カロの街

「じゃあ最初の場面を作ってみるか」

「密談シーンからでしょうか。掴みは大切なんですよね。大変な事を聞いてしまった~から始めたいです」

「それでもいいけどな。作るのは主人公達が問題の街に来た所からでいい。プロローグに途中のシーンを入れてもいいし、削ってもいい。まだ何もないからな。街というか世界からイメージした方がいいだろう」

「街をイメージですか。小さな街の方がいいですかね」

「始めは小さくても、必要なら舞台は勝手に大きくなる。まずは土台からだ、ここには何もない。どんな場所だ?」

「そうですね。何もないなら太陽が照り付けます」

「おおー、眩しいなあ。手をかざして目を細めてみろ」

「あ、なんか眩しい気がしてきましたね」

「暑いか? 寒いか?」

「暑いです」

「一面何もない所に熱く照り付ける太陽。こりゃ荒野だな。生き物はいるか?」

「何も見えません」

「そうか。生き物も棲息出来ないほどの暑い荒野か」

「それじゃ人間も住めませんよ」

「大丈夫だ。人間はしぶとい。こんな所にどうやって街が出来る?」

「出来るんですかね。少しずつ資材を運んでも何年もかかりそうです」

「そうか。じゃ少しずつ何年もかけて出来たんだな。なんて名前だ」

「名前? うーん」

「難しく考えるな。世界観に合わせるのは後でもいいんだ。熱いもの、で何を連想する?」

「えーと、カイロ」

「そのままじゃ芸がないな。ちょっともじってみろ」

「じゃあ……、カロ」

「カロの街、いいんじゃないか? じゃあイメージの世界にダイブだ。大陸のほぼ中央に位置する荒野に、カロという大きな街がある」


 強い日差しが照りつけるこの痩せた土地に街が発展した理由の一つは、過酷な環境ゆえに危険な動物もいなかったからだ。

 草が生えない為にそれを餌とする動物もおらず、またそれを捕食しようとする動物も現れない。

 容赦なく照りつけ、確実に生物の命を奪う太陽を除けば、外敵のいない土地だ。

 そしてもう一つの理由が、東西に位置する二つの大きな国を行き来するのに必ず通る必要があるからだ。

 ほぼ直線で結ばれた二つの国を往来する人々の足跡で自然と道が出来た。

 最初はその中間地点に旅人が建てた小さな日避けが始まりだったと、カロの街の歴史書には記されている。

 それを通る人々が少しずつ利便性を上げていった。布の日避けは衝立になり、小屋になり、水を売る者が現れ、気が付いたら街になっていた。

 だからこの街には主がいない。言わば商人の集落だ。街全体を取り仕切っている者がいないので、安全は用心棒を雇うなどして自分で確保するしかない。

 したがってカロの街は大陸でも指折りの無法地帯。それがまた傭兵の働き口を増やす事に繋がり、街は今も発展し続けている。

 カロを挟む東西の国は対立しているわけではないが同盟国でもないので、互いに土地を侵略しないよう、街の境界線だけは制定した。そして街の自治権を独占しない事も定め、街を独占しようとする者は双方の国を敵に回す事になる。

 水も食料も外から供給される完全な貿易街で、物価も高い。

 小さな小競り合いは絶えないが、大陸に住む者にとってはなくてはならない街なので、街そのものは安定している。

 その街の中央を通る街道にフードを深く被った二つの人影があった。

 この街に徒歩で着く者は例外なく憔悴している。この二人も例に漏れる事はない。ふらつきながらも最初に見つけた宿屋を兼ねた料亭に倒れ込むように入る。

「やっと着いたか。女将さん……、水をくれ。二人分」

「あいよ」

 店の女将は即座にコップに入った水をテーブルに置いた。ここに来る客は皆同じ事を言うので手慣れているのだろう。

 フードを上げて銀髪をあらわにした少年は一気にコップの水をあおる。

「ぬるい……」

 と言いつつも、人心地つく。もう一人のフードも静かに水を飲んだ。

「こんなに大変だとは思わなかったな……」

「だから言ったでしょう。カロの荒野を甘く見すぎだって」

 もう一人もフードから顔を出す。やや短い髪のまだ幼さを感じさせる女性だ。


 店はそれほど広くはないが、テーブル席はいくつかあり、他にもフードを被った二人組の男がテーブルについている。商談なのかひそひそと声をひそめて会話していた。

「最初の説明、多すぎましたかね」

「別にいい。気になるなら後で削れ、小分けにして後から少しずつ説明させるようにするといい」

「ここまで細かく決める必要ないかと思ったんですが、始めると止まらなくなりますね」

「それでいいんだよ。削ったとしても、今決めといた事は後々役に立つ。今は思いつく限り書き連ねろ」



「女将さん、水のお代わりをもらえるかな」

「いいけど、金は払えるんだろうね?」

 え? と壁に貼られた値段表を見て、ゴトン、と持っていたコップを落とした。

「気を付けとくれよ。割ったら弁償だよ」

 女将の声に合わせて、店の奥から筋肉隆々の大男が顔を見せる。手には巨大な刃物を持っているが、前掛けをしているので用心棒ではなく料理人だろう。

「その水代も払えない時は言っとくれ。なーに、ここの気候なら身包み剥がされても死にゃしないよ」

 横で聞き耳を立てていたフードの髭男は飲もうとしていたコップの手を止める。

 銀髪の少年、フォックスは真っ青になって椅子に座り込んだ。

「だから馬車に乗ろうって言ったのよ」

 連れの女性、ホーリーが呟く。

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