Ep.6 HARUNA 8

「すると、滝沢は見つかったのか?」

 やっぱり滝沢礼子の行方が気にかかるらしいパパは、あたしが話し終わると身を乗り出すようにして尋ねた。

 あたしは力なく首を振った。

「ううん。依頼は今のローレンスに引き継がれたわけだけど、手がかりもつかめてないって」


 当然のことながら、あたしを産んだのがだれなのかも、クルセイダーズの堅固な密約にはばまれて、さすがのローレンスにも突き止められなかったという。やっとのことでローレンスまで行き着いたっていうのに、そのとおりならすべては無駄だったってことになる。


「やつが真実を隠しているってことはないんだろうか……」

 パパは、あたしの話をみんな聞いたうえで、なおも冷静な表情でつぶやいた。


 そうなのだ――

『恋文屋ローレンス』と名乗った高校生は、あれだけの大騒ぎを引き起こしておきながら、結局あたしを拉致しただけのことだった。無理やりキスしたこと(やっぱりパパたちには言えなかった)を別とすれば、危害を加えたりはしていない。たしかにからかって楽しんでいるところはあったけど、悪意のようなものはほとんど感じ取れなかった。不可解な思いは、あたしの中に当然残っている。


 彼が得々として語ったさまざまなことは、怪人物が仕掛けてきた数々の異様な事件の真相や裏話だった。あたしを驚かそうとするいたずら心はあったかもしれないが、まんざらホラ話とは思えない。むしろかなりの部分は事実なのにちがいない。


 だけど、語ってないことがまだまだあるのは当然だし、真実らしく聞こえたところにも裏に隠された大きな秘密があるような気がする。高校生ローレンスの若々しい容貌からはとても想像がつかないけれど、巨大な影が彼の背後に伸びている気配はやっぱり感じた。その秘密を守るためなら、どんなウソでもつけるし、卑劣な裏切りも平然とできるような……。

 あたしには、何かが終わったなんて、これっぽっちも思えなかった。


「おまえが無事に解放されたのは何よりだが、問題はもう一つある。ついておいで――」

 パパはキッチンに行くと、いきなり造りつけの食器棚をそっくり手前に引いた。

 その裏にポッカリと空間ができた。宇奈月医院と同じように、地下につづく秘密の階段があったのだ。

 キャティも慣れた足取りで降りていく。あたしは恐る恐る最後尾につづいた。


 階段の下は二〇畳ほどの広い板の間で、多人数が座れる大テーブルがある。壁全体がモニター画面になっていて、コンソールデスクの人物が、立ち上がってあたしを迎えた。

「やあ、ハルナちゃん。ついに会えたね」

〝ついに〟といってももう顔は見慣れている。シンイチローと瓜二つの弟、ヤスジローだった。


「ねえ。ボクが、そこいらにいるオタクといちばんちがう点は何だかわかるかい?」

 いきなり尋ねられて、あたしは眼をパチクリさせた。

「キャティさんのヌードを見たって、聖エルザの女子更衣室の着替えシーンに出っくわしたって、ちゃんと冷静沈着に監視の仕事をこなせるってところサ」

 そう言われてみれば、モニターには校舎内やキャティの部屋らしき画像が小画面に分割されて映し出されている。こんなところにヤスジローの監視センターがあったのだ。


「ボーイ、無理しなくていいアルよ。いつでも生のオッパイ見せたげるわ」

「け、けっこう。それに〝ボーイ〟はもうやめようよ」

「やっぱりシンとおんなじこと言うアルね」

 キャティにつられて、あたしも思わず噴き出してしまった。


 だけど、この監視システムのおかげでオヤジの病院では命を救われたのだ。当然、深川のおふくろの店にも、知らないうちに隠しカメラやマイクが仕掛けられているにちがいない。


「残念ながら……とは、おれはそれほど思わないが、もうプライバシーを問題にしているときではない。恋文屋ローレンスの言葉を信じるなら、ミス・ランドルフは手柄をあせるあまり大きな失態を犯したことになる。それは、かならずや姉小路征司郎を刺激するだろう。やつがこのまま黙っているとは思えん」

 パパは重々しい声で言い、監視室の別のドアを開いた。


「ここは、三〇年前には聖エルザの地下を縦横に走る地下通路だったところだ――」

 ヤスジローの本格的な監視室にも驚いたけど、ちょっとカビ臭くて古い通路の両側には、なんと、銃器をはじめさまざまな武器や防具類がズラリと格納されていた。


「こ、これって、いったいどういうこと?」

「伊勢が言ったことを憶えているだろう。姉小路は戦闘部隊を養成している、と。あの男の狙いははっきりしている。暴力に訴えてでも、聖エルザとおれたちを徹底的に叩きつぶすことなのだ。おれはずっとそれに対抗するための準備を整えてきた」

 落ち着きはらったパパの声にも、自然と力がこもるのがわかった。


 通路を抜けた先は訓練場のような場所になっていて、そこに見憶えのある迷彩服姿の数人の人影があり、本物の射撃練習をしていた。一人があたしたちに気づくと、つぎつぎゴーグルや遮音用のイヤーマフを外しながらふり返った。

 三バカにシンイチローもいる。彼らが白河邸で発揮した絶妙のコンビネーションの理由がこれでわかった。

「無事に帰れたんだね、ハルナちゃん。『聖エルザ防衛軍』の秘密基地へようこそ!」

 マツオカが、例によってお調子者らしく声をはり上げた。

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