045 寝坊と職人

 8月11日。

 僕が起きたのはもう日が昇った後だった。こんな遅くまで寝てたのは、村で風邪を引いたとき以来かな。あれは、ええと。今年の冬。まだ僕が目覚める前だね。

 遅くまで、と言っても7時半なんだけど。

 それでも商会の下働きの人は、慌ただしく動いてるし。行商に行く荷馬車を用意する声も聞こえる。多分、僕の分の朝ご飯はもう無いかな。


 起き上がろうとすると、僕は僕の匂いに気づいた。みんなは気にしすぎだと言うけど。コミエ村の神殿では毎日お風呂に入っていたからね。実家では体を濡らしたわらで拭うくらいだったんだけど。


「なんかさっぱりする方法無いかな」

『精油などは?』

『そうだね、ロジャー。それも良いね』


 でも、肌のぬめりがなぁ。んー。贅沢だとは思うけど。

 などと考え事をしながら、着替えて階下へ。僕は商会の人間じゃなくてコミエ村の神殿から派遣されてる形。何をするかと言えば、術理具に関する相談役。

 でも、僕の術理具はまだ僕にしか作れない。あ、アラン様はできるかも? でもアラン様はこの辺にいない。旅程2週間の王都の大学。

 なので、術理具の制作者には僕が直接指導して。それがある程度形になったら売り物にするための改造をするんだってさ。そこで僕は色々相談に乗るから相談役、なんだけど……。


 工房をちょっと覗いてみる。バスカヴィル商会の工房は本格的な物じゃなくて、修理や馬車の調整などのちょっとしたことが中心。その代わり色んな職人さんが働いてる。術理具の職人さんは2人。最近王都から来た人達でアラン様からのご紹介。

 ……アラン様って、直接会うとありがたみがないよね。

 周囲からの評判を聞くと凄い人だって分かるし、こうやって職人さんをさっと寄越す辺り、相当な人脈があるんだなって分かるけど。

 赤と黄色のあのマントで、あの口の悪さだと、ね。


 元々今日は冒険者組合に行くと伝えてある。でも、何か有るかも知れない。

 僕は職人さん達に声をかけた。彼らのコーナーは高価な宝石、魂倉、金属などの素材が大小様々整然と並んでいる。コウタロウさんの記憶にある「ホムセン」みたい。

 男性と女性の2人の他にお弟子さんというか下働きが3人。皆さん立ち上がって挨拶するので恐縮する。だって僕、ほんとは下働きみたいな物だし。頭下げられると……。

 リーダーのブレンダンさんが話しかけてきた。隣には奥さんのユージェニーさん。

 お二人とも二十代前半。お子さんは居ないと聞いてる。ブレンダンさんは細身で髭のダンディなお兄さん。ユージェニーさんはとても若い印象の女性。今の僕と並んでも違和感がない感じ。


「サウルさん、今日は冒険者組合だったんじゃ?」

「ええ、その予定だったんですが。昨日の宴会で……」

「お帰りも遅かったようですしね」

「面目ない。所で、何か問題などありませんか? 無かったら予定通り出立します」

「……そう、ですな」


 ユージェニーさんが、ブレンダンさんのシャツの裾を引っ張るのがちょっと見えた。言いにくいこと?


「何でもお気軽に仰ってください。僕に出来る事ならできる限り要望に応えますよ」

「その、ですな……」

「あの!」

「なんですか? ジェニーさん」

「先日頂いた見本の術理具に使われた、木と石をもっといただけないか、と。あ、あとそれと、もっと他の素材があれば分けていただけません?」

「あぁ、あれですか」


 僕の泡倉はとても濃い特徴的なエーテルを蓄えていて、そこに染まった素材はちょっと変わった性質を持つ。アラン様に分けた石や水なんかは、濃いエーテルを周囲にまき散らして、アラン様を癒やす助けになってるんだよね。きっと他にも性質が有ると思う。

 最初の術理具には泡倉の木や金属を使ってる。ブレンダンさんに見本として渡したのもそれ。


「何故必要なんですか? 売り出す物はこの辺で採れるものを使うはずですよね?」

「ここのところ、ずっと見本と同じ物を作ろうとしてるんですが、上手く行かないんです。作り方はサウルさんから見せて貰ってます。最初は失敗続きでしたが、今では完璧に同じと思います。そうなるともう素材の違いしか……」


 ん?


「売り出すのは、、ですよね。元の性能を目指す必要は有りませんし、元の術理具の素材は特別なものなので、とお伝えしたはずです」


 手元に無いというのは嘘だけどね。泡倉に山ほど有るけど。ていうか、泡倉中央のあの山、たった一つの山で、下から上まで辿ると暑いところの植物から寒いところの植物まで全部揃うのがおもしろい。

 素材を余り分けたくないのは、別に意地悪じゃ無いんだよ。

 泡倉の島は直径200km程度の島。ほとんど未開だけど、際限なく資源を提供すれば余り長持ちしないと思う。木は再生するにも時間も人でも掛かるし、石や金属は無くなればおしまいだし。

 でも……。

 僕が目を細めてお二人を見つめると、ちょっと居心地悪そうに目をそらした。

 先に口を開いたのはユージェニーさん。


「んー、ごめんなさい。アラン、あ、ええとマサース教授からもロージーさんからも言われて納得したつもりだったけど。サウルさんはやっぱり6才には思えないわね。しっかりしてる」

「あ、ええと。どうも。確かに僕みたいな大きい6才児っていませんね」

「正直に言っても良い?」

「ええ。僕は正直な人は好きですよ」

「ありがと。アレに似た木と石、昔本で読んだと思うの。それを確かめたいし。あと、やっぱり凄い素材見たら、職人の血が騒ぐわよ! サウルさんも分かるでしょ? ね?」

「あっはっは。分かります。今度持ってきます。ただ……」

「な、なに? お金は無いわよ?」

「おい、ジェニー……。なんでしょうか、サウルさん。私たちに出来る事なら何でもおっしゃってください」

「いえ、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんです。僕が最近使うようになったホバリングという術があるんですが……」


 そこから、お二人とお弟子さんも巻き込んで、議論が始まったんだ。気がつくと10時が近い。成長期の僕がお腹を鳴らしたところで、解散。

 お二人には、専用装備の試作をお願いすることに。


 しかし、10時過ぎかぁ。もうまともな仕事には取りかかれないかな。行くだけ行ってみよう。

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