蝶々帰り
「あ、祖父ちゃん帰ってきたよ」
そういって庭先を指差す息子の視線の先にはこの時期には珍しいアゲハ蝶が舞っていた。
広い庭には季節ごとに楽しめるようにと四季折々の樹が植えられている。
うちの庭は、庭いじりが好きで花や植木の剪定にとても拘っていた祖父が大切にしてきたものだ。日差しの強い夏の日、麦わら帽子を深く被り、汗を流しながら庭の手入れする、そんな祖父の後ろ姿が今も目に焼き付いている。
いつも優しく笑っていて、固い仕事柄かきっちりした性格、それでいてお茶目で豪快な人でもあった。
私が粘土で作ったお寿司を持って行けば「うまそうだな」なんていって本当に粘土にかじりつく。庭いじりの休憩に熱いお茶を素手で持って行けば、手にかかる零れたお茶を見て「熱かったら湯のみなんて投げ捨ててしまえ」と私の心配をしてくれる。
時に子どもながらに心配になるくらい本当に真っすぐな人だった。
そんな祖父が亡くなってもう15年。
この時期、庭先には必ずクロアゲハ蝶が飛んでくるようになった。雨の日も、風の強い日でも、変わらず現れるその姿に
「祖父ちゃんが植木の切り具合を心配して見に来ている」
誰からともなくそんな言葉が囁かれるようになった。
今でも植木を切り過ぎ形悪く仕上がってしまうと「祖父ちゃんに叱られるな」とそんな会話が家族で自然と笑い話になるくらい、もう15年、それが続いている。
息子の肩を抱き、庭先に現れたアゲハ蝶の姿を一緒に見つめた。
今年の植木はどうですか。
私、結構うまくなったでしょ。
少しは褒めてくれるかな。
ったく、どれだけ心配なのよ。
今年も現れた蝶の姿が何だか可笑しくて、だけど胸の奥が少しだけふわっと温かくなって、
「おかえりなさい」
そう、そっと呟いた。
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