黒の竜と月の蜜

 食事をする必要がないのに、人を襲っていた。


 そのことに怒りを覚えはしたものの――

 今はその話をするべきではないと、少年は堪える。


 冷静に話を整理すると、こういうことだ。


 月を取り戻す為に戦っていた、人と竜。

 その原因となる月の消失は、どちらの手によるものでもなかった。


 全てはその“太陽”のせいだと、その竜は言った。


「それなら……」


 竜の話が本当だとするならば――

 やらなければいけないことは一つだろう。


 これから世界中を回って。

 世界中の人にこの話をしたところで。


 月が失われた事実ですら、今となってはおとぎ話になっていて。

 月を取り戻すだなんて、まともに聞いてもらえるはずがない。


 だからと言って、一人じゃ到底無理なことも

 少年は十分に分かっていた。


「……それなら、どうするんだ? 小僧よ」


 それで本当に月が取り戻せるのなら。

 この世界が変わるのなら。


 だからこそ、少年は手を差し出す。


 たとえ一人では無理なのだとしても――

 目の前にいる彼とならば。きっと。


 だからこそ、少年は選ぶ。


 ――今まで誰も取ることの無かった選択を。 


「俺と一緒に――“月”を取り戻さないか」


                         ~『黒の竜と月の蜜』~

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