第百二十話「二人のフェアリー」

 鬱蒼と広がる森の木々。

 その間を縫うようにして移動し続ける。


 時間は既に夜。木漏れ日なんてどこにも存在しないが、フェアリー達の生み出した光の玉のお陰で足元や進行方向が全く見えないということはないな。

 って言っても薄暗いことには変わりない。

 本当は自前の《光種》や《火種》を出したいところではあるんだが……。


「友達さんや。俺はどこへ向かってるんですかね?」

『とにかく動きまくってくれ。止まればヒメが来ちまうだろ』

「つまり、目的地はないんだな」


 当てのない旅ってのも一度はやってみたかったが、外敵がうようよしてるとこでやりたくはなかった。

 仕方ない。回り道しながらにはなるが、ドルク爺のとこへ向かうように調節して歩いてみようか。


 方向転換も悟られないよう、大きな円を描くように。

 後は、できるだけ話しかけたりもしてみよう。

 いや、ドルク爺のとこに行きたくないって訳じゃないんだろうけど、チンチクリンに会う可能性は高くなるだろうし、友達さんに気取けどられない方がいいはずだ。


「友達さん、友達さん」

『……なんだよ。あんまり話しかけんな』

「俺のローブに潜り込んだ理由について話してもらってないんだが。まだ出て来ねえのか?」

『フェアリーに対しては《光魔法》の隠蔽効果はほぼない。ヒメから隠れるためには身を隠さなきゃダメなんだ』

「で、移動しながら隠れられるとこが身近にあったってか」

『お、話が早えじゃねえか』


 こいつ、俺のことを装甲車か何かと勘違いしてねえか。

 だが、残念だったな。車どころか台車ほどの機動力も無ければ、ダンボール並の装甲を誇る薄っぺらさだ。

 外敵とエンカウントすれば一瞬で塵と化す自信があるぞ。


 それと、《光魔法》による隠蔽、ねえ。

 わざわざ隠れるぐらいなんだから、森の木々にも効果はないようだな。


 俺の《光魔法》のレベルを上げれば使えるようになるんだろうか? 《隠密》スキル涙目だな。

 ま、そもそも、極振りしてる俺達には関係ないが。

 アウィンの《隠密》スキルなんて既に息してないぞ。


「んじゃ、ついでにもう一個質問だ。お前、女の子っぽい喋り方できねえの?」

『はぁ!? なんだと、ヒューマン! 一緒に行動してるからって調子乗るなよ。あたしにはあたしの目的があってだな!』

「で、なんでなんだ?」

『……ヒメを守るためだ! 今は近くにいないが、もう癖みたいなものになってる』

「ふーん、そういうもんか」


 まあ、正直どうでもいいんだが。


 男口調にした方が強そうだとか、舐められないようにだとか、そういう理由なんだろう。

 こんなことしてるやつが現実にいたとは……。

 ……って、そうだった。ゲームだったな、この世界は。


 まあ、それは置いておこう。話してる間に方向転換もいい感じに進んだ。

 少しからかえば勝手に盛り上がってくれるのは楽でいいな。

 アウィンとはまた違うが結構扱いやすい。

 こっちの話を聞いてくれることが前提ではあるが。


 それにしても、ヒメを守るためか。

 今はその守るべき対象から見付からないよう逃げてる訳だが、何があったんだか。

 初めてこいつに会った時は、俺からチンチクリンを取り返そうと必死だったってのに。


 俺達が死に戻りした後、二人に何があったんだ?


「なあ、友達さん、さっきチンチクリンに会っちゃいけないとか言ってたろ?」

『……』

「あれってどういう意味なんだ? あいつ、何かやらかしたのか?」

『……』

「無視は良くないんじゃないですかね、友達さーん」

『……ちょっと黙っててくれ』


 んだよ、急に冷たくなっちゃって。

 さっきまであんなにキャンキャン吠えまくってたくせに。


 口調なんかより、よっぽど気になることだったんだがなあ。

 言いたくないってことなんだろうか。それとも、他に何か理由が……。


ご主人様マスター、報告です』

「ん、おお。どうした、ラピス。会話に入って来ないから寝たのかと思ったぞ」

ご主人様マスターの頭上で惰眠を貪る等、言語道断です。それよりも、くだんの球体を発見致しました』

「球体……チンチクリンか?」


 ラピスから教えてもらった方向を見ると……。

 なるほど、確かにあの挙動はおかしい。


 無数にある光の玉に比べて低空に浮かび、止まっては動き、また止まっては動き出す。

 ふわふわと漂うこともあれば、直線的に動いたり……。一貫性の欠片もないな。


「あー、あれはフェアリーだろうな」

『周囲の球体とはまた違った不規則性を持っていますね』

「チンチクリンかは分からんな」

『少しずつ接近してきますが、如何いかが致しますか?』

『離れて。お願いだから、距離を取るか、せめて隠れて。頼む』

「だとさ。んじゃ、とりあえず隠れようか」


 離れるとしてもスピードは出ないし、向こうもゆっくりとは言え確実に近付いて来ている。

 音を立てる危険もあるし、一応隠れておこう。


 この森では、隠れられる場所が多い。

 困った時にはとにかく隠れる。これ、大事。

 今までも隠れることで何とかやり過ごしてきた。……んだが。


 どうやら、隠れるのが有効なのはシステムで動いている敵モブだけだったようだ。

 俺の胸の前で浮かぶ例の光球。

 ふわふわと近寄って来たと思えばここで停止したぞ。

 これもう、バレてんだろ。


「えーと、チンチクリン? だよな? お前、急に飛び出してどこに」

『……やっぱり』


 光の玉から声が聞こえた。この声は間違いなくチンチクリンだな。


『この匂いは! このオーラは! 第六感にビビビッと来るこの感じ! ミドリちゃーん! 探したよぉー!』

『ちょ、おい! なんでバレてんだよ! 匂いってなんだ! オーラってなんなんだ!』

『心配したんだからねっ!? 千樹のドルク爺のとこ、いないんだもん! うう、ミドリちゃぁーんっ!』

「おいコラ、お前までローブに入ってくんじゃねえ! 感動の再会は結構だが、それを俺のローブ内でやるな!」

『……なんて、羨ましい。ワタシだってご主人様マスターが気を失っている時にしか潜り込めないと言うのに』


 ちょい待て、ラピスさんまで何言ってんですかね!?

 あーもう、翅を動かすな! 暴れんじゃねえ!


「いいから早く出ていけお前らぁ!」

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