第二十六話「その子、誰の子?」

「あの、テイクさん」

「あ、いや、これには事情があってだな」

「と、言われましても」


 階段を降りて玄関へ向かった俺は、そこで待っていた癒香に問答をされている。

 まあ、そりゃそういう反応にもなるよな。

 実は、町盗賊のマーカーは敵性モブのまま。HPだって残ってる。いつ、襲ってきてもおかしくない。

 俺は、そんな存在を背負って来た訳だし。俺だってそんなやついたら、頭おかしいって思うよ、うん。


 だが、俺の視界の端に浮かぶウィンドウは依然として主張している。


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 町盗賊をテイム可能です。

 テイムしますか?

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 この子が、既に無害な存在となっていることを。


「簡単に説明すると、ここにはこの町盗賊しかいなかった。んで、俺がそいつをテイム可能。って状態だ」

「テイムしたんですか!?」

「いや、しねえよ」


 テイム? 冗談じゃない。

 もう、ラピスとトパーズで枠は二つも埋まってる。これ以上、序盤でテイムモンスを増やすつもりはない。


 それに、この子がテイム可能になったタイミングも不可解だ。

 俺はとどめを指していない。これは絶対だ。

 あるとすれば、ラピスの侵食によるスリップダメージだが、それは“テイマーによる攻撃”ではない。《鞭》スキルの説明とは矛盾している。

 そもそも、今、俺の背中にいる町盗賊には、半分以下になっているがHPバーがある。倒してはいないはずだ。


 確かに、イベント等でテイム出来る可能性もあるが……。

 何体もいる町盗賊という種族の一体に、そんなイベントを用意するか? ボスでもないのに?

 しかも、恐らくテイムの決め手になったのは、リンゴを渡したことだ。あの、一つ、1Gもしない、リンゴを。

 町盗賊、安すぎんだろ。


「では、どうして連れ帰ったんです?」

「んー、何か放っとけなかったというか……。特に話せる理由はないんだよな」


 でも、俺の中ではあの家にこの子を放置するという選択肢はなかった。

 この子がリンゴに触れた、あの瞬間。俺はこの子を、“町盗賊という名のモブ”とは見れなくなったのだ。

 この子はラピスやトパーズと同じ、“生きているデータ”だ。


「とにかく俺は、この子をオッドボールへと連れていく」

「テイクさんがそれでいいなら、私としては構いませんが。どうやってオッドボールへ行くんですか? ユズさんから教えて貰ったお店の場所は、大通りを通る必要がありますよ」


 そう。問題はこの子が、敵性モブであることだ。しかも、倒せば大金が手に入るレアキャラ。

 大通りをこのまま歩けば、間違いなく狙われるだろう。


「ま、そこはアテがあるから大丈夫。むしろ心配なのは、その“アテ”が辿り着いてくれるか、だな」

「……?」


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


「おおー! ここがお兄さんのギルドホームなんだね! ちょっと汚い!」

「兄ちゃん、ここ、掃除した方がいいと思うぞ。てか、まさか兄ちゃんが最近出来たギルド“オッドボール”のギルマスだったとは思わなかったぜ」

「ココ、テオ、ありがとな。また、助かったよ。ただ、俺もまさか、メールで道案内をすることになるなんて思わなかったぞ」

「いや、驚いたのはこっちだ! メールで道案内されるなんて思わなかったからな!」

「そーそー! お兄さん、どこかで見てるんじゃないかと思っちゃうくらいドンピシャで右! とか、左! ってメールするんだもん」

「いや、お前ら、秒速0.8メートルで歩くだろ?」

「「そうなの!?」」


 ま、誤差はあるだろうが、二人は寄り道しないし、大体ここら辺の時間かと思ったとこで曲がり角を見付けて貰えば、そこまで難しいことじゃない。

 十字路や脇道が多いとこだと、流石に無理だろうけどな。イワンの町では路地の曲がり角が少ないから出来たようなもんだ。


 で、ココとテオを呼んだ理由は風の羽衣(β)を借りるため。

 Lv.20までの敵性モブから身を隠せるこのアイテムを背中にいるこの子に使えば、町盗賊から見た敵性モブであるプレイヤーからの目を誤魔化せる、と考えた訳だ。

 テイム可能になった時から全く動かなくなったんだが、俺が背負ったままでも効果があった。透明なまま誰かにぶつかっても困るし、結果的に上手くいってよかった。

 俺の目の前にはオッドボールがある。無事、到着だな。

 ちなみに、癒香はaromaへと戻っていった。一人寂しく露天巡りをせずにすんだし、癒香には今度埋め合わせをしないといけないな。流石に牛串やリンゴだけじゃマズいだろ。


「どうする? ココ達も上がってくか?」

「いいの!? それじゃ、おっ邪魔っしまーっす!」

「おい、待てココ! これからギルドで集まるって言われただろ!」


 おお、猫耳がピンと立ち上がった。と思ったら、テオの言葉で元通りに。獣人ってのも見てて面白いな。

 んで、ココ達もギルドに所属してるのか。テオは服飾職人だし、多分“イワン生産職連合”だろう。


「集まり? あったっけ?」

「あったよ。て訳で、兄ちゃん、またな」

「忙しいとこ悪かったな。今度、また改めてお礼するよ」

「約束だよ! ばいばーい!」


 猫尻尾と厨二忍者が遠ざかっていく。

 うーん、何か悪いことしちまったな。そろそろ22時だし、確かにギルドで集まるならこれくらいの時間だと人が集まりやすい。

 忙しい時間に呼び出したのか。ちょっと反省しとこう。


「とりあえずは、無事帰還! ってことでただいまあああぁぁ!?」

「え、テイク!?」

「あれ、なんでテイクが」

「お、お前、俺を殺す気か!?」


 ドアを開けた瞬間、剣が振り下ろされたぞ!?

 プレイヤー間の攻撃は無効になるからダメージはないが、ドッキリだとしてもタチが悪い!


「ご、ごめん! 《気配察知》で敵が引っかかったのよ」

「しかも、ドンドンこっちに向かってくるみたいだし、迎え撃つしかないと思って」

「おお、心臓止まるかと思った」

「……テイク、おかえり。それで、一つ、質問」

「あ、ああ。ただいま。質問?」

「その子、誰の子?」


 俺の背を指差しながら繭から放たれた質問には、ユズとケンだけでなく、俺も固まることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る