かみすき



 子どもの頃から百合子は私の髪の梳き係だった。

 百合子はとても綺麗な顔をしていた。幼い頃からその端正な顔立ちと、それを鼻にかけない気立ての良さで周りから好意の目を向けられることは少なくなかった。

 ただ、それ故に彼女の髪がとても残念に思えた。

 彼女は酷い癖っ毛で、伸びれば伸びるほど髪は下には伸びていかず、自身の髪に巻き込まれるように頭を大きくした。傷んだように茶色や白く斑に染まる髪。

 やがて彼女はそんな自身の髪を恥ずかしく思うようになり、そのうち常に帽子を被るようになった。

 対照的に私の髪は黒く長いストレート。

「さっちゃんの髪はほんとに綺麗で羨ましいな」

 私の髪を撫でながら百合子は目を細めた。容姿ではおおよそ敵うはずがない彼女にそう言われ、子どもながら悪い気はしなかった。

 そのうち私の髪が好きだからと彼女は進んで私の髪を梳くようになった。

 櫛で撫でるように彼女は私の髪を梳いた。彼女が梳いた髪は、彼女同様とても綺麗に風に靡いた。

 それは何年も、毎日続けられた。

 それは何処か執着にも似ている気がしたが、彼女は決して表には出さなかった。

 優しさを纏ったその行為に対して、長い月日の中で私の中に彼女に対しての優越感が生まれていた。その行為が当たり前だと思う様になっていた。

 だって本当に当たり前だったから。

 今日も鼻歌交じりに百合子が私の髪を梳く。

 その紡がれる綺麗な声で、綺麗な指先で、私の髪は梳かされていく。綺麗に。

 ただそれだけだけど、その瞬間だけ、私は彼女と同等、いや、彼女よりも上だと思えた。

 それは一時的に私を幸福に包んだが、直ぐにその醜さに吐き気がした。

「ほんと、さっちゃんの髪は綺麗ね」

 ゆっくりと梳かれる私の髪を、百合子は時折束ねたり、1房握り、その香りを楽しんだ。

 そうして、もう一度櫛を入れた。そのとき、

「いたっ」

 髪が引っ掛かった。

 思わず声が漏れる。つられるように少しだけ非難を込めた言葉が紡がれる。

「痛いよ、ゆりちゃん」

「あぁ、絡んじゃったのね」

 ごめんなさい。

 そういうと私の髪を愛しそうに軽く撫で、

「でも大丈夫。大丈夫だから、さっちゃんはちゃんと座って、じっとしてて」

と微笑み、また櫛を梳く。

 同じところでまた髪が引っ掛かった。

「痛いよ、痛いっ!」

「大丈夫、大丈夫よ」

 百合子はそういうと、勢いをつけ一気に櫛を引いた。

 ぶちぶちと、千切れ抜けていく音が耳に届いた。

「だって私は痛くないもの」

 大きく見開かれた目で、ゆっくりとそちらへ目線をやれば、百合子は綺麗に微笑んで、そうして最後の一本まで綺麗に私の髪を梳いた。



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