Episode 7 Tonight's the Night ―― 今宵、その夜

Ep.7 CAMERA EYE

 カメラの視点は、悠然と超高層ビルの屋上を越えていく。

 ここは芝白金台。ほぼ真北の方角に、四ッ谷のエルザタワーが遠望できる。


 と、いきなりカメラは下にむかって急降下する。壁面すれすれに数階分落下すると、クルリと反転して空中に静止した。ドローンにしかできないアクロバティックな動きだ。


 視点はこんどはビル側に向いている。全面メタリックな光沢を放つミラーガラスで、内部をうかがうことはまったく不可能だ。

 ドローンはその壁面にむかって急接近していき、ぶつかる! と思われた瞬間、CG処理したとしか思えない画面転換が起こり、いきなりカメラは内部に入り込む。


 画像が中心にとらえたのは、両手を天井から吊るされた二本の太いクサリにつながれて立つ全裸の女性。片脚をくの字に曲げ、やっとのことで恥ずかしい部分を隠している。


「あなたは資産家の豪邸へ侵入し、水谷らの逆襲をくらい、建物を全焼させたうえに直属の部下を全員公安に捕らえられた。これがいかに大きな失態か、わかりますね?」

 嘲弄するような口調で問いかけたのは、女性の横手数メートルのところに立つ小男。


 女性は、キッと憎々しげな横眼づかいでその男をにらみつける。

「も、もちろん。わかってるわよ! でも……」

 思わず声を荒げるが、女性のおびえを含んだ注意力のほとんどは、むしろ正面のカメラのほうに向けられている。


 カメラの視点の人物は、女性の裸体を鑑賞するようにソファに悠然とかけている。


「でも……何です? すべては、盗聴した録音の中でしばしば言及されている〝恋文屋ローレンス〟とかいう男のせいだとでもいうのですか? だったら、なぜさっさと報告して、本部のわれわれにまかせてしまわなかったんです?」

 小男はしつこく質問を浴びせる。


「相手は、実在さえ疑わしかった幽霊のような人物なのよ。漠然とした噂の何分の一ほども真実味があって、どれだけ役に立つ情報を持っているのかもわからない。いたずらに騒ぎたてて拙速な報告をするよりは、と……」

「それで、あなたは、そのご自慢の肉体でローレンスを誘惑して、思いどおりにあやつれると考えたわけですね?」

「バカにしないで。そんな風に思い上がってはいないわ」


「では、あなたお得意の、男をいちばんよく知る方法を試した成果はどうだったのです? 至近距離で接したのなら、男の容貌、身体的特徴、年齢……われわれがあらためてそいつを捕らえるための手掛かりは、当然得られたのでしょうね?」

「い、いえ。それが……暗闇で、顔形さえはっきり見えなくて……」


「ねえ、ミス・ランドルフ。それは待ち合わせ場所でのことでしょう。では、姿もはっきりわからない男に言われるがままにその手先となって、大胆不敵かつ無謀な行動をとったわけだ。水谷の仲間たちが示している動揺ぶりからすれば、ローレンスは最後に宇奈月の娘をまんまと横取りしたようです。これでは結局、あやつるどころか、あなたのほうが反対にやつの手の中でいいようにもてあそばれたことになるじゃありませんか」


 女は反論できず、悔しそうに唇を噛みしめるが、吊るされた手は力なく垂れ、あえぐように荒い息を吐くばかりだ。その無理な姿勢にはあといくらも耐えられそうにない。


「柴田。もうそれくらいにしておけ。彼女の長年にわたる貢献は、何にも代えがたい」

 視点の人物が初めて口を開き、小男にむかって落ち着きはらった声で言う。

「あ、ありがとうございます!」

 女はホッとため息をつき、媚びるような笑みを口の端に浮かべて深々と正面に頭をさげる。


「礼にはおよばん。こうして見る限りは見事な肢体だが、おまえの単純な部下どもはたぶらかせても、見る眼のある男にはもはやまやかしは通用しないようだ。失敗の最大の原因はそれだな。おまえはおまえ自身の魅力を過信した」

 宣告するような冷たい言葉の響きに、女は眼をむいて顔を上げる。

「そんな……」


「ちょうど三〇年になるのか……実によく仕えてくれたよ。このあたりが引き際だな、ミス・ランドルフ」

 ジャラッと音を立ててクサリをせいいっぱい引き、女が前に踏み出す。

「お願いです。も、もう一い度だけ、チャンスをお与えください!」

 悲鳴のように叫ぶが、重いクサリの反動で引きもどされ、髪を振り乱してあられもない格好でよろける。


「見るにたえん。さっさと連れて行け――」

 視点の人物は冷酷に言い放って立ち上がり、もう女のほうには眼もくれない。

 見つめる窓ガラスの先に、黒スーツの屈強な男たちにゴミ袋のように引きずられていく女の後ろ姿が映り、泣きわめく声が大きな両開きの扉のむこうに消える。


「いかがいたしましょう。このままでは……」

 小男が視点の人物にむかって言うと、カメラの方向は不機嫌そうにそらされる。その先に見えるのはエルザタワーだ。


「ランドルフの部下どもが公安に捕まった。いずれ捜査の手がこちらにも及んでこような。来春には親父が会長を勇退するはずだった。その時が来たら何もかもが私の思いどおりにできる、と目論んでいたが……」

「そのとおりです。残念ながら時間がありません」


「残りは……一五名か。せっかく育て上げた精鋭だが、全員地下にもぐらせよう。あるいは海外へ。人間さえ消えれば、なんとでも言いわけは立つ。だが、その前に……」

「聖エルザのやつらを血祭りに上げるのですな。そのために養成してきた者たちです」

「いや、ローレンスだ。一週間だけ時間をやろう。全力を上げてやつを探し出せ」


「その男をご存知だったのですか? 聖エルザをさしおいてまで、なぜやつにそれほど固執なさるのです?」

「三〇年前のことだ。あの大計画を挫折させたのは、白雪和子――つまりクルセイダーズと、そしてローレンスだったのだ」


「それは初耳です」

「だろうな。強制夏合宿、打ち上げパーティと、一手に全校生徒を管理し手下どもを統率していたおまえには、眠るひまさえなかったことだろう。だからろくに相談もできなかったが、あの計画は、実はぼく一人のアイデアじゃなかったのさ」

「本当ですか?」


「やつがぼくの前に現れたのは、白雪たちを追放し、いよいよ学園支配を本格化させようという矢先のことだった。『夏休みというのは、一〇代の若者にとっては何にも代えがたい特別な時間なのですよ。それを一生忘れられなくなるような強烈な思い出にしてやりましょう』と、やつがいかにも秘密めかして持ちかけてきたのを今も鮮明に憶えている。生物を教える若いただの教師にしか見えなかったが、やつは、自分は教師である以前に〝恋文屋ローレンス〟という存在なのだと名乗った」

「『若』もお会いになっていたとは……!」


「ああ。やつは、学園に教師としてひそみ隠れ、犯罪を趣味のようにする一種の愉快犯だった。それまでに手を染めた陰謀の数々は、夏合宿の計画を立てる合間合間に面白おかしく語ってくれたよ。そして、二人で練り上げた計画は完璧かつ壮大なものになった。生徒を支配する仕組みから、仮装パーティの大掛かりな演出までな」

「なんと、そうだったのですか……」


「教師どもがあの合宿に反対したり協力を拒んだりしなかったのも、ローレンスによる周到な根回しがあったからさ。やつの貢献に比べたら、教頭やランドルフなどものの数ではなかった。そのおかげで、ぼくは、自分がやりたいことを、やりたいように、やりたい放題にやればよかった。あれはたしかに、ぼくにとっても特別な夏休みになった」


「私にとってもです」

「だろうな。ところが、大計画は白雪らの必死の抵抗にあってもろくも瓦解した。ローレンスは敗れ去って呆然とするぼくの前に立ち、カラカラと大声で笑ったんだ。『完璧な計画だったって? そうさ、計画が完璧であればあるほど、壮大であればあるほど、その挫折はあっけなく、みっともなく、みじめなものになる。尊大なきみには、ぜひともそれを味わわせてやりたかったのさ』と――」


「では、その男は白雪と内通していた、と?」

「いや。そこがローレンスの不可解なところさ。やつはもしかすると、本気で、むしろ白雪たちを完膚なきまでに叩きつぶすことを目論んでぼくに加担したのかもしれん。ただ、やつにとってはすべてが興味深くて面白いというだけの、心躍らせるゲームにすぎなかったのだ。やつは勝者となった白雪をほめちぎり、そしてぼくをあざ笑った。『あやつられた者の気分はどうだい?』と。ぼくはあのときの屈辱と怒りを忘れはしない。やつは数年後、学園から忽然と姿を消してしまった」


「その男が、ミス・ランドルフを手玉に取ったのだと……」

「まちがいない。水谷らもまんまと出し抜かれた。余裕たっぷりの、ふざけたやり口がまさに同じだ。それに……おそらくやつは滝沢礼子を隠している」

「滝沢を!」


「ぼくは彼女にこだわって、ずっとおまえに行方を追わせてきたな」

「ええ、何度もあと一歩のところでのがしてしまいましたが……」

「やつが手を回していたとは思わんか? そう考えればすべて納得がいく」

「なるほど……」


「彼女がどうなっていようと、どれほど変わり果てていようとかまわん。ローレンスと積年の決着をつけ、真相を突き止めるのだ。そうすれば、かならずや聖エルザを決定的な破滅に追い込む手がかりにも到達できる。うまくすればクルセイダーズさえも……」

「はっ――」

「憎っくき白雪にはさっさと死なれてしまったが、まだローレンスが残っていた。これが最後のチャンスになるかもしれん……」


 フェイド・アウト――

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