Ep.8 HARUNA 5

 パパは突入した勢いで一気にフロアの中央まで踏み込んだ。

 男たちはあわてて拳銃を向けるが、味方に当たる危険性に気づいてだれもが一瞬躊躇する。

 それをあざ笑うかのように、小気味いい風切り音が狭い屋内の空気を震わせた。

 ブンッ、ブンッ、ヒュン――


 防弾チョッキに身を固めたパパが長い腕を風車のようにぐるぐる振り回し、両手に持った金属バットがうなりを上げる。

「ギャアッ」

 たちまち二人が壁際までふっ飛ばされ、かろうじて直撃をかわした者たちも腰がくだけてよろめく。


 気がつけば、パパにつづいて三バカたちも混乱に乗じてつぎつぎ飛び込んできていた。

 ヤスダも同じく手になじんだバットだが、オオスギとマツオカはゴルフクラブを振り回している。七、八人いた黒スーツの半分は、悲鳴や苦痛のうめき声を上げてたちまち戦闘不能状態になっていく。


 その間に、ローレンスはあたしの手を器用にあやつって縄抜けしていた。その手で両足のいましめもすぐに解く。

 今や完全に乱戦状態になっていたが、ただ一人、すばやく部屋の隅に下がって距離をとり、味方に弾が当たる危険性など気にする様子もなく拳銃をかまえているやつがいた。

 もちろん、白いスーツ姿の『若』だ。


 あいつが慎重に狙いをつけようとしているのは、まちがいなく戦いの中心にいるパパだ。

 それに気づいたとたん、あたしとローレンスの危機感がたちまちシンクロし、大量のアドレナリンが身体じゅうを駆けめぐるのがわかった。


 どうしようという判断も迷いもない。あたしの身体は即座に反応して動き、床を蹴ってジャンプした体勢のまま『若』の側頭部に回し蹴りを放っていた。

『若』は長髪を乱してよろけ、ソファにぶつかってぶざまに尻もちをつく。手を離れた拳銃は、宙を飛んでパパの足元に転がった。

 それに気づいたパパが初めてあたしのほうを見た。

「パパっ」


 だけど、パパはあたしの声にはうなずきもせず、拳銃をすばやく窓の外へ蹴り出すと、横手のドアを指さした。

〈ハルナ。感動の再会は後だってことだ。ここにいては巻きぞえをくう〉

 ローレンスはあたしにむかって叫ぶと、パパに指示された階段ホールへと走った。


 もちろん、あたしはこの場を離れるのをためらった。これはローレンスの動きだ。いったいどこまで自分の自由がきくのか、ぜんぜんわからない。床を踏んだり空気を切る感触はあるが、まるで自分の身体に運ばれていく感じだ。

〈ジタバタするなよ。きみと私が微妙なバランスで身体と感覚を使っている。力を抜いて私の動きをトレースする感じでいてくれ〉

〈わ、わかった〉


 異変を知った黒服たちが二人、あわてて階段を駆け上がってくる。

 ローレンスはその上に跳躍すると、空中で一人を蹴り飛ばし、もう一人に飛びかかって壁に後頭部を強打して気絶させた。技のキレはともかく、とても自分の力とは思えない。


〈筋肉の瞬発力を倍増させてある。今ならこんなマッチョ相手にも互角に戦える〉

〈なるほど、脳を活性化するっていうのは、そんなことまでできるってことなのか!〉

 そういえば、暗闇でもそれなりに視界がきいているし、なんだか全身にパワーがみなぎってくる気がする。


 驚くあたしを尻目に、ローレンスはまっすぐ一階の老女の部屋に行った。無事を確かめるとロープを解いてからドアにしっかり施錠した。

 戦いは庭のほうでも繰り広げられている。白煙の中からキャティの奇声が聞こえ、ブンブンと耳になじんだ小気味のいい風切り音もする。伊勢が駆けつけてくれたらしい。催涙弾の直撃をくらった黒スーツたちはフラフラで、人数はいても互角の戦いになっているようだ。


 だが、ローレンスはためらいもなく別のドアを引き開けた。

〈ど、どこへ行くんだ?〉

〈エルザハイツ側へ逃げるのさ。私は武器なんて無粋なものは準備していない。きみが足かせにならないってことが、水谷たちを思う存分戦えるようにする絶対条件だからね〉

 たしかにそうだ。後ろ髪を引かれる気分だけど、戦いはパパたちにまかせるしかない。


〈転移した当初っていうのはいつも違和感があるんだが、今回はとくにそうだな。こんなに小さな身体は初めてだし、女性の体型にも不慣れだから、とっさの動きがうまくできない。このじゃまな感じは……そうか、オッパイか。これで何カップなんだ?〉

〈う、うるさい。恥ずかしいこと聞くな!〉


『絵画の間』へ上るのとは別の狭くて急な階段がエルザハイツに通じていた。

 だけど……なんてことだ。

 パパたちがこっちからも突入しようとした場合に備えて、出口の前には物置にあった予備のイスとか机とかを山のように積み上げて完全にふさがれていたのだ。

 ローレンスも呆然として立ちつくした。


 そのとき、背中に硬いものが押しつけられるのを感じた。

 ローレンスが息をのんで身体をこわばらせる。あたしはようやくそれが銃口だと気づいた。

『若』の片腕の、背中が妙な具合に曲がった小男だった。一人だけここに残って出口を見張りつづけていたのだ。


「これはこれは、大切な人質じゃないか。そうか、どさくさにまぎれて逃げてきたのか」

 男は落ち着きはらった凶悪な声で言う。たかが小娘一匹とみてなめきった口調だが、さすがに動きには寸分の隙もなく、ローレンスも手の出しようがない。

「どうやら下の戦況は混乱を極めているようだな。なあに、おまえさえ連れていけば、水谷たちはたちまち手も足も出なくなるさ。――さあ、行くんだ」


 やっとたどり着いた出口から、また回れ右して狭い階段へ連れもどされる。

 と――

 拳銃で押されたローレンスが、階段に踏み出した歩幅が合わずに思わずよろめいた。それでローレンスの束縛が一瞬解け、あたしはフッと自由になる。

 すると、本能がそうさせたのだろう。斜めにかしいだ体勢のまま、あたしはすばやく片足を後方に向けて振り上げていた。


 男の手から拳銃が吹っ飛び、階段の下へと転がっていった。

 あたしもほとんど前のめりに倒れかかっていたが、とっさに手で横の壁を打ち、クルリと体勢を入れ替えると、数段下にみごとに着地を決めた。


「な、なんだと!」

 あたしの体技のキレに、男がヘビ眼を見開いて驚愕する。

「そうか、全日本空手で優勝した女の娘だったな。油断したぞ……」

 男はチッと小さく舌打ちしたものの、動揺するそぶりを毛ほども見せず、悠然と踏み段へ足を下ろした。

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