第十六話「ムチと鞭」

 ギルドから出ると、何やら集まっている人達がいた。真ん中にある何かを遠巻きに見守っている感じだな。


「何だ? この人だかり」

「さあ? テイク、行ってみる?」

「おし、行くか、ケン」


 どうやら、オッドボールの掃除はまだ出来そうにないな!


「ちょっと! またアンタは、効率がどうとかいいながら余計なことに首を突っ込みに行くつもり!?」

「面白そうならむしろ向かっていくのが俺だ!」

「……繭は、もう、疲れた。そこの、ソファで、休んでる」

「え、待って繭! このまま二人を行かせたらまた面倒なことになりそうなんだけど!」

「それは、それで、良し」

「あーもう! テイク! 戻って来なさ」

「ユズ、繭は任せた! 行くぞ、ラピス、トパーズ!」

「あ、コラ!」


 ゲームなんだから、楽しんだもん勝ちだ。面倒に巻き込まれるのは嫌だが、遠くから見るぐらいなら大丈夫だろ。

 早速、すぐそこの野次馬に事情を聞いてみる。コイツが知ってりゃいいが。


「なあ、これ何してんだ?」

「ん? ああ、これはただの野次馬……って、何だその頭に乗せてるやつは。しかも、お前が持ってるのは……ウサギ?」

「俺はテイマーだからな。あんま気にすんな」

「それよりも、何を野次馬してるの?」

「え、あ、いや、何かいきなり叫びながら走ってきたやつがいてさ。面白そうだけど、巻き込まれたくないから遠巻きで見てるんだ」

「お、ラッキー。事情通発見だな」

「叫びながらって?」

「確か、“お嬢”とか、“金”がどうとか。男プレイヤーが何人も息切らしながら迫ってきた時はビビったよ」


 “お嬢”? “金”?

 ……あー、その、なんだ。


「ケン、聞き覚えのある単語が聞こえた気がするんだが」

「うん。ついさっき聞いたような気もするね」

「ん? なんかあったのか?」

「実はここに来る前、プレイヤーとぶつかったんだけど」

「そん時にそいつが、“お嬢のための金”とか言ってたんだよ。あと、“あのガキ”とも言ってたな」

「町盗賊か……」

「だろうな」


 とりあえず、事情は分かったし、渦中の人物を見に行くとするか。

 “お嬢”とか言うやつもいるかもしれないし、こっからじゃ、なんも見えん!

 って訳で、ちょっと失礼しますねー、と。


「お、一番前まで来ちまったな」

「うわあ、何これ。どうなったらこうなるの」


 意外と人の壁は薄く、すぐに中心が見える位置まで人を掻き分けて来ることが出来たんだが……。

 目の前の光景は異様なものだった。


 なんつーか、何があったかよく分からんから見たままを言うぞ。


 何人もの男が円になって中心の人物に土下座をしていた。

 しかも、中心の人物ってのが青いドレスを着て、仔犬を抱いた金髪の女の子っていう。


 うん。意味分からん。


「なあ、ケン。これってどういう」

「どうか! 御機嫌を直して頂けませんか、エリーお嬢様!」

「おおっと、いきなり喋り始めたな」


 円を形成していた男の一人が急に大声を出し、懇願し始めた。

 “お嬢様”っつーことは、中心の女の子が“お嬢”ってことか。差し詰め、金を町盗賊に盗られてご機嫌ななめな“お嬢”に謝り倒してるって感じか。


 いや、お嬢何者なにもんだよ。


「……あなた達、何を仕出かしたか、ご自分で分かってますの?」

「それはもう!」

「でしたら、言ってご覧なさい」


 そう言って、件のエリーと言う女の子は仔犬を抱いたまま、喋り続けている男に歩み寄っていく。

 というか、喋り方がまんまお嬢様だな。そういう役になり切ったロールプレイでもしてんのか?


「自分達は、エリーお嬢様から託された、巨額の金銭を町盗賊に盗られ、犯人を仕留めることも出来ず、おめおめとこうしてエリーお嬢様の御前に引き下がってきた、何のお役にも立てない屑の集まりです!」

「大事なことが抜けてましてよっ!」

「あぐぅっ!」


 一瞬、周りの空気がザワッとする。


 おいおい、マジか。あのお嬢様、目の前の男に鞭打ったぞ。

 これ、運営的に大丈夫なのか? あの男が通報したら、即、垢BANものなんじゃ。


「も、申し訳ありません、お嬢様! ぃっ!」

「あなた方が! 買いに行った! ものは!」

「っ! がぁっ!」

わたくしの! 大事な! この! リルちゃんの!」

「はあ、はあ……。 ぁあっ!」


 見てるだけでこっちが痛くなってくる。

 さっき、俺がユズに踏まれた時のように、ダメージや痛みはないはずだが、鞭で打たれた瞬間の脳が感じる幻肢痛はあるはずだ。

 しかも、それを年下の女の子にされる屈辱感は俺には想像し難い辛さがあるだろう。


 とても見ていられない光景だが、俺にはどうも気になることがあった。

 エリーが持っている“鞭”。それと、今は片手で持ち上げているリルちゃんと呼ばれた“仔犬”。


「テイク、もしかしてなんだけど」

「ああ、ケン。お前も気付いたか。まさかとは思ったが、多分そうだ」

「やっぱり、テイクもそう思う?」

「ああ。間違いないだろう」


 エリーは、恐らく俺と同じ……。


わたくしと初テイムモンスター、リルちゃんを結ぶリードを買いに行かせたんですのよ!」

「ああ! お嬢様、もっと! もっとムチを!」


「やっぱり、テイマーだったか!」

「やっぱり、喜んでると思った!」


 ……え?


「あ、えっと、ごめん、ケンくん。俺、そういう性癖の理解はないから。友達だけど、変なことには誘わないでくれるかな」

「え、いや! 違う! テイクは誤解してる! しかも、盛大に!」

「友達では、あるから、ね? あ、俺、これから家の用事が多くなるかも」

「テイク、待って! ほんとに! 僕はそっち系の人間じゃない! 叩かれて喜ぶような人じゃないから!」

「いつもタンク系の職業だったのはそういう理由が……」

「ちっがーうっ!」


 ま、冗談はさておいて。

 ……冗談で置いちゃっていいんだよな? ちょっと頭に入れとこう。


 どうやら、お嬢様はテイマーだったようだ。俺以外にテイマーを続けようと思ったやつがいるとは思わなかったな。

 あの仔犬はなんのモンスターだ? 凶暴な感じは全くしないし、少なくとも俺は見たことがない。


 と、どうやら、最前列で騒ぎすぎたようだ。エリーがこっちに気付いた。

 目線が俺の上の方に……、やべ、ラピスに気付かれたか。


「あなた、もしかして……」

「お嬢様! ムチを! ムチをこの俺に!」

「いや、この私めにムチを振るってください!」

「僕だって打たれたいよ!」

「うるせえ、盗られたのは俺だ! 俺に打たれる権利があるんだよ!」

「お黙りなさい!」

「ぁあっ!」


 うっわあ、マジで関わりたくねぇ……。

 来んなー、こっち来んなー。って念じても来ちゃいますよね! 目、合いましたもんね!

 くそ、逃げるか? この野次馬の中に逃げ込めば何とか撒ける可能性が。


『わんっ!』

「うお! コイツ、いつの間に」

「やっぱり、あなたも鞭を持ってらっしゃるのね。ということは、わたくしと同じテイマーでしょうか」


 あ、ダメだ。詰んだ。関わった。

 テイマーは数少ないし、覚えられた時点でどうしようもない。

 こ、ここはアレだ! ケンに話題を逸らせてを生贄に差し出して俺の印象を薄くすれば!


「おお、良かったな、ケン! お前、鞭で叩かれたいって言ってたから、お嬢様が近付いて来てくださったぞ!」

「は? ちょ、テイク何言って」

「お嬢様! こいつ、ケンっていう平凡な名前なんですけど、ドMらしいんスよ。ぜひ、その鞭で打ってやってくれま」

「あなた、何でそんな雑魚を連れていらっしゃるの?」




 ……あ?


「……おい、お前、今何つった」

「マルチスライムとホーンラビット。そんな雑魚中の雑魚を、入れ替えることも出来ないテイムモンスターの枠に入れるなんて、正気とは思えませんわ。すぐに再作成をしてはいかがでしょうか」

「てめえ、ラピスとトパーズにケチつける気か。上等じゃねえか」

「ちょ、テイク落ち着いて! あなたも、いきなり何言い出すんですか!」

わたくしは同じテイマーとして、親切で言ってあげただけですのに」

「人のゲームプレイに初対面でケチを付けるなんてマナー違反ですよ!?」

「ケン、お前、黙っとけ」


 ケンが何か言い合ってたようだが、俺には関係ない。

 あるのはラピスとトパーズをバカにされたことへの怒りだけ。

 この怒りどうしてくれようか。


「何故、わたくしが怒られているのか検討も付きませんが、どうやら、あなた方はその二匹が雑魚だということを知らないご様子」

「人のテイムモンスを雑魚雑魚言いやがって。てめえ、マジでいい加減に」

「ですから、わたくしからご提案があります」

「ああ?」


 提案だ? んなこと、どうでもいい。

 この女にラピスとトパーズのことを見返してやらないと気が済まない。

 だが、その方法が……。


「あなたとその二匹。わたくしと、この“森林の大狼リェース・ヴォールク”であるリルちゃんでPvPを致しましょう」


 俺の足下にいた仔犬が見上げる程の大きさになり、冒険者ギルド前の広場が騒然となる。

 テイマー同士のPvP(プレイヤーvsプレイヤー)か。


「その提案、乗った」

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