降口に鳴り響いた。委員長はポケットからスマホを取り出すと画面を確認した。


「小波ちゃんからだ……。もしもし?」


 このタイミングでの伶門さんからの電話。何となく事件に関係することだろうと思って、スマホから漏れる聞こえる声に耳を傾けた。


『もしもし、伶門小波と申しますが委員長のスマートフォンでよろしいでしょうか?』

「当たり前でしょ。どうしたの? そんなにかしこまって」

『い、いや、委員長に電話するの初めてだったから……。違う人にかけちゃってたらどうしようって思って』

「そ、そうなんだ。まあ小波ちゃんらしいといえばらしいね」


 確かに真面目且つ天然の彼女らしい。何度も画面を確認する姿が容易に想像できる。


「それで、どんな用なの?」

『あっ、そうだった。えっとね、いま駅にいるんだけど、麗川も近くにいるのよ』

「え、そうなの!?」


 委員長は一瞬だけおれたちに目配せし、


「麗川くん、何色の傘持ってる?」

『黒い傘だよ』


 おれたちの顔が一斉に困惑に染まった。


「わかった。ありがとね小波ちゃん」


 委員長が電話を切ると、おれたちは沈黙に包まれた。どういうこっちゃ。

 剣也が咳払いをして、現状の整理を始めた。


「ええと……まず麗川は黒い傘を使ってたんだよな。ということはこいつは犯人じゃないってことだ。そうだよな?」


 確認を取ってきたので三人で頷く。


「麗川が犯人の可能性が消えたわけだから、必然的に残りの容疑者は安住と安藤さん。けどさっきまでの推理を参照すると、安藤さんは彼氏と相合い傘で帰ったわけだから犯人となり得ない。つまり犯人は安住ということになるわけだが……これはこれでおかしいんだよな?」

「ああ」


 おれは頷いた。


「安住君が委員長の傘を盗んだとすると、安住君自身の傘は盗まれてしまっていたことになる。黒い傘は安住君のものじゃなくて、他の誰かのものだったってことだ。だとすると、それは誰のものなんだって話になる。いま学校に残ってる萩原さんの傘ではない。安藤さんの傘だとしたら、昇降口前にいた彼氏が黙っているはずがない」


 そしてもちろん、麗川君の傘でもない。彼は今朝、雨に降られて身体を濡らしていたのだから。

 唸り声を上げながら腕を組んでしまう。ややこしい話になってきた。数学は苦手だというのに。いや、数学っていうほど難しい数式は出てこないが。


「やっぱり、黒い傘は安藤さんの傘なんじゃね? 彼氏が見逃しちまったってだけで。自分の彼女と同じ傘を使ってる奴を見てもとめないだろ」


 剣也が徒労感を含んだ声で言った。


「確かに見逃したってこともあるかもしれない。けど、安藤さんがやってきたのはなんだぞ。それなら傘を盗まれたと知った彼氏さんが麗川君を追って傘を返してもらうことができる。相手が体育会系で強面の人なら勇気が必要だけど、麗川君は小柄な優男だから十分可能だと思うし」


 おれの反証にぐおおと呻く剣也。


「そもそもあの男子生徒が安藤さんの彼氏かどうかもわかんねえよな」

「それはそうだが、彼氏じゃないとすると傘の数と人数が一致しなくなるぞ」


 丈二の反論にうがああと頭を掻く剣也。


「安住が犯人だとすると黒い傘の持ち主がいなくなり、麗川は犯人ではなく、安藤さんが犯人だとすると誰か一人――安住か――が雨に濡れてしまうが誰もそうなってはいない。一体どうなってんだこりゃ」


 丈二が頭を悩ませる。

 なんか新しい情報がもたらされる度に事実が複雑化しているような気がする。四人でここまで考えてもわからないとは……。先ほど萩原さんに「白本さんの手を煩わせることはない」と大見得を切ったけれど、撤回することになるかもしれない。


「ああくそっ! わかんねえええ!」


 ブドウ糖を使い過ぎて錯乱したのか、剣也が自分の頭を傘の柄で何度も殴りつけたん? 傘の柄……? そうだ!


「思い出したぞ!」


 思わず大声を発してしまい、他の三人がびくっと肩を震わせた。


「な、何を思い出したの、生野くん?」

「傘の柄の色が違ったんだ! 今朝見た安住君の傘とさっき見た黒い傘は別ものだったんだよ。今朝見た傘は真っ黒なだったけど、さっきの傘は柄が白かった。つまり安住君の傘は盗まれていたんだ!」


 ここにきての大発見。もっと早く思い出していればよかったぜ。

 しかし三人はほぼノーリアクションだった。剣也がため息を吐く。


「それで、結局麗川が盗んだ黒い傘の持ち主は誰なんだ?」

「あ……」


 安住君の傘が盗まれていたことはそのことにあまり関係ないではないか。せっかく思い出した情報は無意味なものだったようだ。


「やっぱり黒い傘は安藤さんのものだったんじゃねえのか? だってもうそれしか浮かばんぞ」


 剣也が投げやり気味に言った。気持ちはわかる。先ほど反論しておいてなんだが、確かにもうその線しかないように思っているのだ。けれど、やっぱり違うとも思う。どうなっているんだか。


 丈二が口を開く。


「うーん……。俺はそもそも安住が犯人なのかどうかが怪しいと思い始めている。傘を盗むとしたら、やっぱり自分の傘と同色のものにすると思うんだよなあ。家族の目や周りの目を考えるとそうするだろうし、大量にある傘のうちから一本を盗る場合ならどれでもいいと思うかもしれないけど、二本のうちから一本を盗るとしたら自分のと似たものを手にするんじゃないか?」

「それは何となくわかるけど、黒い傘は麗川くんが使っていたのは確定したわけだし……」


 委員長の反論に丈二は頷いた。


「それはそうなんだが……。こうなると犯人は安藤さんで、安住は何か特殊な方法で濡れずに帰ったんじゃないかと思えてくる」

「特殊な方法って?」

「まだわからないけど、例えば昇降口前の男と相合い傘をして帰ったとか」


 あんまり見たくない画だが絶対に有り得ないと否定もできない。

 安住君が犯人だとしたら黒い傘の持ち主と、黒い傘の方を盗まなかった理由がわからない。安藤さんが犯人なら安住君の帰り方がわからない。


 何かもう手詰まり感が出てきた。早いとこ白本さんに連絡してさくっと解いてもらうのはいかがか?


 そのことを提案しようとした直後だった。


「あれ? 生野くん、浅倉くん、委員長に丈二くん?」


 下駄箱側からふわふわした声が飛んできた。噂をすれば! と思ったがおれが考えていただけで噂にはなっていなかった。なので改めて、思いは通じるとはこのことか!


 振り返ると見慣れた色白の小柄な少女、白本さん、それから相変わらずモデルのような出で立ちと雰囲気の萩原さんがいた。


「いいところにきた! 白本ちゃん!」


 剣也が叫んだ。あまりにも節操のない大声に白本さんは驚いたのか反射的に二歩ほど後退した。


「ええと……なっちゃんから聞いたけど、変なことに巻き込まれてるの?」

「うん。まあ、ね……」


 バツが悪くなったおれは目を逸らしつつ肯定した。萩原さんのため息が聞こえてきた。


「由姫の手は煩わせないって聞いたけれどね」

「ご、ごめん」


 口調は責めるものではなく呆れているような感じだったが、やはり申し訳なく思ってしまう。

 苦笑いを浮かべた白本さんが尋ねてくる。


「それで、どんなことが起こったの?」


 おれたちはいままで話し合っていたことをまるっと伝えた。ああいう推理、こういう推理をしては新情報に飲み込まれる。そして最終的に手詰まりになってしまった。

 話を聞き終えた白本さんはもういまにも眠ってしまいそうだった。立ったままこっくりこっくりと船を漕ぎながら彼女は言った。


「みんなが、悩んでることの他に、おかしなところがもう一つあるみたい……」

「え!? まだ何かあんのか!?」


 剣也が悲痛の声を上げた。


「うん……。わたし、五限目が終わった後の休み時間に下駄箱の前を通ったんだけど、そのとき生野くんが二本の傘を見た傘立てに、黒い傘は一本しかなかったんだ……」


 ……それは、どういうことだ? 白本さんの記憶違いということはなさそうだ。彼女は記憶が人並み外れていいみたいだし。けれど、白本さんの言葉が本当だとしたらおかしなことになる。おれは安住君の傘といま麗川君が使っている傘の二種類の黒い傘を目撃しているのだ。


 委員長が低く唸った。


「ただでさえわからないことがあるのに、もう一つ変なことが増えちゃったね……」

「もうこの事件、おれたちの頭では及びもつかない領域に達してるよね」


 呆然と呟くと、剣也と丈二も頷いた。

 頼みの綱の白本さんは眠そうにふらふらしており、倒れてしまわないか心配だ。というより、いつもより少し辛そうである。眠ろうにも眠れない、みたいな雰囲気だ。


「白本さん、大丈夫? なんかいつもと様子が……」


 彼女は弱々しい笑みを向けてきた。


「うん、大丈夫だよ……。今日はちょっと、レッドブル飲んだから、寝るのに時間がかかるってだけで……」


 そういえばレッドブルを大量に持参していたっけか。……あれを飲んで眠れる人類がいるとは。それともあの白本さんの睡眠を妨げる効力を持つレッドブルが流石と言うべきか。


 萩原さんが心配そうな顔になる。


「由姫、ちゃんと眠れる? 気絶と睡眠は別だからね」


 物騒な単語が聞こえたが……。


「き、気絶ってなんだ!?」


 剣也が大声を上げる。


「さっきまで由姫は気絶していたのよ」


 だからなぜ気絶したのだ。

 白本さんはゆっくりと頷く。


「うん……ちゃんと、眠れるよ……」


 言葉通り白本さんは眠りについたようで、その身体が後方に倒れる。危ない! と思ったが萩原さんが問題なく受け止めた。

 萩原さんは委員長に、自身のスカートのポケットから大きめのハンカチを取り出してもらうと、それをスノコの上に敷いてほしいと頼んだ。委員長が萩原さんの依頼に応えると、萩原さんは白本さんをハンカチの上に座らせ、下駄箱に背を預けさせた。そしてスマホで白本さんの寝顔を撮った。……最後の動作がなければ紳士的なのだが。


 さて、これからどうしようか。白本さんを起こすまで――そういえばいつ起こせばいいのか聞いていない――何も考えないというのは流石にどうかと思う。しかし考えたところでわかる気がしない。


 白本さんは言っていた。黒い傘は一本だけだったと。だったらおれが見た二種類の黒い傘は何なのだ。この不可思議な事実は謎を解く鍵になるのか否か。

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