第七十二話「ゲーム世界の住人」
「うわぁーっ! お兄ちゃぁーん! 大変でした! わたし、大変だったんです! 褒めてくださいっ!」
「お、おう、そうか。よく頑張ったな……?」
「はいっ! ありがとうございます! そして、そんなところから助け出してくれたお兄ちゃんは、やっぱりわたしのお兄ちゃんなのですっ!」
『アウィン、
『オレはラピス姉も大概だと思ってっけどなあ』
いきなりカオスである。
こういうのは大体アウィンのせいだがな。
エリーの話が終わり、今はトパーズの感じた気配を確かめるべく二階へと向かっている最中だ。
どうやら、エリーとメリーはその気配の正体を知っているようだったが、一軒家の気配と言えばまだ町盗賊だった時のアウィンと戦ったことが思い出される。
要するに、俺から見ればここは戦場なのだ。用心するに越したことは無い。
それで、念のためアウィンを《リコール》で呼び寄せたんだが、これは失敗だったかもしれない。一気にうるさくなりやがった。
しかも、今はラピスとトパーズの声も聞こえることで当社比三倍だ。俺の手には負えねえよ。
「その子が例の町盗賊ですわね。戦闘にはならないとお伝えしたはずですが」
「あ、ということはもしかして! お兄ちゃんはわたしに会いたくなっちゃったんですか!? わたしも会いたかったですっ!」
「お前らを警戒する必要はあっても信用する理由はねえ。アウィンを呼んだのは俺の身を守る保険だ」
「え、え!? 今わたし、お兄ちゃんに頼られてますか!? うわわぁー! 嬉しいです! わたし、一生懸命頑張りますね!」
「アウィン、一旦黙ってろ。調子が狂う」
「はふぃ!」
俺に注意されて自分の口を咄嗟に押さえるアウィン。
しかしすぐ、俺を見て嬉しそうにニパッと笑う。
どうやら、黙らせたところでアウィンがいれば、さっきまでの調子を取り戻すことなんてできないようだ。
アウィンって、シリアスとは無縁そうだもんなあ。
やはり、呼んでしまったのは間違いなのかもしれない。
最初から連れて来なかったのは大正解だった、という確信は得られたが。
と、傍目からは静かな移動。俺からすればラピスとトパーズの声に加え、アウィンの仕草のせいでとても賑やかな行進の先。
ふと、前を歩くエリーとメリーが立ち止まった。
『旦那』
「……ここか」
「ええ。テイクさんのホーンラビットが《気配察知》によって感じた反応は恐らくこの部屋ですわ」
二階の、一番奥まった部屋。
少しでもバレないようにと考えた結果なのだろうか。
この部屋に何かが潜んでいる。
エリーがドアノブに手をかけた。この家に存在しているモノを動かすことはエリーとメリーにしかできない。
俺が開けようとしても全くピクリともしないだろうからな。ここは、エリーに任せる他ない。
「……テイクさん、先程も申し上げましたが、今回のお話は可能な限り他言無用でお願い致しますね」
「ああ」
「それは、この部屋にいる者のことも含まれています。残念ながら信用はして頂けていないようですし、ある程度は仕方ないと諦めていますが、どうかお願い致しますわ」
「分かってるさ。そもそもこんな話、説明するのも面倒だ。誰彼構わず言いふらしたりなんてしねえよ」
「……では」
エリーの握るドアノブが動き、ドアが開いていく。
何が出てくるか分からない。一応、全員に何かが飛び出して来てもいいように臨戦態勢を取らせておこう。
だが、そんなことはお構いなしにエリーとメリーはさっさと中に入ってしまった。
罠の可能性はあるか?
もしかして、中の奴とエリーはグルで俺達を誘い込もうとしているのでは?
「……なんて、考えすぎもよくないか」
「お兄ちゃん?」
「どうされましたの。何か不都合でも?」
「いや、何でもない。すぐに行く」
エリー達は、わざわざ自分から身内の情報を喋ったんだ。しかも、広められたくない情報を。
それなのに、俺達へ反感を買うような真似をするとは考えにくい。
警戒を解くことはしないが、少しは気を緩めてもいいのかもしれない。
『
『なんだよ旦那、ビビってんのか? オレとしては襲って来てくれた方が暴れやすくていいんだがな』
「お兄ちゃんはわたしが守ります! お兄ちゃんのホケンとしてっ!」
それに俺にはこいつらもいる。ちょっとやそっとのことでは問題ないだろう。
ただ、アウィン。頼られて嬉しかったのは分かるが、保険としてってのは格好悪いと思うぞ。
覚悟を決めて部屋へと踏み込む。
中は薄暗い。カーテンが閉められているようだ。
左側よし、右側よし、ドアの影にも潜んでいない!
とりあえず、クリアリング完了!
まあ、気配の主っぽいやつは目の前にいるんだけどな。
相手が単体とは限らない。複数の可能性だってあるんだ、警戒をしすぎだなんてことはない。
ドアの真正面、部屋の奥。
そこには、一つの椅子とそれに寄りかかり座る人影。
エリーとメリーはその人物の近くにて俺を待っていた。
座っている人影は動かない。一瞬、人形かとも思ったが、呼吸のためか微かに動いたのが見えた。
いや、それ以上に勘だろうか。この人物が人間であると“分かった”。
髪は手入れなどされておらず伸びっぱなし。風呂にも入っていないのだろうか。鼻にツンとくる臭いが漂っている。
……いや、そもそもこのゲームに風呂なんてあったか? 風呂に入らなければ悪臭のバッドステータスが付くのか?
「恐らく、この方の気配をホーンラビットは感じ取ったのでしょう。プレイヤーの《気配察知》は敵対モブのみを感知しますが、テイムモンスターでは少々勝手が違いますので」
「NPCマークが付いてるが……。イベント用NPCか? ここで特別なクエストが受けられるとか」
「いいえ、そのようなことは起こり得ません。簡単に言えば、この方はバグによってこの状態になったのです」
ふーむ、よく分からん。
とりあえず、運営が意図して配置したNPCではないようだな。
「このゲームは異世界を模したとお話致しましたわね」
「そうだな。だから、こういった家の細かいところまで作り込まれているんだろ。こんな柱の傷だってデータなら作る必要もない」
「ええ、その通りです。では、NPCや敵モンスターはどのようにしてこの世界へ産み出されたのでしょうか」
「それこそ、データじゃないのか? NPCの受け答えだって機械的だった。だからこそ、ここがゲームだと思える」
町盗賊を捕まえるために癒香と露店巡りをしたことが思い出される。
どんな商品をいくつ買おうと、何度来たとしても、挙句の果てには目の前で客の金が盗まれたとしたって、いつも同じセリフを繰り返していた。
これをデータと言わずなんと言うのだろう。
「それは、魂が仮の肉体に定着していないからですわ」
「んだよ、またファンタジーでトリッキーな説明か? 簡潔に頼む」
「善処致しますわ。テイクさん、魔王様の能力は覚えていらっしゃいますか?」
魔王の能力?
確か、精神投影型VRを作るのに一役買ってたな。
魂がどうとかだったか。
「魔王様の能力は魂を操ることに長けていました。そこで、魔王城から王国の一部までの道にて全ての生物から魂をほんの少しずつ分けて頂いたのです」
「おい待て、なんだそれ。てか、魔王の魔力、枯渇してんじゃなかったのか」
「メグミの住む異世界へ繋ぐ程の魔力はありませんでしたが魂を集めるくらい魔王様には造作もありませんわっ!」
魔王って普通にヤバい奴なのかもしれん。まあ、魔の王ってんだから当たり前なのかもしれないが。
くそ、本当に姉貴を
「そして、集めた魂をこの人工異世界へと送り、一つ一つの魂にあった器を用意して今のESOという異世界が存在しているのですわ」
「器ってのが肉体な訳だな」
「そうです。まだ定着していないので、こちらが指定した言葉、行動のみしか取れませんが
なんか今、恐ろしいことを聞いている気がする。
何、NPCが自分から行動って。会話とかできるってことか?
もうそれ、生きてるのと変わらないんじゃ……。
「むぅ、お兄ちゃん達が難しい話ばっかりでよく分かりません!」
『アウィン、黙ってなさいと
『なあ! そいつ動くのか!? 戦闘はまだか!? 先手必勝ってことで突撃してもいいか!?』
ああ、なんか今更だったな。
結局、ラピス達と変わらないのか。いいや、あんまり考えないでおこう。
「それで、なんでこの人だけこんな隔離されてんだよ」
「……この方は想定以上に早く自我を持ち始めたのですわ。しかも、リリース初日。器に魂が入って間もない頃です。これでは、定着どころの話ではありません。ですので、
なんとまあ、リリース初日にねぇ。
それだけ我が強い人だったのかね?
「あ、あぁぁ……。やぁ、……たち。ちょっと、い、い……。なに、か……きき、たい……こたえ……。町で、ぇ……こえ、を……。ああ……めありー、えま」
『うお!? また急に気配が出てきたぞ旦那!』
「なんだ? 急に変なこと喋り始めて……。いや待て、今のセリフどこかで聞いたような」
「この方が自分から自我を取り戻すことはありえません。ですので恐らく、何かしらの外的要因があるはずです。魂と器の不安定なリリース初日にこの方の琴線触れるようなことがあれば、あるいは……」
いや、まさか。そんなはずは。
なんだろ、嫌な予感がしてきた。
ものすごく、心当たりがあるんですが。
「この方の名前はカリムさん。初日に魂と器の結合を破壊された可哀想な方ですわ」
NPC破壊伝説、証明完了。
……NPC弁償とかって、ないよな?
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