第九十五話「襲撃」

『お願い』

『もー、ミドリちゃんはお固いんだからー』


 黙ってここから出て行け、ね。

 正直に言うと、出て行きたくはない。さっきの口ぶりからすると、フェアリーの里へ辿り着くには道順があるらしい。

 つまり、さっき通った妖精の鱗粉を集めたルートを通れってことだろ。

 右に行ったり左へ行ったりで面倒なんだよな。


 今、せっかく来れた訳だしもうちょっと鱗粉を集めたいところだ。

 生産アイテムならこの二人に生み出して貰えれば手っ取り早いが、そんなこと言ったら印象悪いだろうしなぁ。

 フェアリーは、末永く仲良くしておきたい相手だ。貿易するようなもんだな。そのために印象は最重要事項。


「分かった。んじゃ、今日は帰る」

『あんた、また来るつもり? この里には幻覚魔法が掛かってるから簡単には来れねえぞ』

「来たら攻撃されるんだろが。来るつもりはねえよ。ただ、里の外に出ることもあるなら、また顔見せてくれりゃいい」

『……何を企んでんだ、あんた』


 別に企んでる訳じゃねえんだけどな。

 ただ、里に近付くことなくフェアリーと仲良くなるためにはどうすればいいかと考えただけで。


 あわよくば、妖精の鱗粉ゲット。定期的に貰えればなお良し。

 フェアリー側に不利益はないだろ?

 まあ、この二人の説教タイムは増えるかもしれないが。


「企みなんてねえよ。ほら、俺とも友達になってくれればまた会うことぐらいいいだろ」

『わぁ! あなたともお友達ね! もちろんなるわっ!』

『……もう、勝手にしてくれ』


 よし。

 これが、今できる精一杯の交渉だな。


 とりあえず、今回は引き上げよう。

 次にまた会えればどうにでもなるさ。


ご主人様マスター、よろしいのですか。折角、里へ到着したというのに』

「大丈夫だ。それに、もうフェアリーの里へ来れなくなった訳でもないしな」

『なあ、戦闘はまだかよー。もういっその事、旦那とアウィンが里に踏み込んで全面戦争しちまおうぜー』


 ヤバい、最近いい感じの戦闘が無かったせいか、トパーズが恐ろしいことを言い出してやがる。

 奇襲されてばかりだったしストレスが溜まるのも分かるがな。

 そろそろローツ北エリアからも撤収した方がいいか。


 そう思いながら後ろを振り返ろうとした時。

 木々がざわめき始めた。


 だが、なんだ、この違和感は。

 今、風は吹いたか?

 いや、森の上空だけで風が吹くぐらい良くあることだ。


 そんなもんじゃない。

 木々が一方向に揺れず、各々で揺れている……!?


『……くぁー』

「お、お兄ちゃん」

「まさか、トレントとかそういう木に擬態する敵か!?」

『おっしゃぁ! どの木をなぎ倒せばいいんだ!? 全部か! 全部だな!』

『冷静になりなさい、トパーズ。敵が密集している地点へ突撃すれば袋叩き必至です』

『ええ!? 入口のカプラさん、それ、ほんと!? ど、どうしようミドリちゃん!』

『と、とにかくヒューマン達、すぐに出て行ってくれ!』


 なんだ? フェアリー達が慌て始めた。

 てか、“入口のカプラさん”って誰だよ。


 敵が襲って来るのかと思ったが、そういう気配はないな。

 それに、ハーピーの反応もいつも通りだ。

 こいつはレベルの高い《気配察知》スキルを持っているはず。

 周りの木が敵なら何かしらの動きを見せるだろう。


「結局、今のは何だったんだ?」

『ねぇ! 早く出て! もう間に合わないかもしれないけど、とにかく結界の外に!』

『入口のカプラさん、ほんとのほんとなの!? 三つ又のカプラさんも!? うえぇ、なんで!? どうして分かっちゃったんだろう!?』

『多分、おばばの結界だ。それに何かの効果があったとしか思えねぇ』

「よ、よく分からんが、次会った時に教えてくれよ!」


 何か知らんが結構ヤバそうだ。

 状況の詳細を聞いて判断したかったが、とにかく今は戻るしかない!


 周りは同じような木が立ち並んでいる。

 だが、枝が四方八方にグニャグニャと曲がりくねっているおかげで、一本一本の特徴ははっきりしている!

 さっきはあの木のところで曲がった。だから、まずはそこで右折して……。


『残念じゃが、お前さんに“次”っちゅうもんは無い』

「なっ」


 目の前に光の玉が浮かんだと同時にその姿が人型へと変化する。

 そこへ現れたのは……えっと、おばあちゃんに蝶の翅はなかなか年齢的に厳しいんじゃないかな。

 おばあちゃん、無理すんなよ。


 って、そんなこと言ってる場合じゃない!

 見れば、既に周りを光の玉に取り囲まれている。そして、すかさず人型へと変化。

 ハーピーを警戒している……?


 光の玉のままであればハーピーが飛びかかって撹乱できた可能性だってあるのに、なぜこいつらはハーピーが光の玉に飛びつくと知ってるんだ?


『ちょっと、あんた。なんで走らねえんだよ。チンタラしてたから見付かっちゃっただろ!』

「俺は走った方が遅いんだよ」

『またこのヒューマンは意味の分からないことを……!』

『欲を出しおったな、ヒューマン。そこな二人に里のことを聞き出し、 里を襲おうと考えたのじゃろうが、甘かったのう』

「え、待って。それ完全に誤解なんですけど」

『違うよ、お母さん!』

「え、おばあちゃんじゃなくて!?」

『あのヒューマンは、殺せ』

「スイマセンっしたっ! なあ、頼むから、一回話を聞いてくれ!」


 今の殺気はヤバい。

 あのおばあちゃん、怒らせたらシャレにならないやつだ。


 けど、この状況。考え方によってはチャンスじゃないか?

 里のフェアリー達が向こうから来てくれた訳だし、ここで上手いこと仲良くなれれば万々歳だろ。

 失敗すれば死に戻りだが、試す価値は十分ある。

 あとは、相手さんが聞いてくれるかどうかだが。


『ヒューマンと話すことなど無いわ。二人を大人しく渡すと言うんじゃったら、生きて帰してやらんこともない。じゃが、もし渡さぬと言うなら』

「ほら、チンチクリン。お前の母さんが帰って来いってよ」

『ねぇ、お母さん! この人達はわたしのお友達なんだよ! 酷いことしないで!』

『こ、この子はヒューマンと友達だなんて、なんということを……!』

『あーあー、言っちまったよ、ヒメ』

『オイ! おめぇまでおかしなこと言うんじゃねえだろなぁっ!』

『げ、親父……』


 お?

 なんだ、次はチンチクリンの友達の親御さん登場ってか。


 ……うわぁ。

 体格のいいちっこいおっさんに綺麗な翅が生えてやがる。

 きめぇ。


 そういや、俺の周りにいるフェアリーにも男は結構いるな。

 ガタイのいい男衆に翅が生えてると気持ち悪いな。


 他にも、筋骨隆々だったり、丸々太ってたり……。

 なんで作画崩壊してんだよ。

 てか、そこの無駄に爽やかイケメンのやつ、くっそ腹立つ。前髪かき上げながら流し目送ってんじゃねえよ。

 アウィンも見んなよ、あんなやつ!


「なあ、俺は別にフェアリーを捕まえようとか、危害を加えようだなんて思ってねえんだよ。ただ、歩いてたらここに着いてただけなんだって」

『信じられないねぇ。この里にはわしの結界が張られとるんじゃ。闇雲に歩いて辿り着けるはずがないじゃろうが』

『それは、わたしが案内しムガッ』

『あははー、おばばどうぞ続けといてー』


 今度はチンチクリンがその友達に口を押さえられてんな。

 さっきも見たが、フェアリーの小回りの速さはやはり凄い。回避盾とかできそうだ。


 にしても、なかなか信用は得られないな。

 ほんと、フェアリーを倒そうなんて思ってもないし、ただ、ちょっとだけ鱗粉を分けて欲しいだけだというのに。


 ポーン


 頭に響く電子音。

 視界で自己主張を始めるメールアイコン。


 タイミング考えろよ。今度は誰だ?

 ちょっと前にユズから一緒に攻略しようとお誘いが来てたし、次はケンか?

 ユズにはローツ北エリアにいるって伝えたからな。その時もメールの応酬が激しかったが、第二ラウンドはケンかよ。


 いや、もしかしたらウィルだろうか。情報屋だしな。

 それとも、素材関連で繭や癒香か?

 また迷子になってるあの双子の可能性もあるか。


 何にせよ、今の状況じゃ読めないから後回しだな。許せ。


『さあ、娘達を返すか、それとも死ぬか。早く選ぶのじゃ』

「だから、話くらい聞いてくれても」

『お、おばば! 大変だ! 森の奴らが!』


 ん?

 なんだなんだ。

 一人のフェアリーが物凄い速さで森から出てきたぞ。

 あいつ、DEX素早さに振ってんな。

 もし極振りならぜひ話をしたいとこだ。


 なんてのんきなことを言っていたのも束の間。

 俺を囲んでいたフェアリーの一人に、トスっ、と。


 胸筋が膨れ上がって、顔も足もほとんど見えないフェアリーへと仕込み針が当たる。

 胸筋は一瞬で消え、中からは胸に針を刺された小さな男の子が。

 呆然と、自分の胸から生える鋭い先端を見詰め、そして。

 翅の生えた男の子は、落下しながらポリゴンとなって消えた。


『え、あ、嘘。あの子は!? あの子が死んで……!?』

『繕い屋さん! 落ち着いて!』

『今のはシャドウテイルの奇襲じゃ! 何故じゃ。フェアリーへの襲撃を行うとはどういうことじゃ……! 全員、奇襲に警戒っ! ヒューマンから離れ、一度、里へと戻る!』

『ミ、ミドリちゃん。今、繕い屋さんの子が今、消え、だって、今……!』

『ヒメ、とにかく里へ戻るぞ。おばばについて行くんだ』

『くぇ! けー!』


 フェアリーが一塊となり、大きな光の玉と化して移動していく。

 で、もちろんハーピーもそれを追いかける。


 ……えっとー。

 俺は一体どうすれば?

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