翌日 エピソード

「それで今日弁当が無いのか」

「まあ、そんなとこです。このサンドイッチおいしいっすね。ずっと同じだと飽きますけど」

「もう一年そればっかりだが飽きないぞ」

「栄養バランスは大丈夫なんですか?」

「前に帯状疱疹が出て倒れた奴の記録は一年半だ。まだまだ大丈夫だよ」

「……それヤバイでしょ」

「それで、シナリオはどうだ?」

「ええ、少し書いてみました。これです」



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「今度、プールに行かないか?」

「どうして?」

「いや、どうしてって言われても……。行きたいからさ、君と」

「……」

「ダメかな?」

「水着……、持ってないよ」

「大丈夫だよ。ウォーターパラダイスは泳ぐだけが楽しみじゃないんだ。水着なくても楽しめるんだ」

「そうなの? じゃあ行く」

「じゃあ明日、駅でね」


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「最初に都子ルートに分岐する時のイベントか」

「そうです。このイベント成功後はもう他のシナリオには分岐しないんです」

「しかし、ここでウォーターパラダイスの事を知ったフラグが立ってないと分岐しないんだろ?」

「はい、ディレクターの指示なんですよ。でも僕はフラグってよく分からなくて。『死亡フラグ』みたいなもんですか?」

「まあ、それもフラグだ。フラグってのは旗だ。旗が立ってる、寝てるって言う。分岐点でフラグの状態を見て立ってたら、寝てたら、で進む先が変わるんだ。何かゲームオーバーになるような事をした場合、そこで『死亡フラグ』が立つんだな。家族の事を思い出したり、恋人の愛を確かめたりすると『死亡フラグが立って、死亡ルートに入って、もうその先絶対死ぬのがバレバレだぞ』っていう皮肉だよ」

「なるほど、聞いた事くらいはありましたけど。詳しくは知らないもんですね」

「まあな。普通に小説書いてたら縁がないからな」

「普段は定位置にいるんですけど、たまたま街を歩いていた都子を見かけるんです。その時に一度だけ、邪魔の入らない会話ができるんです」

「しかし、ここはプールの誘いにあっさりオーケーし過ぎじゃないか?」

「そうですか? もっと問答させた方がいいんですかね」

「いや、ただ長くしてもウザいだけだ。ここは『…………』だけにしてハッキリ答えない方がいいな」

「それじゃオーケーされたのかどうか分からないですよ」

「それでいいんだ。これまでキッパリ断っていたのが無言になればそれは進展だ。だがホントにオーケーだったのかどうか不安を抱えたまま、次の日の待ち合わせ場所に行く。そして都子が少し遅れてくれば場面としても面白くなる」

「なるほど」

「そして都子が遅れたのは仕度に手間取ったからだ。感情を表に出さなくても期待があったんだよ」

「へえ、凄いですね。九条さん、女の子の事は分からないと思ってましたよ」

「人を変人みたいに言うな」


「でも本当にこんなのでいいんですかね」

「まだ悩んでるのか。でもいい事だな。書いて自分の才能に陶酔して、急に素に戻って不安になって、直してまた陶酔して……を繰り返すんだな。誰もが経験する事だ」

「でもそれはやっぱり自分じゃ分からないって事じゃないですか。僕が書いた物が本当に使えるのかどうかは、どうやって調べたらいいんですか?」

「使えるってのはどういうレベルで使える事を言ってるんだ? ベストセラーになれる事か? 本に出来る事か? ゲームに出来る事か? ネットに載せられる事か? 自分の中だけで満足出来る事か?」

「そりゃ曖昧な定義ですけど……」

「世の中で自分が一番うまいわけはないんだ。逆に自分より下の者なんていくらでも探せるぞ」

「いや、僕が言いたいのはそういう事じゃなくて。……そう、どうすれば自信を持てるのかって事です。どうすれば、九条さんみたいに自信が持てるようになるんです?」

「俺が自信家だってのか? どこが自信に満ち溢れてるんだ?」

「違うんですか? そうにしか見えませんけど」

「俺はお前さんより小さい頃からゲームを作ってるんだ。それこそおもちゃで遊ぶ子供のようにな。当然シナリオなんて誰かが書いてくれるわきゃない。自分でやるしかないからな。それはプロになっても同じだ。ゲームのシナリオを書く事を職業にしてる奴が出てきたのなんて、俺に言わせれば極最近の話だ」

「はあー、九条さんって幾つなんです?」

「それは事務所的にNGなんでね」

「どこの事務所ですか」

「まあとにかく、俺達の時代は常に自分の中の最大で戦ってきただけだ。必死だったんだよ。お前さんは、本気でやってないのか?」

「い、いや。そんな事、ないと思います、けど……」

「俺には呑気で贅沢な悩みにしか、聞こえないけどな」

「うう」

「ボクサーだって、世界では通用しなくても日本ではチャンピオンなんだ。自分より弱い奴だけ探して叩きのめすだけの奴にはなりたくないだろ」

「そうですね」

「今の力に満足してはダメだが、常に上を見続ける事と自信を持たない事は微妙に違うぞ」

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