第百十九話「特攻蜂の末路」

 飽きるほど見てきた特攻蜂の挙動。

 それとは違った動きを見せる特攻蜂が俺の前を飛んでいる。


「やっぱ、直線的に飛んでんな。狙いは恐らくチンチクリンだ」

『特攻蜂が進路を変更しました!』

「チンチクリンが動いたか、もうすぐで目的地なのかのどっちかだな」


 つっても、フェアリーっぽい光の玉はそこら辺に浮きまくってるからどれが狙いなのかは全くわからんが。


 さっきはこのぶっとい木の向こう側を左へ曲がっていた。

 見失ってなければいいが……!


ご主人様マスター! 動きの違う光の球体が特攻蜂と交戦中です!』

「割り込むぞ! ラピスは四体に《分裂》しといてくれ!」


 木を回り込んだ時には、既に特攻蜂が一つの光の玉へ攻撃を繰り出していた。

 光の玉はそれを素早く回避。あれはフェアリーだな。多分チンチクリンだ。


 特攻蜂は何度も針を突き刺そうと襲いかかるが、ヒラリヒラリと回避され続けている。

 俺達には気付いていない。奇襲を仕掛ける絶好のチャンス!


 単調な攻撃から一転、大振りな突撃をするため光の玉から離れた特攻蜂。

 後ろにいる俺達からすれば無防備な背中が近付いてきたようなもんだな!


「《風種》!」


 突如、人工的な風が吹き荒れる。

 特攻蜂の頭上から地面へと吹き降りた風は、周囲の木々の隙間からどこかへ去っていく。


 消費したMPは千五百。

 空中で動きを止めるためのそよ風じゃない。地面へと引きずり下ろすための強風だ!


「よし、行くぞ、ラピス!」

『はい!』


 《風種》の有効時間は三秒間。

 風がむと同時に動き出し、大型犬並もある蜂へとのしかかる。

 ATK筋力値は初期値だが、体重にかかる重力によるかせなら物理的に拘束が可能。


 そして、ここまで近付けばラピスの攻撃範囲!


「おっし、久々に俺も鞭で殴ってみるか。ダメージは微々たるもんだがラピスのスリップダメージよりかはマシだろ」

『ワタシのメインダメージソースは毒ですから。お望みならば、《分裂》してダメージを増やせますが?』

「四人に分かれてもらったのは翅を制限するためだってわかってんだろ。小さくなったら拘束できねえからな!?」

『冗談です』


 下僕しもべに冗談を吐かれる主人って如何なものなんだろうか。

 俺は別に下僕と思ってないが、逆もまた然りってことか。


 とにかく今は、俺の下で組み敷かれている蜂をどう料理してやるか考えよう。

 コイツがいることで、どれほどの面倒が増えていったことか。


 いかん、なんか腹立ってきた。

 俺の気が治まるまで鞭でしばき回してやっからな。

 俺もラピスもダメージ量は少ない。すぐに終わるとは思わないことだな。


「これは、お前の行動パターンが不規則すぎて面倒だった分! これは、感知範囲を調べる上で空中位置だと高さも考えなきゃいけなかった分! これは、タンクマンティスに比べて速いからトレインが上手くできなかった分だ!」

『なんてピンポイントな私怨なんでしょうか』

「こんなもんじゃねえぞ。まだまだある!」

『そうでしょうね。一回で許される私怨の範囲狭すぎですよ、ご主人様マスター


 何を言うか。一つ一つの罪深さはこんなもんで解消できるようなものではないぞ。

 木の幹に留まってれば見にくくてイラッとする分もあるし、羽音で集中力を乱されるところも罪深い。


 そうだ、特攻蜂Dが急に近付いてきたから後退するはめになったこともあった。

 特攻蜂Oだってコイツだけ低空を飛んでて非常に面倒だったな。

 多分、同一個体ではないだろうが連帯責任ってことにしようか。多少スッキリするだろう。こんにゃろ。


「おい、チンチクリン。さっきそこにいたんだからさすがに聞こえてんだろ。お前も手伝ってくれ。光魔法か、殴るだけでも俺より高いダメージが出るはずだ」

『…………』

「チンチクリンさん? 勝手にどっか行ったのは……まあ説教はまぬがれねえな。このまま逃げたら説教時間をさらに倍して」

『……なんで』

「ん? なにが」

『なんで、お前がここにいんだよ、ヒューマン……!』


 身にまとった光を解除して、その正体を表したフェアリー。

 それは追いかけていたチンチクリンではなくて、その友達――ミドリちゃんだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


 乗っていた特攻蜂がポリゴンへと変わり、虚空へと消える。

 《風種》を使ったことで敵モブが集まって来ることもどうやらなさそうだ。便利魔法は撃っても大丈夫そうか。


「で、なんでお前がこんなとこにいるんだ」

『先に聞いたのはあたしだ! ヒューマンめ。懲りずにまたフェアリーをさらいに来たか』

「もしそうなら既にチンチクリンを持ち帰ってんだろが」

『一人じゃ足りねえってのか、外道が』


 この野郎、何を言っても無駄な気がしてきた。

 向こうからすれば、俺は混乱に乗じてやって来たフェアリー誘拐犯でしかないのだろう。

 助けに来たって言っても信じてもらえる可能性は皆無だ。


 ……ん?

 ちょっと待て、そういえばチンチクリンの友達は“懲りずに”って言ったな。


「お前、まだ記憶が残ってんのか!」

『は? ……まさか、アンタがヒメの記憶を奪った犯人だな!?』

「はあ!? いやいやいや、ちげーよ! 飛躍させてんじゃねえ!」

『ヒメの様子がおかしいと思ったら……。やっぱ、ヒューマンは信用ならねえな』

「んなわけねえだろ! 多分、死に戻りしたのが原因だ」

『ヒメは……ヒメは死んでねえ!』


 ダメだ。何を言っても逆効果にしかならん。

 ヒメってのはチンチクリンのことだよな。なるほど、チンチクリンはこいつを探しにどっか行ったのか。


 ……元凶はこいつじゃねえか。

 仕方ない。むしろ、見付けられたのは僥倖ぎょうこうだ。

 千樹のドルク爺のとこへ連れて行って、その後チンチクリンを探すか。


 こいつが協力してくれればすぐ見付けられるはずだが……。

 まあ、協力なんてできるはずもないな。


「ちなみに、お前が迷子なのはなんでだ?」

『迷子じゃねえよ! あたしだって、千樹のドルク爺んとこ行きたいのは山々だけど、あんだけ囲まれてちゃどうしようもねえだろ』

「あー、なるほど。確かにあの状況に突っ込んで行きゃ無事で済むはずないからなー」

『…………』

「でも、今なら行けるだろ?」

『今なら……って、どういう意味だよ』


 ミニマップ上の点を見れば、ある程度の始末は終わったことが察せられる。

 光点の集合体はきっとラピスの張り付いたトパーズだ。

 あいつがいるとこまでは入り込めるはず。


 友達さんが見に行った時はダメでも、今なら。


『ヒューマンである、アンタが千樹のドルク爺までの道を?』

「フェアリーを助けるために来たからな」

『信じられねえ』

「あー、はいはい。そう言うと思ってたよ」

『……現に今、千樹のドルク爺にいるフェアリー達を見捨ててここにいるじゃねえか』

「それは、チンチクリンを探しにだな」

『ヒメをっ!?』


 なんだなんだ?

 チンチクリンを探しに来たって言っただけで物凄い反応だな。

 周りをキョロキョロと確認しだし……おい待て、何してんだ!?


 コイツ、俺のローブの中に入り込んで来やがった!?


「おっまえ、ヒューマン嫌いなんじゃなかったのかよ! 自分から懐へ飛び込んでってどうすんだ、アホ!」

『うっさい! 質問に答えて! ヒメを探しに来たってことは、この近くにヒメがいるんだな? ヒメはあたしを探してるってことでいいんだな!?』

「お、おう。えーと、チンチクリンは見失ったが、こっちの方に行ったはずだぞ。何が目的かは知らんが……フェアリー達と合流してから飛び出したんだ。軽い理由じゃあないんじゃねえか?」

『……きっと、あたしがいなかったからだ』


 おー、自意識高い系だねえ。

 でも、チンチクリンなら、フェアリー達の中にこいつがいなければ飛び出すくらいしそうではある。


 ただ、その質問と俺のローブに入り込むことに何の繋がりがあるんですかね?

 胸元にいるから首に翅が当たってこそばゆいんだが。

 それに、俺の頭にいるラピスさんがご機嫌ななめです。いや、それも意味わかんねえけど。


「ってか、チンチクリンはお前を探してんだったな。んじゃ、待ってれば向こうから」

『ダメっ!』


 近くで大声を出すな。

 今度は何事だよ。


 チンチクリンは周辺の木に聞きながら移動していた。

 きっと、こいつを見たか聞いていたんだろう。それなら、闇雲にチンチクリンを探すより、俺達を見付けてもらった方が効率的じゃねえか。


『ダメ。ダメなんだ。ヒメに会っちゃいけない。早く、この場から離れて!』


 真剣に、必死に、俺へと訴えかけてくる。

 チンチクリンに会ってはいけない?

 それは、どういうことなんだ……?

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