第五十六話「曝首」

「へっ、オイラは運がいい。真っ先にオイラのライバルに当たるなんてなっ! 覚悟しろよ“青姫”! オイラよりも先に“森林の大狼リェース・ヴォールク”をテイムしたこと、後悔させてやるぜ!」

『ガルルルル』


『主よ、我の前でキャンキャンと吠えているこやつは一体何を言っているのであろうか』

「存じ上げませんわ。ですが、この戦いは負けられないのです。油断せず、確実に仕留めてくださいませ」

『心得た』


 闘技大会テイマー会場、第一試合。

 そこには、物珍しさもあり大勢のプレイヤーが押し掛けていた。


 円形の闘技場には大きな狼とそれに比べればとても小さな犬が一匹ずつ。

 両者の後方には狭く客席よりも高い壁があり、そこへそれぞれの主が立っていた。

 第一回闘技大会テイマー部門はテイムモンスターのみの勝ち抜き戦である。


「つまり、テイムモンスが三体いる俺は圧倒的有利な訳だ。初回だけこの仕様なのかこれからもずっとそうなのか分からないが、質より量で数を揃えてもワンチャンあるってことだな」


 ま、後半は全員六体揃っていても不思議じゃないし、そうなると量より質が大事になって来るんだろうが。


 俺の試合は第二試合。今はやることも無いし第一試合の観戦中だ。

 お供はいない。全員待機してもらっている。余計な面倒に巻き込まれるのはごめんだからな。


「うっわ、“青姫”の相手スパイクドッグじゃねえか。可哀想に」

「“青姫”の“森林の大狼リェース・ヴォールク”は大本命だからな。テイマーのオッズ見たか? “青姫”に賭けたところでほぼ同額しか返ってこねえよ」

「勝ち抜き戦なら“オッドボール”のギルマスもワンチャンあんじゃねえの? 三体いただろ」

「無理無理、有り得ねえよ。三体中二体がスライムとウサギだぜ? 魔法でお陀仏なやつと角刺さる弱点持ちなんて数に入らねえって」

「ってことは、残りの一体によるってことか」

「ま、他の一体持ちよりかはアドバンテージあるかもな。優勝はねえだろうけど」

「やっぱ、見物みものは“青姫”の二体目だな」

「見れる可能性はほぼないだろうけどな」


 よし、よく耐えた、俺。

 ラピスとトパーズが数に入らないだと? 次の試合見てやがれ。二度と同じことを言えないようにしてやる。


 ただ、思った通り優勝はエリーだと思われているようだな。“青姫”ってのは恐らくエリーの通称だろうし。

 エリーの二体目は誰も知らない、か。掲示板とか見て情報探すのが面倒だから聞き耳立ててみたが、ただただムカッとしただけになった。


「これより、第一回闘技大会、テイマー会場第一試合を行う。始め!」

「おし、行くぜ! まずはハウリングを避けてから近付いて」

「それではリルちゃん、お願い致しますわ」


 ふむ、これは見る価値もなかったか。

 いきなり、一目散に右手へと走り出したスパイクドッグを冷めた目で見詰める大狼。


 そして。


「そこまで! 試合終了、勝者エリー!」

「なっ、“森林の大狼リェース・ヴォールク”は開幕ハウリングじゃねえのかよ!?」

「貴方、本気でそう思っていらっしゃったのですか? それでしたら、考えが浅はかとしか、言い様がありませんわ」

「なんだと!?」

「リルちゃんはAIじゃありませんの。貴方もテイマーならお分かりでなくて? それでは、わたくしは失礼致しますわ」


 後ろを向き、先程までいた場所から降りていくエリー。大狼も後方に開いた出口から退場していく。


 スパイクドッグの敗因は色々あるが、最大のものはやはり、主の指示、そしてそのテイマーが勘違いを起こしていたってとこか。

 ハウリングは開幕固定の技ではない。


 とは言っても、俺は“森林の大狼リェース・ヴォールク”をソロ討伐し、スキル《ハウリング》を手に入れたから知っていたが、他のプレイヤーがそう勘違いしていてもおかしくはない。

 だが、相手はテイムモンスター。何の疑いもなく“開幕はハウリングだ”なんて決め付けていたら勝てるものも勝てないだろ。


 そして、何よりも。あの大狼のスピードはヤバい。

 テイムモンスターは敵モブに比べてステータスも高いと思っていないといけないな。


 次は俺の試合だ。

 相手のテイムモンスターが何かは分からない。何が相手であっても、油断せず、臨機応変に対処しよう。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「……ふふ」

「…………」


 どうしよう。いきなり、対処に困ってしまった。

 エリーの試合が終わり、控え室に戻って来たんだが、なんか、ヤバい奴がいる。

 黒マントを身体に巻き付けているので、頭だけが異様に目立ってるな。ここにいるってことは次の試合の対戦者、曝首だろうか。


 名前から嫌な予感はしてたんだが、こうまで名は体を表すって奴だとは。

 曝首さらしくび、まさにこいつの名前だろうな。


「……ふふ」


 あと、その時々漏れる笑い声やめてくれませんかね。


 仕方ない。試合開始時間までやることも無いし、手元のアイテム整理でもしようか。

 ウィンドウを開いてアイテムを確認する。その時、ウィンドウ越しに首と目が合った。


「っ!」

「……はぁ。あなたもそういった反応をするんですね」

「あ、いや、すまん。つい咄嗟に」

「いいんです。こんな格好ですし、名前が名前ですし。僕なんて、どうせ」


 ええ……、なんで俺が悪いみたいになってんだよ。

 確かに、ちょっと目を逸らしたが、いきなり生首と目が合うとか怖えよ。仕方ねえだろ。


「……テイクさん、ですよね。僕の対戦相手の」

「ああ。ってことはやっぱりお前が曝首さらしくびか」

「その名前、あんまり好きじゃないんですけどね」

「そうなのか?」


 お前ほど似合うやつはいないと思うけどな。という言葉は飲み込んだ。

 好きでもない名前を似合うと言われて嬉しいやつなんていないだろう。


「今、僕に似合いの名前だ。って思いましたね?」

「すまん、思った」

「お気遣い、ありがとう。この名前は姉が付けたんです。僕の趣味に似合うように、と」

「なるほど」


 とりあえず、こいつの趣味は“曝首さらしくび”という名前に似合うものらしい。

 お近づきにはなりたくないな。


「テイクさんは、“オッドボール”のギルマスですよね」

「ああ。なんだ? そんなに知られてるのか?」

「今でこそ、ギルド設立の条件が分かってそれなりにギルドが増えましたけど、初期のギルドは注目度が高いです。それに」

「それに?」

「“オッドボール”のギルマスはマルチスライムとホーンラビットをテイムしてキャラの再作成をしない“変人”だ、と」


 またか。

 掲示板の中でも俺は“変人”で通っているらしい。

 ま、それも全てこの闘技大会で払拭ふっしょくする予定だがな。そのためにも、目の前にいるこの曝首を倒さなければならない。

 試合開始まであと僅か。


「テイクさん」

「なんだ? もうすぐ試合だろ。移動しないのか?」

「一つだけ聞かせてください。なぜ、キャラ再作成をしないんですか?」

「あ? もしかして、お前もマルチスライムとホーンラビットは雑魚とかぬかすつもりか?」

「まさか。序盤でテイムモンスターを連れているのは僕だって同じです」

「……それもそうか。悪い」


 言われてみれば、この闘技大会に参加したテイマーは、序盤の雑魚と言われるモブをテイムしてなお、テイマーを続けようとしている訳で。

 俺と同じように、キャラ再作成を勧められ続けてきたのかもしれないと思うと親近感が湧いてきた。

 なんだ、結構いい奴じゃないか、この生首。


「今、失礼なこと考えませんでした?」

「いいや? それで、さっきの答えだが」

「……はい」

「ラピスもトパーズも強いからだ。再作成なんて、する気も起きない」

「そうですか」

曝首さらしくび、お前は?」

「サラと呼んでください。僕も同じですよ。僕自身と違ってむくろは強いですから」


「失礼します。お二方、移動をお願い致します」


 闘技大会用NPCが俺達を呼びに来た。部屋を出れば、曝首――サラとは別方向だ。


「負けねえからな」

「僕のセリフですよ」


 背中を向け歩き出す。

 次に会うのは闘技場だろう。


 考えるのは、先ほどサラの言っていたセリフ。


「すみません」

「はい、なんでしょうか」

「俺のテイムモンス出場順、ラピスじゃなくトパーズを先発でお願いします」

「かしこまりました」


 むくろなんて、スケルトンにしか付けねえだろ。

 スケルトンには物理攻撃のトパーズだ。


 これで、一回戦は貰ったな!

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