第百二十一話「ドルク爺再包囲」

『ミドリちゃん! 大丈夫だった!? どこも痛いところない!?』

『ヒメ、あんたはあたしの母さんか』

『今、森が大変なの! タンクマンティスさん達がわたし達まで攻撃してきてね? あとあと! わたし、気付いたら森の中にいたの! 里じゃなくてだよ?』

『……それは』

『でもねでもね! その後、すぐにヒューマンさんと会って……。あ、この人がそうなの! って、待ってミドリちゃん! ミドリちゃんがヒューマンさん達のこと怖いのは知ってるけど、この人は』

『別に怖いわけじゃない!』


 ……はあ。

 頭痛い。


 俺のローブから出てきた二人のフェアリー。

 そのこと自体は何の問題もないが、出てきてすぐコントを始めるのはやめて欲しいところだ。


 お前らの声はラピス達と違って空気を伝って響き渡るんだから、自重してくんねえかな。

 どこから敵が襲ってくるか分からないし、今もトパーズがカマキリを処理し続けているならリポップ再生製されたタンクマンティスが近くにいてもおかしくない。

 安全確保って大事だと思うんだよね。


『あれ? そういえばミドリちゃん、なんでヒューマンさんの服の中に……ってわあ!?』

『おい、てめえ何すんだ!』

「いや、言っても聞いてくれなさそうだったから行動で示そうかと」

『おおー、楽チーン!』


 目の前に浮かぶ二人のフェアリー、そして、俺の肩には親から貰った腕が二本。


 友達に会えた安心や、怪我をしていないかという心配が入り交じるチンチクリンと、何かを考えながらチンチクリンと話す友達さんを捕まえることは簡単だった。

 後は、強く握らないよう、軽く掴んで目的の方向へ歩くだけ。


 正直、トパーズやアウィンの攻撃メンバーがいないってのは結構危ない。

 早くドルク爺のところへ帰りたいのだ。


 チンチクリンは友達を見付けられたし、友達の方は不服ではあるだろうが、チンチクリンに見付かってしまったことはもうどうしようもない。

 なら、あとは仲間のもとへ帰るだけだろ。


 ミニマップでは、光点が一つにまとまっている。

 一つは少し離れたところを動き回っているみたいだが、動き的にアウィンか?


 とにかく、さっさと帰ってこのやかましい二人のフェアリーを安全なとこへ預けてしまおう。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


『なあ、ヒューマン。お前、千樹のドルク爺までの道を作ったとか言ってたよな?』

「…………」

『あれれ? 何だか戻っちゃった気がするー』

ご主人様マスター、これは一体……』


 光点のある場所を目指して歩いて来たのはいいものの、そこには所々でカマキリが小さなスライムを中心に集まっていた光景はなかった。


 どういうことだ?

 チンチクリンが言うように時間が巻き戻った?

 いや、さすがにそれは無いと思うが……。


 タンクマンティスがドルク爺に集まるフェアリー達を狙ってうごめいている。

 それは正に俺達がここへ初めて到着した時とほぼ同じ状況。


 だが、よく見てみると上空を飛んでいる特攻蜂の数は圧倒的に少ないし、カマキリに埋もれて見にくいが、未だにラピスを狙い続けているカマキリもいる。


「……ああ、なるほど。アウィンを追いかけていたやつらか」

『アウィンちゃんを?』

『あー、確かお前と一緒にいたヒューマンだな』

ご主人様マスター、アウィンを追いかけていた敵性生命体はあの扉へ引き付けられたのでは?』

「いや、それは蜂や“仕込み針”の敵だけだ。カマキリは移動速度が遅いから、どうなるか分からなかったんだが」


 どうやら、運は無かったようだ。

 これだけの数がまとまってここへ辿り着くなら、そうとしか考えられない。

 特攻蜂の数があまり増えたように見えないのも理由の一つだ。


 アウィンがトレインしたにしては少ない気もするが、フェアリーやトパーズ達が倒したか、運良く扉方面へ向かって行った個体もいたってことなんだろう。

 俺達の他にプレイヤーがいたならまた違うんだろうが、扉は開いていないだろうしそれは無いな。


『で、どうすんだよ。千樹のドルク爺のとこ、あたしは行ける気しねえぞ』

『だ、大丈夫! この人は凄いから、きっと何とかして』

「無理だな。俺も行ける気はしない」

『えぇー……』


 なんだ、その反応は。

 無理なもんは無理だ。そう言って何が悪い。


 ここは危ないし、一旦離れて遠くから様子を見よう。

 ミニマップで位置を確認して、方角を……。


 そう考えて、小さく表示していたマップに視線を移した時、一つの光点が物凄い速度で俺の現在地へと迫って来るのが見えた。

 これはつまり、あいつか。


「お兄ちゃぁーんっ! お兄ちゃん、お兄ちゃん! お兄ちゃんですよね!? よかった! 何かあったりしませんでしたか!?」

「うるせえ、落ち着けアウィン」

『そうです、ご主人様マスターにはワタシがついています。問題など起こりません』

「あうぅ、でも、だって……!」

「俺に何かありゃお前も死に戻るんだから分かるだろ」

「そういうんじゃないんです! お兄ちゃんは分かってません!」


 またか。

 女性陣からの「お前は分かってない」発言。

 いつか、分かる日が来るんだろうか。

 分かろうとしていない時点でお察しな気もするが。


 と言うか、アウィンは特攻蜂のタゲを取って走り回ってたんだよな?

 それからアウィンを《リコール》した覚えもないし、あれだけいた特攻蜂はどうした?


『やっほー! アウィンちゃん、ほんとにこの人のことが好きなんだねー』

『相変わらず賑やかなやつだな、お前は』

「ミドリ……さん? わたしのこと、覚えて……!」

「悪いが、話は後だ。アウィン、特攻蜂はまだお前を追ってるんだよな? なら、さっきと同じようにトパーズの作った目印の通りに扉へ向かえ。後で《リコール》する」

「……わかりました」


 チンチクリンがアウィンの名前を呼んだことに安堵の表情を浮かべたアウィン。

 そのすぐ後に、もう一人のフェアリーもアウィンのことを覚えているような発言をしてその動きが止まった。


 チンチクリンに会った時は辛そうだったからな。

 その友達の記憶も消えている覚悟はしていただろうが、どうやら、ミドリちゃんの方は記憶の消去をされていないようだった。


 しかし、俺の耳には危ない羽音が聞こえている。

 神経を逆撫でる、蜂の集合体が奏でた不協和音だ。

 アウィン、一気に距離を離して俺のとこに来たのか。それすると、いつ来るか分からないしやめて欲しいんだが。


 とにかく、時間がない。

 ミドリちゃんへの質問は後回しにして、早く扉、引いてはローツの町に押し付けてこい。


「……お兄ちゃん」

「なんだ。早く行かないと特攻蜂の大群が」

「わたしの友達を、よろしくお願いします」


 俺を呼んだその声に、いつもの元気は欠片もなかった。

 あるのは怯えと不安。

 また、離れることで友達が自分のことを忘れるんじゃないか、と。

 きっと、そんなことを考えているのだろう。


「……分かったから早く行け」

『おい、なんかヤバい音が近付いてきてんだけど……!?』

『アウィンちゃん、また危ないことしてるの!? また会えるよね!?』

「もちろんです! ヒメさんもミドリさんも、わたしのこと忘れちゃイヤですからね!」


 走り去るアウィンをいつまでも見送るチンチクリン。

 まあ、それも特攻蜂が俺達のすぐ真横を通るまでのことだったが。


 アウィンは特攻蜂へ仕込み針によってダメージを与えている。

 近くにいても隠れているだけの俺やラピスを攻撃することはない。

 ユニークモンスターであるチンチクリン達にタゲが移ることも有り得ない。


『アウィンちゃん、忘れないでって言ってたねー? 忘れるはずないのに! 初めてできたヒューマンのお友達だもん!』

『……あー、そうだな』


 チンチクリンの言葉に同意を返しながら俺をキッと睨んでくる友達さん。

 俺、何かやったっけか?

 それとも、まだヒューマンだからって変な疑いかけてんじゃねえよな。


 とは言え、アウィンに託されたこの二人。

 一応、俺の友達でもあるんだ。


 何とか守りきらないとな。

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