領主の館

 街のほぼ中央に位置する大きな屋敷。

 草木も眠り静まり返った闇の中に五つの動く影がその屋敷に向かっていた。

 この屋敷は街の有力者と言える妖精が住む。

 本来妖精は森や自然を好み、このように街に居を構える事はない。

 妖精と人間との生活圏が近づきつつある昨今、妖精の生活を支持する者も必要だと、慣れ親しんだ生活を捨て、人間の中に混じって妖精の権利を守るために尽力しているのが、この屋敷の領主である。

 そのため人間にも彼に敬意を払う者は多い。

 だが、妖精達の企てを知った自分達にとってみれば最も人間界に侵略している妖精でもある。

 ここを探れば何かあるだろうと潜入する計画を立てたのだ。

 塀を乗り越え、屋敷の敷地に入り、茂みに身を隠す。

「でも、この人数で忍び込むつもり?」

「さすがに無理があるな。人数絞って残りは見張るか。まず俺と……」

「あんたは決定なの?」

「当然だろ。俺がいなきゃ始まらないじゃないか。それに身のこなしもちょっとしたもんだ。銀ギツネの異名は伊達じゃない」

「初めて聞くわ……。私も行くよ? こういう時、魔法による補助は絶対必要でしょ」

「私も行きます。術者の結界や探知能力は役に立ちますからね」

「私の風の精霊力も役立ちますよ。音を遮断したり、風を使って気を逸らしたりできますからね」

「俺も行く。獣のように音を立てず歩けるし壁も登れる。聴覚と嗅覚も並外れてるからな」


「それじゃ結局全員だろ。仕方ない、ここはリーダーの俺が決める」

「ちょっと待ってよ。いつからあんたがリーダーになったわけ?」

 やいのやいのと議論を始めるが決着が着きそうにない。

「誰にするんだよ?」

 と一同は少し離れた所で見ていた髭面の男に詰め寄る。

 男は黙って横を指差した。一斉につられたように指差した先にいる少年を見る。


「え……と、誰がいいかな。誰がいいと思います?」

「それは自分で決めろ。ゲームならここで選べるようにする所だな」

「うーん」

「自分がゲームをやってるつもりで選んでみたらどうだ?」



 一行は身を屈めて屋敷まで移動し、そっと壁に張り付く。

 風の妖精が手を払うように動かすとそれに従ったように風が起こり、二階の窓が僅かに音を立てて開いた。

 黒い獣魔が跳躍し音もなく二階へ入る。中の安全を確認すると、ロープを垂らして銀髪の戦士と妖精を引き上げた。

「二階は警備もないようですね。奥の……書斎かしら、風の精霊が話声がすると言ってます」

「密談なら証拠になるかもしれないな。話の内容が聞こえる距離まで近づけそうか?」

「人の匂いはしない」

 身を低くし、一列に隊列を組んで進む。

 その上に飾られた絵画の肖像の目がギロリと動き、一行を追う。

「スタンダードなメンバーにしたな。効率はいいが展開としては面白みがないぞ」

 絵画に描かれた髭面の男は口を開いた。その横に飾られた鎧の中の少年が答える。

「普通は効率を考えて組みますからね」



「あの部屋か? 何も聞こえないな。でもこれ以上進むと下の階から見えてしまう」

 その書斎らしき部屋の前には階段が下に伸び、食堂のような広い空間になっている。そこには何人もの妖精がいて食事の最中のようだ。

「あの部屋には魔法が掛けられていて音が外に漏れないようになっています。風の精霊に中の音を教えてもらいましょう」

 と言ってシルフィが手をかざすと、精霊が周囲の空気に室内の振動を伝える。


「ヒースロウ卿。これは妖精族の総意による決定ですぞ」

「総意? その総意とやらには、私の意向は含まれないのかね。私も妖精の一人なのだが?」

「あなたが人間の街中に居を構え、我々の招集に遅れたからではないですか」

「それで私の意思を無視すると言うのに、協力だけはしろと言うのかね。随分虫のいい話だな」

「従わないのであれば、あなたを反逆者と見なす以外にありませんな。人間の生活に毒されて妖精の誇りを失った裏切り者として」

「私とて妖精族。種族の絆を重んじる妖精族の血は流れている。私が許せないのは、あんな小さな子をそれに巻き込むのを、私の屋敷でやろうという事だ」

「殺そうと言うのではない、王を牽制するための交渉材料にするだけだ。人間の傭兵を雇っている。実行犯はそいつらになる手筈だ。もちろん、我々が雇い主だとは知らない」

「なんとも見下げ果てた策略だな。要するに人質ではないか。それを人間の荒くれ者に預けるのであろう。命の保証があるものか!」

「命を落とした所で結局それは人間どもがやった事。我らにとって不都合はない」

「それを見下げ果てた策だと言っておるのだ。まるで人間の謀略ではないか」

「私が考えた策ではない。私は決定した事を伝えているだけだ」

「はっ、一体誰が考えたのだろうな。その下衆の顔を見てみたいわ!」

 むっ、と隅に飾られている髭の胸像の眉根が寄る。



「何か策謀の匂いはするが、決定的ってほどでもないな……」

 そう言ってフォックスは階下の食堂に目をやる。

 階下の細長いテーブルの端に一人の少女が座り、横に控える侍女に何やら喚き立てている。


「何よ、これならお城のお菓子の方がおいしいわ! もっと他にないの!?」


 食事の時間かと思ったら、そういうわけでもないようだ。何人か並んでいるものの大きな食卓についてるのは小さな女の子一人だけで、並んでいる物もお菓子やケーキばかりだ。

「もういいわ! 私帰るから」

 この屋敷のお嬢様だろうか。それにしても随分横暴だな、と見ていると横の年配の侍女がおろおろしながら女の子を宥める。

「しかし、ヒートナックル様。領主さま直々のお招きですので、それにお城では今夜大切な軍議がございます。どうかそんな我儘を仰らずに……」

「何よ! あんた私に逆らう気! お父様に言いつけてやるんだから!」

 それを見かねたように年老いた妖精の執事が間に入った。

「姫。あまり臣下を困らせるものでもありませんよ」

「あんた達が呼んだからわざわざ来てやったんでしょ! 何よその言い草は!」

「これは失礼致しました。では私達はあちらに控えておりますので」

「そうよ! 出て行きなさい!」

 執事は不敵な笑みを浮かべると周りの者に目配せし、一斉に部屋を退室する。部屋には姫と侍女だけが残された。

 少しの間、姫の怒声とそれに応える侍女の怯えた声が聞こえていたが、それが突然悲鳴に変わる。

 驚いて階下を覗き込んだ一行が見たのは、背中から血を流して倒れた侍女と、傭兵風の男に囲まれた姫様だった。

「な、何よ! あなた達! こんな事してただて済むと」

 文句を言う姫の口を塞ぎ、連れ去ろうとする男どもの頭上から降ってきた銀色の影は傭兵の一人を切り裂いた。

「なんだ、こいつは。こんな話は聞いてねぇぞ」

 飛び込んだフォックスは剣を振り回し、姫から男どもを引き離す。

 ひょいと顔を出した残りのメンバーはその様子を見下ろした。

「いいのか?」

「仕方ない、助けましょ」

 とリックスとシルフィも飛び降りる。

 何事かと出てきた妖精達も加わり、一行はすぐに囲まれた。

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