誰待ち
「暫くお待ちください」
もうどれくらいこの声を聞いているだろうか。ベンチに深く腰掛け身を投げ出す。
駅のホーム、来る予定の目途のたたない電車を私はもう随分と待っている。
少し前まで人で溢れかえっていたホームは、振替輸送の放送を聞くや否や皆引き潮の如くスッといなくなって今やほんの数人、ぽつぽつとこの電車の復旧を待つ人の姿があるだけになっていた。
「尚復旧の目途はたっておりません。今暫くお待ちください」
日も落ちかけたオレンジ色のホームに繰り返されるアナウンスと虫の声が妙にざわざわと鳴り響いている。
ほんとに最近ついていない。
企画、立案から企業へのアポ取り契約、波に乗っていたはずの仕事は新人教育だと全て持って行かれた。急な人事異動を宣告されたかと思えば、慌ただしく社内の大半が会社を辞めていく。辞める同僚に詰め寄れば黒字だと思っていた経営は相当危ないところまで落ちていてもう上昇の見込みはないのだという。今思えば持って行かれた仕事も、こんなすごい仕事がうちにはあるんだ、それを期待してる君に任せたい、と新人を逃がさないようにするエサみたいなものだったのかもしれない。
全然知らなかった。あぁ、私今まで何やってたんだろうなぁ。
おまけに帰り道携帯まで落とす始末。
私何かしたっけなぁ。いや、何もしてないからかなぁ。
人と争うことが嫌いで、人の輪に入ることが苦手で。派閥なんて面倒事に巻き込まれたくなくて、近くなく遠くない距離感で過ごしてきた。
そういうツケが今回ってきてるのかなぁ。
次の仕事探さなきゃだよね。あ、保険の支払いいつまでだっけ。今月の給料はちゃんと支払われるのかな。猫のエサ買って帰らなきゃ。辞表の書き方ってどうだっけ。来月は実家に帰省するっていってたよね。今会社に残ってる子達このこと知ってるのかな。私これからどうなるんだろう。あぁ、頭がはち切れそうだ。
「暫くお待ちください」
聞きなれたそのアナウンスに、ほうっと息を吐く。そんなのんびりしていられるわけないじゃない。痛む目頭を両腕で強く覆い、小さく舌打ちをする。
あぁもう、あぁもう、あぁもう、あぁもう。
なんでこんなことになってるのよ。電車早く復旧しなさいよ。ふざけんじゃないわよ。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ。いつまで待たされるのよ。
行き場のない怒りに足踏みが連動し強くなる。隠しきれなくなる苛立ちを何処かにぶつけなきゃ。ふと思い至った思考にかられ、腰を持ちあげた瞬間───背後から衝撃を感じて、私の目の前は真っ暗になった。
「今暫くお待ちください」
聞き飽きたフレーズが遠くに聞こえる。何処か卵の腐ったような、薬剤をぶちまけたようなそんな臭いが鼻をついた。あれ、私いつの間に眠ってたんだろう。辺りは蛍光灯のオレンジ色に照らされていたが薄暗い。もうあれから随分と時間が経ったのかもしれない。あぁ復旧、まだ目途がたたないのか。ぼんやりとする頭で考える。
そのまま何気なく視線を動かせば、誰かの顔が映った。私の顔を覗き込む、駅員さんの姿だった。眠りこけている私を心配して様子を見に来てくれたのだろうか。
そう思って腰を上げかけるが身体が動かない。そして疑問が頭を過る
あれ、何かおかしい。ホームで寝ていたはずなのになんで空が見えないんだろう。なんで壁が見えるんだろう。私の座っているこれはなに。なんで駅員さんの腕が私の首を絞めているんだろう。
息苦しさと共に遠く聞こえるアナウンスの声がその声と被って聞こえる。
「まもなく復旧いたします」
───この人が死ぬまでもう暫くお待ちください。
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