混沌とした部活



 委員長が多目的室の引き戸を開けた。

 初めて中を見た多目的室は通常の教室よりも少し広かった。机や椅子などはなく、部屋の右側にホワイトボードが置かれているだけである。『多目的』と銘打っているだけあって、どうやらこの部屋に明確な役割はないようだ。


「部長、昼に話した男子生徒を連れて来ました」


 委員長がよく通る声で言った。中には既に三人の女子生徒がおり、全員こちらに注目したが、そのうちの一人(おそらく部長さんだろう)がゆっくりと歩いてきた。


 その女生徒の身長は委員長と同じくらいだから平均くらいだろう。しかし姿勢がよく、自信に満ち溢れた表情をしているため、どこか見下ろされている感じがする。少しつり目だが顔立ちは整っており、ロングの髪も似合っている。流石は演劇部の部長、というよくわからない感想が出てきた。


 彼女はおれの目の前に立つと、にやりと笑った。


「あなたが新入部員ね」

「違います」

「初の男子部員。安心して、丁重に揉んであげるから」

「いえけっこうです」

「あら、雑に扱った方がいいかしら?」

「そういう問題じゃないです」

「そのつっこみのスピードと的確さ……かなりアドリブ力があると見た!」


 うん、話の通り変な人だ。


「あなた名前は? あたしは演劇部部長の小泉こいずみ小陽こはるよ」

「生野りょうです」

「そう。じゃあ生野、演劇部へようこそ!」

「委員長助けて」


 おれたちの掛け合いを苦笑しながら見ていた委員長が割って入ってくれた。


「部長、もう、この辺でやめてください」

「あらあら委員長。いつからこのあたしに指図できる立場になったのかしら?」

「こんなときまで『演劇部の掟第二条』に従わないでくださいよ。生野くんも困ってますから」

「困ってないわよ。ねぇ、生野?」

「いえ……ええと……」

「部長……」


 委員長が面倒くさそうにため息を吐いた。

 小泉さんはアメリカ人がやるように肩をすくめると、


「わかったわかった。やめるわよ。悪かったわね、生野君」


 急にサバサバした雰囲気になった。おれは、流石は演劇部の部長、というやっぱりよくわからない感想を抱く。


「いや、あの……どういうことなんですか?」


 困惑しながら言うおれに、小泉さんは笑顔で教えてくれた。


「びっくりした? いまのはね、あたしが作った『演劇部の掟第二条』なの」

「だから何なんですかそれは……」

「簡単に言うと、演劇部内では次にやる劇の役に成りきれってこと。役作りのための掟ね」

「役作り……?」

「小波を見な」


 言葉に従い、後ろにいる伶門さんを振り返る。

 伶門さんは黒いアイマスクをして立っていた。


「小波は今度の『白雪姫』で、王子の仲間になる盲目の魔法使いを演じるから、演劇部内では常にアイマスクで視覚を封じているのよ」


 果たして『白雪姫』にそんなキャラクターがいたかと思ったが、オリジナル要素を足さないとやっていられないか、と自己完結した。


「伶門さん、大変だね」

「まあね」


 伶門さんは見当外れの方向を向きながら返事をした。本当に大変そうである。


「じゃあ、小泉先輩は何役を?」

「あたしは性悪な魔女の役よ。だから性悪になって生野君を困らせてたってわけ」

「そうだったんですか……」

「そういうこと。それを踏まえて、演劇部へようこそ!」

「入部しませんよ」


 その部分は素だったのかよ。がっくりと肩を落とす小泉さんを尻目に、おれは委員長に尋ねる。


「委員長は何役?」

「ああ、私はね、女だけど男として育てられた王子に恋をしているけれどある日王子の性別を知ってしまいしかしそれでも恋心を捨てきれず葛藤している最中に王子が白雪姫を助けるために魔女の城へと向かうことを聞き自らも同行するけれど白雪姫を助けてしまったら王子は彼女と結ばれしまうのではないかと危惧して白雪姫を助けるべきかどうかわからず苦悩しそしてそんなことを考えてしまう自分を軽蔑する女騎士の役よ」

「白雪姫より美味しそうな役だね」


 というか説明長い。……そうか、女子部員しかいないから王子は女なのか。なんか少女漫画っぽいな。

 おれに断れたショックから即行で立ち直ったらしい小泉さんが他の二人を手招きした。


「お前らもこーい。自己紹介しないと早口言葉二十回言わせるわよ」


 ぎょっとした表情を浮かべたお二方は慌ててこちらにやってきた。


「はい。じゃあミッキーから」


 小泉さんに促されて二人のうち長身(百六十八のおれよりも高い)の方が右手を差し出してきた。


「僕の名前は東条とうじょう美紀みきだ。よろしく」


 こんなに凛とした雰囲気で自己紹介されたことは初めてである。宝塚の男役にいそうだ。

 おれは彼女の右手を取った。


「よろしくお願いします。ええと……王子役ですか?」

「正解だ。普段の一人称は私だから、そこのところもよろしく」

「ああ、はい」

「はい。次はロンドン」


 東条さんの隣にいた無表情で小柄の女子生徒が小泉さんに言われて頭を下げてきた。


松原まつばら英子えいこ。英が付くからロンドンと呼ばれている。よろしく」

「はい。よろしくお願いします……。松原さんはどんな役で?」

「ロンドンは盲目の魔法使いに造られた感情を持たないホムンクルスの役よ。普段はピーチクパーチクと蝉よりも騒がしい子だから」

「あの、これ本当に『白雪姫』なんですか?」


 自信満々に答える演劇部の部長さんに、ついつい言ってしまった。しかし小泉さんは、割と本心から出たおれの疑問を単なるつっこみと判断したようで、なぜか笑顔を向けてきた。


 おれは小さくため息を吐き、一緒に来たクラスメイトたちを探した。彼女たちは壁際に荷物を置いていたようだ。白本さんはすぐにとことことおれの元に寄って来たが、視覚を封じられている伶門さんと彼女の手を引く委員長はもたもたしている。


白本しらもっちゃんも来てくれてありがとね」


 小泉さんが演劇部の掟を無視して言った。気持ちはわかる。白本さんの持つふわふわした雰囲気に対して、意地悪なことはできないし言えない。

 白本さんは少しだけはにかみ、


「はい。一応、主演ですから。……でも、本当に演劇部でもないわたしが白雪姫でいいんですか? 他に適任の方がいるんじゃ……」

「いないいない。あなたより白雪姫が似合う人なんて存在しないわよ。つまり鏡に一番美しいのは誰って訊いたら、白本ちゃんの名前が返って来るってこと。何、自覚してないの? ほんと性悪ねあなた」


 突然魔女になった。どうやら彼女はおれとは違い、白本さんのふわふわした雰囲気を意に介さないようだ。


「ね、ミッキーとロンドンもそう思うわよね」

「ああ、もちろんさ。白本さんほど僕に相応しい子はいないよ」


 後に聞いた話ではこの王子は表面上はナルシストなのだそうな。


「とてもはまってると思うわ」


 松原さんが感情を込めずに言った。本当に思ってるのか。

 視線を感じたのでそちらを向くと、委員長が白本さんと東条さんを嫉妬に燃える目で眺めていた。真面目だな委員長。というか何だこの部活。


 このカオスな状況に白本さんは苦笑いしつつ、


「ですけど、演技とかできませんよ……?」

「だーいじょぶ、だーいじょぶ。白本ちゃんは普通に喋るだけでも十分白雪姫なれるわ。あたしはね、あなたのその独特の喋り方と雰囲気を見込んで頼んだの。それはあなたにしかない武器なのよ。ま、大きい声は出してほしいけどね」

「武器……ですか。けど……途中で寝ちゃうかもしれませんし……」


 白本さんは少し俯き、自嘲するように言った。

 小泉さんは問題なしとばかりに右手をぶんぶんと振る。


「だから大丈夫って言ったでしょ。もし寝ちゃったらあたしらがアドリブで何とかするって。王子のキスまでに起きなかったら、呪いが解けなかったというバットエンドになるだけよ」


 どんな白雪姫だよ。逆に見てみたいわ。

 その後も常時にこにこと笑顔を浮かべる人、葉巻に似た何かを口に咥えている人、尊大な高笑いを上げながら偉そうに振る舞う人など様々な演者が来る度に挨拶をした。その中でも特に目を引いたのは、しゃがみながら入室して来た七人であった。


「彼女たちは小人ですか?」


 小泉さんに尋ねた。彼女は大きく頷いて、


「正解。ちなみに彼女たちはみんな一人二役演じるから、殆ど二重人格になってるわ」

「そ、そうなんですね……」


 そいつは大変である。

 小泉さんは残念そうに息を吐いた。


「本当はさ、子人の役はハナとボミーとメェにやってもらいたかったんだよね」


 いままでの自己紹介にそれらしい渾名の人はいなかった。


「それは誰ですか?」


 小泉さんはにんまりと笑った。


「あたしの妹。ハナは立花りっか。ボミーは鶫穂美つぼみ。メェは芽衣子めいこ。もうね、みんなすっごく可愛いのよ! 小人役は絶対あの子たちにしようと思ったんだけど、人数が足りないのよね。七人の小人のうち三人が小学生、四人が高校生になるとバランスが悪すぎるから」

「へぇ」

「言っておくけど、素人ってわけではないのよ。あたしが毎日演劇の練習を仕込んでるから。たぶん、そこら辺の小役より上手いわよ」

「そうなんですか」

「妹たちの写メ見る?」

「いいです」

「もう最高にキュートなのよ」


 断ったのに小泉さんは壁際に置かれたバッグからスマホを取り出して、おれに見せようとしてきた。しかし東条さんが彼女に「全員揃ったぞ」と言うと、残念そうに肩をすくめて、部屋の中央にて集合をかけた。色々なキャラクターのみなさんが小泉さんのもとに集まっていく。委員長に手を引かれる伶門さんにはやっぱり苦笑してしまう。


「これから発声練習するんだけど、生野くんはどうするの? 一緒にやる?」


 委員長に訊かれた。おれは数秒考えて、


「練習に混ざると間違いなく小泉先輩に部員扱いされるだろうから、やめておくよ」

「あー、そうだろうね」


 委員長は声を出して笑った。


「じゃあ、どうしてる?」

「うーん……戯曲を見ていい? どんな話なのか異常に気になってるんだ」

「ごめん、戯曲はまだないんだ」


 申し訳なさそうに両手を合わせる委員長。おれは首を傾げた。


「え? だって役は決まってるんでしょ?」

「ええと、最初から説明するね。『白雪姫』はもともと五月の半ばに他校でやる舞台だったんだけど、昼に説明した通り急遽劇団の代理を任されることになったから、そっちの舞台でも『白雪姫』をやることにしたの。戯曲もあったし配役も決まってたから。けど、その『白雪姫』は高校生向けに……もっと言うと男子高校生向けに書かれてたんだよね」

「もしかして、工業でやる舞台だった?」

「うん。正解」


 全国の工業高校はどうかしらないが、市内の工業高校は男子ばかりで女子が少ないのである。


「その『白雪姫』は百合全開だったのよね。まあ、そうなった要因の殆どが私のキャラのせいなんだけど」

「百合ねぇ……カミハラが喜びそうだな」


 おれが言うと、委員長は「そうだね」と言って笑った。

 カミハラとは、昼に委員長が名前を出していた各務原という友人である。


「そういうわけで、部長が、キャラクターを変えずに万人受けする内容に書き直せ、って作者の人に依頼したの。だから役は決まってるけど戯曲はなし、という状況」

「ふぅん、なるほどね。……ひょっとして白本さんって、プロトタイプの『白雪姫』のときから勧誘されてた?」


 委員長は他の部員たちに頭を撫でられたりして可愛がられている白本さんにちらっと視線をやり、微かに笑った。


「そう。ずっと迷惑かけるからって断ってたんだけど、昨日、部長が凄く困ってる演技をしながら説得したら引き受けてくれたんだって。まあ、たぶん演技だってことくらい気づいてたと思うけどね。優しい子だよ……」

「へぇ……」


 おれも何となく白本さんを見るのだった。



 ◇◆◇



 そんな白本さんであったが、演劇部のハードな練習に殆ど付いて行けていなかった。発声練習の他筋トレなどもあり、見るからに体力がなさそうで、実際になかった白本さんにはとてもキツそうであった。バテバテ且つうつらうつらしている白本さんを見かねた小泉さんは、


「白雪姫の出番は序盤とラストだけで、後大体寝てるから多少体力なくても大丈夫だから」


 と言って白本さんを休ませた。そして彼女は休んだ途端に眠りについた。それを見て誰かが「マジ白雪姫じゃん」と呟いていた。

 その後、白本さんは王子のキスなしで無事に覚醒し、なぜかおれも成り行きで練習に巻き込まれたが、何とか今日を乗り切ることに成功した。


 練習が終わってすぐに伶門さんが委員長に手を引かれて御手洗いに向かった。合間合間にヨーグル茶なる飲料を飲んでいた……もとい委員長に飲ませてもらっていたからだろうか。トイレや水分補給のときくらい、アイマスクを外せばいいのに。真面目である。


 壁際で休憩していた小泉さんが部屋の中央まで歩いた。同じように壁際に集まっていた他の部員たちが彼女に注目する。一人壁際ではなく部屋の真ん中近くに座って息を切らしていたおれは小泉さんを見上げる。


「みんな、お疲れ様と言っておいて上げるわ。本番がすぐだし、初めて舞台に立つ子もいるから、いつもより厳しい練習メニューにしたけど付いて来られたようね。本当なら誰かが泣き出してあたしがそれを徹底的に嘲笑ってやるつもりだったけど、そうはならなかったみたいね。……それじゃあ明日の予定を――」


 そのとき、どこからか『暴れん坊将軍』の『殺陣のテーマ』が流れてきた。

 おれは一瞬戸惑ったが、すぐに電話の着信音だと気がついた。 


「あたしのだね」


 小泉さんがポケットからスマホを取り出した。練習中ずっと入れていたのか……。

 スマホのディスプレイを見た小泉さんは「ボミーからだ」とにんまり笑った。


「もしもし、どうかしたの?」


 電話越しから微かにくぐもった声が聞こえて来る。 


『お姉ちゃん? 私だけど』

「わかってるわよ。何か用?」

『えっとね、実はパパとママが喧嘩しちゃって……』

「ええ、またぁ!? 今度はどんなしょうもないことが原因なの?」

『お弁当に入ってた玉子焼きが甘かったってパパが文句を言って……』

「想像以上にしょうもないわね。結婚十九年目でするような喧嘩じゃないでしょうに……」

『それで私はいま、家を出たお母さんに連れられておばあちゃんの家に来てるの。だから今夜は演技の練習ができないんだ』


 そういえば妹たちに演劇の練習を仕込んでいると言ってたっけか。


「なるほど、そういう用件ね」

『うん。学校があるから明日の朝には帰れると思うから。……明日の練習は何時間くらいやるの? ジュリエットの仇である黒騎士アゼルとロミオが戦うところまでは朗読したいよね』

「そうねぇ……」


 『ロミオとジュリエット』にそんなシーンあったっけ? と思わないでもないけれど、いまさらつっこむのも面倒である。

 小泉さんが妹への返答に悩んでいる間に、引き戸が静かに開き、委員長と彼女に手を引かれて伶門さんが戻ってきた。


『あっ、そういえば明日はメェは塾があったよ?』

「……じゃあ、明日は二時間、メェが終わったらみっちりやろう」

『二時間かぁ……。それだけあればロミオが闇の力で蘇ってしまったジュリエットを倒すところまで行けそうだね。わかった、じゃあね』


 妹さんが電話を切った。小泉さんはスマホをポケットにしまい、部員たちに向き直った。彼女はほんの少し間沈黙すると(おそらく電話の直前に話してたことを考えていたのだろう)、


「戯曲が届くから、みんな部室に来るように。では、今日のところは解散」



 ◇◆◇



 演劇部の方々と別れたおれはいつもの家路についていた。伶門さんは電車通いらしく、練習が終わった後、アイマスクを外して一目散に走っていった。


 それにしても帰る間際、小泉さんから完全に部員扱いされてしまっていた。次回から面倒くさそうである。これは、剣也も大変そうだ。……そういえば、剣也に演劇部の手伝いをするかどうか確認しないといけない。まあ、完治してからでいいか。そう思った直後であった。剣也から電話がかかってきた。さっそく出る。


「どうした?」

『暇過ぎんだよ……』


 やや枯れた声である。


「暇ならスマホでもいじってればいいだろ」

『目が疲れんだよ。だからLIENでもメールでもなく電話してんだよ』

「そうか。で、調子はどうだ?」

『最悪だな。頭痛えし。喉も痛えし。熱も下がらねえし。妹どもに病原菌扱いされるし』

「相変わらずだな」


 つい苦笑いしてしまう。


『まあ、仕返しとしてあいつらの部屋で咳しまくって、たっぷりウイルスを散布してやったがな』

「安静にしてろよ……」

『そんなことはどうでも――ゴホッ、ゲハッ!』

「でかい声出すから」

『そんなことはどうでもよくて。学校であった面白い話をしてくれ。暇なんだ』

「はあ? いきなりそんなこと言われても……」


 いや、ありまくるわ。

 とりあえず劇の手伝いのことや演劇部でのことを説明した。


『お、お前……何だよ、その羨ましい状況わよ。年上のお姉様方の中に男一人だと? 何で俺は熱なんか出してんだよ……!』

「一応、同い年の子も何人かいるからな。それに、あの空間はそんな甘々なもんじゃないぞ。かなりカオスだ」

『うるせー! 羨ましいもんは羨ましいんじゃい!』

「そうかい。……で、劇の手伝いの件はどうするんだ?」

『やるに決まってんだろ! よっしゃあ。こうなったら維持でも治してやる! じゃあな!』


 通話終了。

 さて、帰ろうか。明日は戯曲が完成するっぽいから、それを読ませてもらおう。気になってしょうがないのである。……しかし、物事はそんなに上手くいかないようであった。

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