犬も歩けば壁に当たる

「あれ?」

「どうした?」

「壁が通れなくなってます。前は自由にすり抜けられたのに……」

「コリジョンが入ったからな」

「コリ!?」

「当たり判定だ。システムはもう出来てるからコリジョンの設定入れるだけだ。スケジュールにあっただろ」

「いや、よく分かんなくて……」

「分からない事があったら質問しろ。理解できるまで聞くんだ。衝突を避けてスルーしても、後になって大問題になるだけだ」

「でも壁にぶつかると不便ですね。行きたいトコにすぐ行けないっていうか。……もう当たり無しのゲームにしません?」

「アホか。ふつーにバグ報告されちゃうだろ」

「でも確認するのに不便ですよ」

「そういう時の為にデバッグ機能がある」

 髭は真奈美のコントローラーを取り上げ、複数のボタンを同時に押す。

「これでデバッグウィンドウが出る。その中の『マップ』の中の『コリジョン』項目をオフにするんだ」

「あ、壁抜けられるようになった」

「確認する時はこれでやるといい」

「こんなの知らなかったです。製品にもあるんですか?」

「ない。発売前に機能をクローズするからな」

「なあんだ。みんなに教えてあげようと思ったのに」

「……お前攻略法とか発売前にバラすなよ」

「さすがにそんな事しませんよ。……あ、今の当たり抜けるやり方どうでしたっけ?」

 髭の怒声が飛ぶ。

「さっき分かんない事は聞けって言ったじゃないですかぁ」

「おんなじ事を2回聞くんじゃない。キチンとメモを取るなりしろ。それにデバックモードの使い方は社内ウィキに書いてあるだろ。メール来てるはずだ」

「いやあ、わたしって画面の大部分が文字で埋め尽くされると目がストライキを起こすんですよねぇ」

「プランナーとして致命的だろそれ。だがそういう気持ちは大事にして、文字の少ない見やすいゲームにするよう心がけるといい」

「えへへ、そういうのは得意です」

「じゃ、台詞の入れ方を教えるぞ」

「え? わたしが入れるんですか?」

「シナリオライターがやる場合もあるけどな。今回は完成したシナリオだから担当がいない。やってくれるプログラマーもいるが、オレはシナリオの足りない部分を書かなきゃならん。お前さんにも手伝ってもらわないと」

 台詞を入れ込む作業は、プログラムに似た文字をたくさん打ち込む場合もあるが、量産体制の整った現場では全て簡単な操作でできるようになっている。

 それらの環境を作るのはそれはそれでコストがかかるが、一度作ってしまえば後が楽になるので大抵の現場で導入している。

 続編、スピンオフなど、似たゲームを作る場合、長い目で見ればコスト削減になる。

 だが反面一作で終わってしまうと余計な手間がかかるだけになってしまう。

「今回システムが一度完成しているからその辺は楽だ。マニュアルもあるしな。中には完成しててもマニュアルがない、なんて現場もよくある」

「え? その時はどうするんです?」

「マニュアルの作成から始める。プログラムを解析して操作方法を自分で調べないといけない」

 今回は揃っている上にやり方を知っている人間がいる、と画面上をマウスで操作する。

「これでマップにキャラを配置する事ができた」

「わあ、簡単。ちょっと難しいゲームくらいですよ。わたしにもできます」

「よし、じゃあ少し触って操作を覚えろ」

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