演劇部事件会議



 放課後。おれと委員長、白本さんは再び部室までやってきた。伶門さんはお手洗いに向かったので少し遅れてやって来るだろう。おれと白本さんは昨日と同じように自販機で冷たいお茶を購入した。


 部室には既に昨日最初にいたメンバー――小泉さん、東条さん、松原さん――が来ていた。小泉さんが昼と同じように教壇に立ち、他のお二人は席についていた。それから……窓際最後方の席に知らない男子生徒が座っていた。怖い外見というわけではないが、どこかやさぐれたような雰囲気をまとっている。


 おれと白本さんが彼に奇異の視線を向けていると、それに気づいた小泉さんが教えてくれた。


「あいつは文芸部の石崎たかし。戯曲の作者よ」

「よろしく」


 疲れ切ったような低い声で挨拶された。これがあの人の地声なのだろうか。おれと白本さんも自己紹介をした。白本さんの名前を聞いた石崎さんは黒目を白本さんに固定し、


「君が白雪姫役だな……うん、似合う」

「でしょでしょ! しかも見た目だけじゃなくて雰囲気や喋り方も本物の白雪姫そっくりなの! 本物の白雪姫と会ったことないけど!」


 小さくも満足そうに頷く石崎さんと彼に激しく同意する小泉さんに、白本さんは曖昧な笑みを返すのがやっとのようであった。

 しばらくすると他の演劇部員の方々が次々とやってきて、伶門さんも例のヨーグル茶を所持して現れた。全員が席につくと、小泉さんは伶門さんにアイマスクを外すよう要求し(色々と面倒だからだろう)、昼と同じように教壇に立った。


「さて、昼も話した通り、戯曲から十ページ目と十一ページ目が盗まれたわ。しかも、犯人が演劇部にいる可能性が極めて高い。石崎のパソコンにデータがあるから劇には何の支障もないけれど、腹に何かを隠した人と一緒に演技なんかできないし、みんなだって気になるでしょう。犯人が演じるのが何かを隠しているキャラクターの役者ならそれはそれで許すけれど、あいにくと今回の『白雪姫』にそんなのはいない。そうよね、石崎」

「いないな。強いて言えば王子が性別を、女騎士が王子に対する気持ちを隠してるけど、今回のとは系統が違いそうだ。犯人が盗んだものはあまり意味のないものだ。少なくともお前らにとってはな」

「つまり、犯人にとっては意味のあるものってわけね。一体全体、犯人は何を企んでいるのやら……。じゃあ、最後にもう一度訊くわ。盗んだのは誰? 安心して。断言するけど、百パーセント怒らないから」


 だから最後の言葉が余計なんだってば。

 その余計な一言のせいか、名乗り出る者はいなかった。小泉さんは残念そうにため息を吐くと、にやりと笑った。


「名乗り出ないならしょうがないわね。それなら、徹底的に調べ上げるしかないわ。魔女狩りの始まりよ! オーホッホッホッホッホ!」


 しかしすぐに真顔に戻る。


「とは言っても、部員たちで『あいつが怪しい。こいつが犯人だ』みたいに糾弾し合うのはよろしくないわ。魔女狩りとは言ったものの、ここは慎重に行くのがベターよね」


 確かにそうだ。こんな小規模な事件のせいで無関係な部員同士に怨恨ができたら目も当てられない。部長なだけあって、そこのところはちゃんと考えているようだ。

 小泉さんは腕を組んだ。


「とりあえず、まずは…………どうしよう? どうしたらいいと思う? 白本ちゃん」

「え?」


 いきなり名指しされた白本さんは困惑しながらも、


「ええと……アリバイの確認とかはどうでしょうか?」

「あっ、なるほどね。あたしがこの部屋に戯曲を持ち込んだのは始業のチャイムが鳴る直前で、昼休みになってすぐに部室ここに来たわけだから、犯行が可能なのはホームルームか一、二、三時間目の授業から抜けた人。もしくはその間にある休み時間にいなかった人ってことになるわ。それじゃあ、まずはあたしからね。授業は抜けてないし、休み時間もずっと教室にいたわ。証人はロンドンやミッキー、ヒロにマーズよ」


 名前……というか渾名を呼ばれた人たちは銘々に頷いた。しかしマーズさん――子人役で名前を星火せいかという――が手を挙げた。彼女は聞くとイライラするようなギャルっぽい声音で、


「そういえばさぁ~、ミッキーとロンドンはぁ~、休み時間いなかったっぽくなかったぁ?」


 そういえば、彼女は子人と兼ね役で村娘の役もやってたっけか。こんな村娘は嫌だけれど。


「ああ、そういえばミッキーは一時間目の後の休み時間に、ロンドンは三時間目の後の休み時間にいなかったわね。何してたの?」

「トイレに……」

「同じく」

「それを証明できる人は?」

「いないよ」

「同じく」

「まあ、いたらいたで問題があるものね」


 小泉さんは黒板に二人の名前を書いた。容疑者、というわけである。


「次は……うん。一人ずつ訊くのも面倒ね。ホームルームや授業を抜けた人はいる? もしくは抜けた人を知ってる? もちろん部員の話よ」


 全員がかぶりを振った。


「それじゃあ、休み時間のアリバイがない人。もしくはアリバイがなさそうな人に心当たりがある人」


 今度は三人の手が挙がった。その中に委員長と伶門さんが含まれていた。そういえばこの二人、確か二時限目と三時限目の間の休み時間にいなかった。

 小泉さんは手を挙げた三人を見回すと、葉巻っぽいものを咥えている人を手で指し示した。


「じゃあダディ」


 名指しされたダディさん――名前は確かたちばな流香るかさん――は行儀悪く両脚を机に乗っけ、


「俺は一時限目の後の休み時間のアリバイがねぇ。移動教室だと思って美術室の前で待ってたんだが、どうやら移動教室じゃなかったようだぜ」


 男口調の彼女の役は確か王子の心意気に惚れて魔女討伐に同行するガンマンだったはずだ。どうしておとぎ話にガンマンが出てくるのだ。


「本当にいなかった?」


 小泉さんは橘さんと同じクラスと思しき何人かに尋ねた。彼女たちは総じて頷いた。


「なるほどなるほど」


 黒板に橘さんの名前を書き、チョークをおれたちの方に向けた。


「んじゃ、次は委員長と小波ね」


 委員長がおそるおそる言う。


「私は二時限目と三時限目の間に名目なめ先生に頼まれて資料室に資料を取りに行っていました」

「それ、アリバイにならないの?」


 小泉さんがきょとんとした顔で言った。


「はい。一人でしたし、資料を探すのに手間取って、クラスに戻ったのが三時限目直前でしたから」

「ふむふむ。小波は?」

「私も委員長が不在の時間、トイレに……。私がクラスに戻ってすぐに委員長が来ました」

「ふぅん。長いトイレだったのね。大便?」


 そういう質問はやめてあげましょうよ。当惑する伶門さんだったが、どうやらその質問は冗談だったようで、小泉さんはおれと白本さんに視線を投じてきた。


「白本ちゃんと生野君、二人の証言は本当?」


 白本さんは曖昧に首を捻った。この子は休み時間にいつも寝ているから知らないのである。


「はい。確かですよ」


 おれが答えた。小泉さんは唸りながら黒板に二人の名前を追記する。すぐに向き直り、


「一応、確認しておくけど、白本ちゃんと生野君と石崎はアリバイあるのよね?」


 石崎さんのことはわからないため、白本さんとおれのアリバイについてはっきりさせておこう。


「おれも白本さんも授業から抜けてはいません。それは委員長と伶門さんが証人です。二人がいなかった二時限目の後の休み時間は、白本さんはずっと寝てましたし、おれは麗川という男子生徒にずっと話しかけられていました」

「石崎は?」

「俺はずっと教室にいた。部員の中にも証人が何人かいるだろ」


 その言葉通り、彼と同じクラスの方々がそれを立証した。


「なるほどなるほど。つまり容疑者はミッキー、ロンドン、ダディ、委員長、小波ってわけね。あら、奇しくも、悪しき魔女を倒さんとする王子パーティの五人じゃない」


 小泉さんが黒板に連なる名前を見ながら呟いた。そう説明されると本当にやる劇が『白雪姫』なのかわからない。いや、いまはそんなことはどうでもいい。おれは挙手をして、遠慮がちに言った。


「あの、小泉先輩も容疑者になるんじゃないですか?」

「私も?」

「はい……。戯曲をこの部屋に置いたとき、二ページだけ持っていくことはできますよね? まあ、小泉先輩が犯人だったら、いまこうして犯人捜しなんてせずに、事件のことを無視すればいいだけですけど……」

「そうでしょうね。そうでしょうけど、犯行は可能だと言いたいわけね」

「はい」


 この返事に小泉さんはチッチッチ、と人差し指を振った。


「あたしにはそんなことできないわ。だって、石崎と一緒に置きに来たんだもの」

「あっ、そうだったんですか」

「そうだったんです」


 おれは石崎さんを振り返る。彼は頷いた。

 白本さんが首を傾げながら口を開く。


「でも、どうしてお二人はわざわざ一緒になって?」

「そんなの、あたしが石崎のこと好きだからに決まってるじゃない。石崎ともう少し一緒でいたかったから、嫌々言う彼をむりやり引っ張ってきたの」


 堂々と言い切る小泉さんにおれと白本さんはたじろいだ。いや、困惑したのはおれたちだけではなく、この場の一年生全員であったようだ。しかしそれは演劇部では周知の事実だったようで、先輩方は身じろぎ一つしなかった。石崎さんを見ると、彼は肩をすくめて肯定してみせた。


 なるほど。小泉さんには犯行は不可能のようだ。お昼に事件が発覚したときにはロンドンさん――もとい松原さんが一緒だったようだし……待てよ。石崎さんまたは松原と共犯だったならば、彼女にも犯行が可能なのでは、と考えたけれど、それはすぐに放棄した。さっき自分が言ったのではないか。彼女に犯行が可能だったとしても、彼女が犯人である可能性は低いのだ。


 小泉さんが犯人ならばこんな小規模な事件、相手にせずに無視するように部員たちにけしかければいい。部長という立場の彼女にならそれは可能だし、そもそも事件を発覚させなければいいだけの話だ。ページ二枚を掠めとった後、石崎さんに盗んだページがなくなったと言って、補充すればいい。


「とりあえず容疑者は五人ということで異存はないわね?」


 誰にもなかったようで、室内はしーんと静まり返った。


「ふむ。じゃあ、次は……どうしたらいいと思う、白本ちゃん?」

「犯人はたまたまこの部屋に入って、たまたま戯曲を見つけて、二ページを持ち去ったと考えられますから――」

「わかったわ! 五人の中でこの部屋に訪れる必然性があった子が犯人ってわけね!」

「そうだと思います」


 部屋に訪れる必然性………というと、最初に思い浮かぶのは忘れ物だろう。小泉さんもおれと同じことを考えていたようで、


「この部屋に最後に集まったのは一昨日だったわね。そのとき、誰かの忘れ物を見た人はいる?」


 部員たちは「見た?」「知らない知らない」とざわめきながら、互い互いに確認し合っていたが、やがて白本さんが挙手をしてふわふわした声で言った。


「そういったものはなかったはずです。私、記憶力には自信があるので、間違いはありません」

「そっか。白本ちゃんもいたもんね」

「はい。みなさん自分の荷物はちゃんと持っていきました。記憶力を疑うなら、誰がどの順番で部屋から出ていったのか逐一言うことができます」

「凄っ! けど、そこまでやんなくても大丈夫じゃない? 単純に、一昨日の忘れ物なら昨日取りにくるだろうからさ」


 それもそうか。それにしても白本さん、本当にそんなことができるならば、確かに凄まじい記憶力である。


 まあ、それはそれとして。忘れ物を取りに来たのではないとしたら、犯人は何をしにここにやってきたのだろうか。そもそも戯曲の二ページを盗んだ動機も不明だというのに、これ以上不可解なことをしないでいただきたい。過去形だから、しないでいただきたかった、の方が正しいか。


「ううむ……他に何か……ある?」


 小泉さんが腕を組んで唸った。部員の一人からこんな意見が出た。


「早弁を食べに来たっていうのはどう? 教室で食べるのが恥ずかしいから、ここまで来たの」

「どうかなぁ。少なくともミッキーとロンドンは教室を出てくとき弁当箱なんて持ってなかったわよ?」

「流香も持ってなかったわ」


 小泉さんの言葉に他の部員も続き、おれも委員長と伶門さんが何も手にしていなかったと証言した。

 早弁説を唱えた部員さんはしかしまだ諦めていないようで、


「早弁だからって、何も弁当じゃなくてもいいじゃない。購買でパンか何かを買ったのかもしれないし」

「いやいや、購買に行って、部室に行って、買ったもの食べて、教室に戻ってくるだけで十分超すわよ」

「ああ、そっか」


 小泉さんの反論に部員さんはがっくりと肩を落とした。


「他に何か意見がある人?」


 小泉さんが尋ねてくるけれど、誰も手を上げる人はいなかった。おれも頭の中で考えてみるけれど、それらしい案は思いつかなかった。


「ソッコーで行き詰まったわね……。他にどんなアプローチがあるかしら。どう、白本ちゃん?」


 どうやら小泉さんは完全に白本さんに期待を寄せているらしい。白本さんは考える素振りを見せることなく答える。


「動機の方面から考えるというのはどうでしょうか?」

「ああ、なるへそなるへそ。確かにそこは重要だし、この事件の最大の特徴とも言えるわね。だって盗んでも無意味なんだもの。紛失したのは戯曲の十ページと十一ページ。石崎、そのページにはどんなことが書いてあったの?」


 石崎さんは机のフックに掛かっているバッグから、のろのろとクリアファイルを取り出すと、そこから二枚の原稿用紙を出した。


「九ページ目から続く小人たちの何てことのない会話のシーンだ。これはさっき、印刷室でコピーしてきたもんだ」


 小泉さんは彼の元でそれを受け取ると、再び教壇に舞い戻った。しばらくそれを読むと――たまにくすっと笑っていた――、今度は教卓に置いてあった原稿用紙を捲った。


「うん……。面白いシーンだけど、やっぱり盗まれるようなものには見えないし、盗もうとも思わないわ」


 小泉さんは部員の一人に問題の二ページを手渡した。そこから回し読みが始まり、少ししてからおれのところにも回ってきた。途中、読みながらみんな笑っていたから、凄く気になっていたのだ。拝読してみて、なるほど確かに面白いシーンだと思った。けれど、小泉さんの言う通り、盗もうとまでは思わないだろう。というか部員たちには台本として配られるわけだから、盗む必要がないのだ。


 部屋にいる全員が読み終わったところで、小泉さんが口を開いた。


「誰か、読んでみて、気づいたこととかある?」


 返事はなかった。小泉さんはがくっと肩を落とした。


「うーん……。動機面からも無理っぽいわね。じゃあもうこうするしかないわ。ミッキー、ロンドン、ダディ、小波、委員長に告ぐ。いますぐ自供しなさい。絶対に怒らないから」


 だから最後の一言が余計なんだよ。案の定、名指しされた少女たちは誰も何のアクションも起こさなかった。

 小泉さんは頭を掻いた。


「ミッキー。犯人はあなた?」

「僕なわけないじゃないか!」

「じゃあロンドン?」

「違う」

「ダディ?」

「俺がそんなこすいことするかよ」

「小波?」

「違いますよ!」

「委員長?」

「王子に誓ってありません」

「あんたたちふざけてんでしょ」


 自分で作った掟に苛立つ小泉さん。

 おれは冷静になって考えてみる。犯人の目的は何なのだろうか? 戯曲から二ページを盗んで、何がどうなるというのだ。そんなことで劇が中止になるわけがないと、誰でもわかるはずだから、演劇部の邪魔をするのが目的というのはないだろう。じゃあ個人的なことか? しかし、読んでみた限りでは人の運命を左右するような重大な出来事は書かれていなかった。犯人はいったい何がしたかったんだ。


 それから犯人がこの部屋に入った理由だ。白本さんが述べた推理には納得できるところがあるから、やはり犯人は演劇部の人間なのだろうが……その演劇部の人もここにくる理由がないではないか。


 ため息を吐く。まったくわからん。おれはずっとほったらかしにしていたお茶を口に含んだ。気温の暖かでペットボトルに現れた水滴が垂れていたようで、置いてあった地点に小さな水溜まりを作っていた。ハンカチでさっと拭う。隣に座る白本さんもおんなじことをやっていた。お互いに顔を見合わせ、何となく笑顔を浮かべた。恋人か。


 小泉さんたちは顧問の先生は怪しくないか、という議論をしていたが、その先生は今日出張だったということを誰かが思い出したので、またふりだしに戻った。


 ここまでくると、別の可能性も検討しなければならない。すなわち――


「あの、小泉先輩」

「ん? どしたの生野君」

「戯曲って、この部屋のどこに置いてあったんですか?」

「何でそんなこと訊くの?」

「いえ、犯人が部外者で、廊下側の窓から中を見たとき戯曲を発見して盗んだ、ということもあるかと思いまして」

「ああ、なるほど」


 小泉さんは戯曲の束を手にすると、伶門さんのいる席まで移動し、


「小波。そのクソ不味い飲み物どけて」


 愛飲している飲み物を侮辱された伶門さんは、不服そうな顔をしながらも、机の真ん中に置いてあったペットボトルをどけた。自分が容疑者になっているから飲む暇がないのか、ヨーグル茶は部室にきたときから減っていなかった。


 小泉さんは伶門さんの机に戯曲を放った。


「こんな感じで置いてあったわよ」


 伶門さんの席は窓際の列の上から二番目。おれが座っているところの左斜め上に当たる場所だ。この席なら、問題なく廊下側の窓から確認できる。しかしすぐにダディさん……橘さんに否定された。


「そいつぁねえよ。昼休みのときにカーテンは閉まってたからな」


 おれは思い浮かべてみる。意識していなかったからか、あまり憶えていない。いま現在は開いているのだが。


「確かに閉まってたわね」


 小泉さんが頷いた。


「さっききたときあたしが開けたわけだし。それに朝きたときもカーテン閉まってたしね。ね、石崎?」

「ああ」


 石崎さんは素っ気なく返した。

 ううむ。じゃあ犯人は部屋の中に入ってから見つけたのか……。何をしに入ったのだ。この部屋に入る目的も見当がつかないわけだから、やっぱり犯人は戯曲から二ページを盗むためにやってきたのではないか。だとすると犯人はここに戯曲があったことを知っていたことになる。もしかしたら、小泉さんと石崎さんが部室に向かうのを見ていたのではないか。それならば、怪しいのは二年生の東条さん、松原さん、橘さんだろう。委員長と伶門さんはずっと教室にいたのを憶えている。


 挙手して、この意見を述べてみた。


「それはないわね」


 小泉さんはかぶりを振った。


「石崎から戯曲を貰ったとき、ミッキーもロンドンもまだ登校してきてなかったから。ダディに至っては遅刻したらしいし」


 橘さんを見ると、彼女はアメリカ人のように肩をすくめた。

 これも違う。あれも違う。もう正解なんてないのではないか。おそらく、最初から二ページ足りなかったに違いない。きっと小泉さんと石崎さんが数え間違えたのだろう。……いや、こんな現実逃避はいけない。あの戯曲には一ページ一ページにナンバーがふられていたから、そんな間違いは起きないだろう。


 おれの頭では無理だな。隣の白本さんを見る。


「…………」


 白本さんはいまにも眠りに落ちそうなほどうつらうつらしていた。


 ――これは……。


 保健室での出来事が脳裏に蘇る。おれと剣也の話を聞いていた白本さんは次第にこうなっていった。そして、目が覚めたら真相がわかっていた。まさか、今回も……!?


 謎の期待感からか、途端に動悸が激しくなった。柄にもなくワクワクしてくる。

 白本さんのそんな様子に小泉さんも気づいたようだ。


「白本ちゃん、眠そうだけど大丈夫?」


 白本さんは机に突っ伏しながら、かろうじで周囲に聞こえる声で呟いた。


「すいません……十五分経ったら起こしてください……」

「え?」


 小泉さんが何か言うより先に、白本さんの寝息が聞こえ始めた。


「なんなのこの子?」


 小泉さんが至極尤もな疑問を呈した。



 そして十五分が経った。委員長が白本さんを揺すると、彼女は欠伸をしながらも起きてくれた。まだ少し……というかかなり寝たりなそうであったが、いま現在の状況を思い出したのか、勢いよく首を左右に振り、両手で自らの頬を叩いた。


 白本さんは立ち上がると教卓に近づき戯曲を手にした。そして、何故か裏面をじっと見つめると、手でなぞった。その光景を、一同呆気に取られつつ見守る。


 白本さんは首を動かして、おれたちを見回した。そして一言、


「犯人がわかりました」

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