Ep.7 HARUNA 2

 週末の土曜の午後――


 あたしはキャティのマンションで一人ポツンと外を眺めている。

 天気はいいけど、外は冷たい木枯らしが吹いているにちがいない。キャティは朝から聖エルザの防衛軍基地に行っている。『若』との戦いに備え、緊急の打ち合わせや訓練があるからだ。

 あたしはというと、ローレンスの探索が一段落してしまって何もすることがない。でも、ヤスジローが見張っているにきまってるから、こっそり脱け出すこともできない。

 頭には自然とローレンスのことが浮かんでくる。考えまいとしても無駄だった。



 ローレンスはあたしの一瞬の油断を見すまし、どこからか取り出したロープですばやく縛り上げた。そしてきつく眼隠しすると、軽々と横抱きにかかえ上げた。

『暴れると落っこちちゃうぞ。大丈夫。ちゃんと送り届けてあげるんだから』


 あたしがもがいたり脚をバタつかせるのもかまわず、どこかへ運んでいく。立ち止まったと思うと、いきなりガタンと衝撃が来た。抱かれているのと暴れていたせいで、ローレンスがふたたび歩き出すまでは、それがエレベーターだったことにも気づかなかった。

 あたしを車の助手席に座らせ、すぐに発車した。高校生のくせに車まで運転するなんて、いったいなんてやつだろう!


『ささやかながらいっしょに食事もできたし、短い時間だったけどきみが知りたがっていたことにはいちおう答えた。見せるべきものもちゃんと見せたつもりだよ。もちろん、それらをどう受け取るかはきみの自由さ。きっときみは今、「こいつ、高校生のくせに運転なんかしやがって」と考えているんだろうね。人は常識や願望に縛られて、ちゃんと見ようとも考えようともしないものだ。もしかすると、ここはまだ私の隠れ家で、壁に吊られたハンモックの中なのかもしれないよ』

 ふざけたことを言いながら、五、六分走ったところで停車した。


『きみがまたどうしても聞きたいことができて、私に会いたくなったらいつでも隠れ家においで。でも、来るときはかならず一人きりでだ。約束だよ――』

 ロープを解きながら言うと、ドアを開けていきなりあたしの身体を突き飛ばした。

 あたしは半分ずり落ちるようにして車からよろめき出た。クリーム色のルノーが走り去ったのはその直後だった。



(ちゃんと見ようとも考えようともしない……それってどういう意味だろう?)

 ローレンスの謎めいた表情、その言葉の数々があたしの脳裏に去来する。

〝ローレンス〟としては新米のくせに、堂に入った仕草や語り口はとても同年代の若者とは思えない。

 かといって老成してるとかいうんじゃなく、『恋文屋』なんて自称するのがいかにも似つかわしい、年齢や社会的な身分とかを軽々と超越したしなやかな感性の持ち主だと感じさせた。それはあらがえない魅力であると同時に、底知れない恐ろしさでもあった。


 ちゃんと見なきゃと考えると、自然と今いる部屋の中に眼がいった。姫から頼まれたキャティが一時期滝沢礼子の身柄を預かっていたことがあって、そのときに滝沢が使っていたのがこの部屋だ。


「いつ帰ってきてもいいようにそのままにしてあるの」と言っていたけど、それは聞こえのいい言い訳で、片付けが苦手なキャティは、物置き代わりにじゃまなものをどんどんここに押し込んでいた。あたしはとりあえず、寝起きするベッドの上だけ確保して使っている。

(そうだ。ここに何か手がかりがあるかも……)


 ヒマつぶしもかねて、あたしは部屋の端っこから少しずつ整理を始めた。

 衣類ばかりか雑誌や英字新聞などがぶ厚い層をなしている。棚にはさまっているハンガーを引っこ抜こうとすると、上に乗っていた菓子箱がいっしょに落下し、スナップ写真が床一面に散らばった。


 それらは聖エルザの生徒時代に撮られたもので、クルセイダーズや空手部の連中の若い顔がいくつも見える。

 中でも傑作だったのが、遊園地のプールサイドでママたちと写ったものだった。後ろから忍び寄ったらしいヤスダが、キャティのビキニのひもを引っぱっている。胸が片方ポロリと出ているのに気づかず、彼女はにこやかにピースサインなんかしているのだった。


「ち、ちょっと、何見てるアルか! これはアタシの黒歴史ね。門外不出アルよ!」

 いつのまに帰ってきたのか、トレーニングウェア姿のキャティが長い手を伸ばし、自分が写っている部分をおおい隠した。


「よくオッパイ見せたげるって言ってるくせに、恥ずかしいの?」

「それはアタシの好意ってもんでしょ。このときは、三バカとコックリさんの計略に引っかかったアルね。そういうのは恥っていうの。とにかく見ちゃダメ!」

 なるほど、彼女らしい筋の通った理屈だ。


 だけど、あたしの眼は残りの部分にくぎづけになっていた。

 おふくろは首まであるスクール水着をきっちり着込んでいるが、母さんのはワンピース、そしてママはセパレートだ。二人の胸元には、おそろいの五角形のペンダントが見える。

「ああ、そのペンダントなら、学園の正統な継承者たちの印アルね。事件の後、爆破現場から掘り出されてクルセイダーズの各自の元へ返されたアルよ」


「こ、これを見たよ。どこかで……」

「そりゃそうよ。チクリン校長やオトシマエ姉さんだって、ちゃんと持ってるはずアルもの」

(いや、そうじゃない。つい最近のことだ……)


 わかった! まちがいない――

 それを見たのは、ローレンスの隠れ家。

 ペンダントは老女の首に下がっていたのだ!

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