水無月黒斗の冒険

勇桜

Prologue

prologue

「もう朝なのか…」


 寝起きというのはだれもが布団という誘惑に惑わされる時間である。この少年、

水無月みなづき 黒斗くろともそのありふれた一人である。身長は170㎝ほどで、黒髪黒目のどこにでもいそうな高校二年生だ。カーテンを開けるとそんな黒斗を嘲笑うかのように強い日差しが差し込んできた。


「うっ」


 そんな空に向かって、無駄だとわかってても睨み返しリビングへ向かう。リビングにつくと母親が朝食の準備をしていた。


「おはよう黒斗。母さん今日は仕事で遅いから自分でご飯用意してね。学校遅れないようにね。じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 母を見送り、朝食を食べ終えた黒斗は時計を見ると8時になるところだった。黒斗の家から学校は30分かかるかどうかのところにあるためこのままでは遅刻してしまいそうになり、あせりながら家を出た。



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 ガララララ

「ま、まにあった…」

「うん、ぎりぎりセーフだな」

「あ、先生おはようございます」

「おう、おはよう」


 家から全力で学校まで来た黒斗はあと数秒で遅刻というところで登校してきた。そんな黒斗に話しかけてきたのはクラス担任である久世くぜ 綜馬そうまである。


キーンコーンカーンコーン


 丁度黒斗が席に着いたタイミングでチャイムが鳴った。


「おい、なに何事もなかったかのように入ってきてんだ。お前はアウトだ、阿部!」

「げ、ばれてたのか」


 黒斗が声がした方を向けば、まるで最初からいましたという顔をして席に着こうとしていた少年。黒斗の親友である阿部圭太が久世に注意されているところだった。


「くっ、黒斗のほうに意識が向いていると思ってたのに!」

「はっはっは、じゃ、お前遅刻一な」

「うおおお、やっば、そろそろ遅刻しすぎで進級できなくなりそうなんだよ先生! 勘弁してくれぇ!」

「はい、朝のホームルーム始めるぞ」

「いやぁーー! せんせぇーー! 見捨てないでぇーー!」


 阿部の悲鳴が教室に響き渡るが周りの生徒は「またか」といった反応しかしない。この男、多い時には週に三回のペースで遅刻する常習犯である。


「おはよう黒斗君!今日もぎりぎり間に合ってよかったね♪」


 そんな絶叫響き渡る教室で、朝から元気に挨拶をしてきたのは、黒斗の幼馴染のあかつき 白音しおんだ。黒色の腰のあたりまである長く艶やかな髪、そこそこ大きな胸、ハイソックスのゴムによってムチッとした魅力的な足。クラスのマドンナである白音は自然と人の目を集める。


「おはよう白音」


 殺気!? と言いたくなるようなクラスの男子の視線にたじろぎながらも挨拶を返す。


「っと、ごめん。 今日提出の課題が終わってなくてさ。 昨日はつい小説に夢中になっちゃって」


 笑いながら言い加えれば白音は「ちゃんとやらないと駄目だよ」と言い席に戻っていった。 


 一限終了後---



「始業ぎりぎりの登校とは、いいご身分だなぁ?」


 その言葉を聞いた黒斗は、相手には分からないように小さくため息をつく。声をかけてきたのは白音に片思いしているグループのリーダー、木場きば 翔太しょうただ。周りではニヤニヤ笑いながら数名がこちらを見ている。

 

この集まりは自分たちからは恥ずかしくて白音に話しかけれない。でも、話したい。なんで話しかけてくれないのかな。きっと水無月黒斗に話しかけているからだな。羨ましい。あいつなんていなくなっちまえば俺が話しかけてもらえるのに。

 

 という考えの連中が自然と集まった結果できたグループである。



「白音に話しかけてもらえるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」


 黒斗がなにも言わずに立っているのを見て木場は少しイライラしたように言いながら机を蹴る。黒斗がこうしてちょっかいをかけられ始めたのは高校1年の夏休みが終わったくらいのことだ。


 たかが女の子ひとりに話しかけれないだけでなんとまぁ、迷惑な話である。


 確かに、自分は白音と幼馴染だ。ほかの人よりも話しているかもしれない。しかしだ、しかし、ただそれだけである。付き合っているわけでもないのにどうしろというのだ。黒斗が思考している間に木場がひとりで話しを進めていたらしい。


「けっ、なんだその顔は。 優越感にでも浸ってんのか? あ?」


 キーンコーンカーンカーン

 予鈴が鳴った。


「ちっ、もうこんな時間か。おい、今日はチャイムに救われたな。放課後おぼえとけよ。」


 と雑魚キャラの言いそうなセリフを残し、周りを見渡し人がいないのを確認してから、腹パンを一発黒斗に入れて笑いながら木場組のメンバーたちと教室に向かっていった。


「うっ」


 腹を抑えながら黒斗もヨロヨロと教室に向かって歩いて行った。さすがに腹を殴られるとは思っていなかったのでもろに食らってしまい、結構いいとこ入ってしまったせいでこのまま授業を受けるのは厳しいと判断し保健室に向かった。


 三限が始まるころには痛みも治まっていたため、教室に向かっていると白音と遭遇した。


「あ、黒斗君どこに行ってたの?二限の時いなかったよね?」


 白音が笑顔で声をかけてきた。そしていつものように白音惚れているやつらに睨まれる。毎度この殺気は人を殺せそうな恐ろしさがあるよな、など考えながら黒斗はお腹をさすってアピールする。


「体調不良? ポンポン痛い? 保健室行った?」


 ポンポン痛い……。近くを通っていった女子がクスクスと笑いながら通り過ぎていったことに微妙に顔を引きつらせながらも白音に返事をする。


「お前は俺の母さんか! 大丈夫だって、保健室で休んできたから」

「本当? 体調管理はしっかりしないと駄目だよ?」

「はいはい」

「もぉ、ハイは一回だよ」

「へいへーい」


 適当な返事をしながら教室に入ると丁度始業のチャイムが鳴るところだった。



ガラガラ


「お〜いお前ら、三限始めるぞ〜全員席に着け〜」


 と、面倒くさそうに髪の毛をかきながら久世が入ってきた。その言葉で全員が席に座る。久世の授業は合間合間に新婚の嫁との惚気話が混じるが、わかりやすいと評判である。


「水無月、プリント運ぶの手伝え」


 授業が終わると同時に久世が黒斗を指名した。黒斗は無言で久世の後をついていく。こういうことは学級委員がするべきことなのだが黒斗は久世の授業の係なため、こういった手伝いをしている。


「水無月、この前言ってた小説読んだぞ。 年甲斐も興奮しちまったぜ」


 以前、黒斗が久世に暇をつぶせるものがないかと聞かれラノベを薦めていたのだ。


「ですよね! こう、逆境に陥った主人公が死にかけながらも最後の力を振り絞り新たな力に覚醒して逆転勝利っていうありふれて使い古されたパターンですけど、それだけ人気ってことですし、いざ読んでみると、こう、ぞわっとしますよね」

「そうそう、ご都合主義とはよく言うが、絶望の淵からの生還 くぅ~かっけぇ!」


 二人とも興奮したように話し込んでしまい始業のチャイムが鳴ったことで焦って次の準備をしはじめた」



 四限目の授業は二分くらい遅刻してしまったが担当の先生が五分ほど遅れてきたため何事もなかったかのように授業が始まった。


 そのまま四限は特に問題もなくいつもどおりの授業だった。

 四限の終わりごろから少し考え事をしていた黒斗はいつもなら予言が終わるとすぐに教室から立ち去るのに今日はそれを忘れてしまっていた。


「黒斗君、今日は教室でご飯を食べるの?なら、私と一緒に食べようよ〜」


 すわっ! と男子からの視線が強くなる。いつもはこんな視線にさらされて落ち着いてご飯なんか食べれたもんじゃないと外で食べていたのだが、今日は道具を片づける前にトイレに行っていたことにより完全に逃げ遅れてしまった。


「白音!水無月は嫌がっているだろう?無理に誘うのはどうかと思うぞ?」


 と笑いながら英澤ひでさわ 勇星ゆうせいが話しかけてきた。勇星はいつもは白音の近くにいるイケメンだ。サラサラの茶髪にスポーツをしていることで引き締まった肉体、180cm近い高身長、甘く優しそうなイケメンフェイス。

 白音は少し嫌そうな顔をしているように見えるが、勇星には見えていないのかいつも通りに話に割り入ってくる。

 その後ろには勇星といつも一緒にいる龍崎りゅうざき 元輝げんき清水しみず 麗子れいこがついてくる。

 白音を含めたこの4人がこのクラスの中心メンバーだ。何をやるにもこの4人がクラスを引っ張りクラスメイトとのほとんどから信頼を集めている。

 そんな勇星は白音のことを自分の物のように扱うと時がある。


「な? 水無月も無理に一緒に食べなくてもいいんだぞ? さ、行った行った」


 どう逃げ出そうか考えていた黒斗にとってありがたい言葉だったためその言葉に乗ることにした。


「ごめんな、白音。 また今度な」

「みんなで食べたほうが楽しいのにね…」


 白音は少し暗い顔をしてその場でお弁当を広げ始めた。いたたまれない気持ちになった黒斗は逃げるように教室を去っていった。


 昼休みはさっさとご飯を食べて静かに過ごすことができた。しかし今日の五限目はクラスの副担任の授業だった。副担任の名は斎藤さいとう 辰郎たつろうで、デブでてっぺんハゲだ。そして授業中にやたらと黒斗対しての差別をしてくる。なんでも、水無月をいじめるのは心底楽しいとほざいていた。

 まるで親の仇のように徹底して黒斗をネチネチと口撃してくる。

 訴えれば確実にクビにできそうなのに上に血縁者がいるせいでもみ消されてしまっている。

 思い出したらおなかが痛くなってきた黒斗は逃げるようにトイレに向かおうとした。その時――


「おいおいおいおいおい、どこ行くんだ? まさかとは思うが、授業サボる気だろ?」


 そして次は少し声を張り、


「先生!水無月君が授業をサボろうとしてまーす。」


 ニヤニヤしながら、わざと斎藤に聞こえる声の大きさで言った。

 斎藤のほうをみるとこちらもニヤっと笑っていた。


「おい、水無月。今の木場の話はどういうことだ。まさか本当に授業をサボろうとしていたわけではないだろうな」


 そして、気持ち悪い笑みを浮かべて聞いてきた。黒斗は今日はさぼれないことを悟り適当に言い訳をする。


「トイレに行こうと思っただけです。」


 早歩きでトイレに逃げた。しかし、トイレでは木場組の石田と不藤が待っていた。


「あれ水無月じゃん。奇遇だな〜」


 わざとらしい言葉で喋りかけてきた。そして肩をおもいっきりぶつけられ黒斗は尻もちをついた。


「いってぇな、なにぶつかってんだよ」


 そのまま腹を蹴られ、手を踏まれて満足したのか笑いながら教室に戻っていった。


「いってぇ…」


 黒斗は自分の言い訳の甘さを感じ、次からはもっといい言い訳をしようと反省してから教室に向かった。そして5限目の授業中では、異常なほど難しい問題で当てられ続けた。


「そこでだ! ここがなんでこのようになるかわかるやつはおるか? ふむ、おらんのか。では、水無月答えてみろ。こんな問題もわからんのか。この程度の問題がわからないなら課題をもっと増やしたほうがいいな。よし、先生が課題として今回の問題とこのプリントを出してやろう。ありがたくやって明日の朝までに提出しろ!」


 笑みを浮かべながら言ってきた。プリントには一目見ただけで面倒くさそうな問題がたくさん載っていた。黒斗はこの面倒な授業が早く終わらないかとチラチラと何度も時計を見ていた。


 そして、


 3、2、1

 キーンコーンカーンコーン

 待ちに待ったチャイムがなった。


 やっとHRか、今日も今日とていつもと変わらないつまらない一日だったなと思いながら久世の話を聞いていた。久世はHRの締めの言葉に、


「今日も1日お疲れ。明日も元気に登校するように。解散」


 と言い終わった瞬間突然床が黄金に光始めた。


「な、なんだ!?」

「なにが!?」

「キャーーーーーーーー!!」

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