Ep.7 HARUNA 3

 その夜、あたしはなかなか寝つけずに考えつづけた。


 聖エルザの正統を継ぐのは、白雪、織倉、小栗、乙島、宇奈月、そして滝沢の六家。五角形のペンダントはその象徴というだけでなく、黄金の聖母像が安置された地下洞窟へ通じる扉を開ける重要なカギでもあり、何度も争奪の的になったという。


 おふくろはアクセサリーなんかするタイプじゃないから、どこかにきちんとしまってあるのだろう。だから、この五年間は一度も眼にしてなくて、あたしもすっかり忘れていた。老女がそれをしていたなら、滝沢礼子のものとしか考えられない!


『聞きたいことができたらいつでもおいで――』

 ローレンスはそう言った。これは、まさにそれに当たるんじゃないだろうか?


 だけど、そうなるとまた問題がある。

 ローレンスは、隠れ家にいかにも簡単にたどり着けるような口ぶりだったけど、何の手がかりもないのだ。あたしは眼隠しされ、車に乗せられてそこから四ッ谷の陸橋へ連れて行かれた。どこをどう走ったかなんて見当もつかない。

(いや、これも、ちゃんと見てない、考えてないってことかもしれない……)


 翌日の日曜日、あたしは早く起きて朝陽が射しそめたばかりの窓の外を見下ろし、車通りもまばらな休日の都会の風景に眼をさまよわせた。危険だからと一人で外出するのが禁じられてるってこともあるけど、あの隠れ家は意外とすぐ近くにあるような気がしたのだ。

 あたしはふと思いついて、壁をぐるりと見回しながら呼びかけた。

「ねえ、ヤスジローさん。聞こえてる?」


 この部屋にも、どこかに隠しカメラとマイクが仕掛けられているはずだ。

 ちょっと間があってからスマホが鳴り、眠そうな声が聞こえてきた。

「ああ、ハルナちゃん、おはよー。ちゃんと聞こえてるし、姿も見えてるよ。何か用かい?」

 そういえばヤスジローは夜昼なく監視をつづけているのだ。いったいいつ寝ているのだろうと思ってしまう。


「ええ。聖エルザの在校生の写真を見たいんだけど、できる?」

「今どきは個人情報だなんだとうるさいからねえ。でも、もちろんOKさ。名前は?」

「わからない。だから、一人一人見たいんだ。たぶん、高等部の一年か二年の男子」

「お安いご用だよ――」


 たちまちスマホの画面に男子生徒の顔写真が流れだした。ごていねいにもプロフィールつきだ。ローレンスの顔は二年生の中に見つかった。

 ワンルームマンションに独り住まいとなっているが、聖エルザでは東京に身元保証人がいれば、地方出身者などにはそれも許されている。だけど、住所はそれほど近くではない。もちろん、正直にそこに住んでいるはずがなかった。


「えーと、つぎは……あたしがローレンスと会った日の授業の出欠状況なんかわかる?」

「ああ。今はなんでもデータ化する時代だからね。この生徒のでいいんだね」

 ヤスジローが手早く調べ上げてくれたところによると、ローレンスは午後の最初の授業に数分遅刻していた。

 あたしが聖エルザの始業の鐘を耳にしたのは、解放されて正門に向かう途中のことだった。隠れ家が学園にすぐ近い場所にあるのでなければ、そんなにすばやく授業に駆けつけるのはとうてい無理だ。

 ヤスジローは気をきかせて、その前後数分間に限定して最寄りの駐車場の画像をチェックしてくれたけど、クリーム色のルノーの出入りは一台もなかった。


(残るは、あの庭のある家……)

「廃墟みたいな古い外観の家? そんなもの、聖エルザの近くにあったかなあ。しかも、ケヤキとかの巨木が庭にニョキニョキ生えてるんだろ?」

 ヤスジローはこの周辺の航空写真を見せてくれた。スマホでふつうに見られる画像よりずっと解像度が高くて鮮明だ。軍事衛星とかからでもハッキングしてきたんだろうか。


 都会のど真ん中とはいえ、表通りから一歩入れば閑静な高級住宅街だから、庭に鬱蒼とした木立ちがある家は意外とあった。だけど、半円形の張り出し部分のある家屋や、周囲を高いビルに囲まれた庭という条件をすべて満たすものはなかなか見つからない。

「やっぱりないよー」

 いっしょに探してくれているヤスジローが、とうとう投げ出すように言った。


「待って。この白く見えるのは何?」

「ちょっとお待ちを……ああ、温室だよ」

「温室?」

「以前はその敷地に『大日本観葉植物研究所』って会社があったんだ。今は社屋が取り壊されて低層マンションに変わってるけどね。会社がなくなってるのに温室だけ残してあるって、いったいどういうことかなあ……」

「アッ、そうか……」

 やっぱり、そこにちがいない――あたしは直感した。


「ねえ、ヤスジローさん……」

「なんだい? あらたまった声出して」

「今夜、あたしはエルザタワーを脱け出したい。手伝ってほしいんだ――」

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