2時の踏み切り



 上京をきっかけに知り合いに紹介してもらった私の今住んでいるところは、ちょっと変わっている。でもまぁ、住んでいるところというよりは、変わっているのは大家だといってもいいと思う。

 私の住んでいるところは、大家の家と私の住むアパートが同じ敷地の中に存在する。共通の門をくぐって真正面へ進むと大家の家、左にあるアパートが私の住んでいる家という具合になっている。

 アパートといっても元は女子学生寮で、共有の玄関を入ればすぐ廊下になっていて、そこからそれぞれの部屋に入れるという構造になっている。ちなみに私の部屋は2階の道路側の角部屋。玄関の真上ということもあって、自室前の廊下には部屋を背にして右と真正面に窓が設置してある。真正面の窓を開ければ敷地の入り口がよく見える。

 同じ敷地内にあることもあって、当然共通の門をくぐれば大家の育てているちょっとした畑やら花壇やらが目につく。まぁ、それはよくある環境だと思う。大家が変わっていると思うのは……そこに何故か踏み切りが存在するからだ。踏み切りといっても遮断機は存在せず、勿論線路もない。ただカンカンカンカンと赤いランプを点滅させて鳴るあれだけが設置してある。だけどそれはただのお飾りじゃなくて、どうやらセンサーがついているらしく、大家の家へ向かう人がその前を通ればカンカンカンカンと鳴ってお知らせする、という仕組みになっている。どういう意図でそれを設置しているのかは分からないけど、本当に変わっていると思う。まぁ、もう既にここには何年も住んでいて、今ではすっかりそんな踏み切りには慣れてしまっていたわけなのだけど。

 ある夜、部屋でゴロゴロと漫画を読んでいると遠くの方から踏み切りの音が聞こえてきた。時計を見たら午前2時。まぁ、私の住むアパートでは平気でこんな時間でも大きな音を立て帰ってくる人はいる。だからその時は、誰かがあの踏み切りに引っ掛かったのかなぁなんて思っていた。

 でも、次の日も、その次の日も、同じ時間に踏み切りは鳴った。私の住むアパートは女子学生寮の頃の名残でたとえ家族だろうと男子禁制を強いられていた。私的にはそういうのはもう古いと思うのだけど。そんな環境だからこそ、誰の目もないその時間にあえて彼氏でも連れてきて、別れ際にその誰かがイチャイチャしているのかなぁなんて思っていた。

 だけど、次の日も、その次の日も、また同じ時間に踏み切りは鳴った。さすがに連日で送らせる、なんてこともないだろうなって考えて、別の可能性が浮かんだ。そうだ、もしかしたら猫が通っているのかもしれない。私の住むアパートの周りは野良猫が多いから。それにあのハイテク踏み切りなら、きっと猫くらい小さくても反応するだろうと思う。

 踏み切りは、次の日も次の日も次の日も次の日も次の日も、同じ時間に鳴り続けた。

 暫くはあれやこれやと理由を付けて意識して気にしないようにしていたけれど、人間慣れというものは恐ろしいもので、あんなに気になっていた午前2時の踏み切りの音は、知らず知らずのうちに聞こえること、それが日常と化していった。踏み切りの音が鳴っても、あぁ、また鳴っているなぁ程度の感情しかわかなくなっていた。

 そうだったのだけど、あの日は、なんだか、踏み切りの音が気になった。多分一緒に話し声が聞こえてきたからかもしれない。アパートの壁は凄く薄い。道路側というのも相まってか、日中でも誰かの話声が外から聞こえてくる。そんなだから余計夜なんて反響して外の声は良く聞こえてくる。

 こんな時間の訪問者。さぁて、誰が、何がいるんだろうと出歯亀根性で意気揚々と廊下に出てそっと真正面の窓を開けてみた。開けてみたのだけど、そこには誰も、なにもいなくて。勿論踏み切りなんて、鳴っていなかった。

 部屋を出る前には鳴っていた踏み切りの音は数秒もかからない窓までの距離を歩く間に聞こえなくなっていた。普段漫画読んでゴロゴロしているだけの私には即座に状況が理解できなくて、暫く廊下を歩き回ってみたり、もう一度窓を開けてみたりもした。……やっぱり踏み切りは鳴ってない。

 あれ、この廊下に出たとき、果たして踏み切りの音は鳴っていただろうか……。そんな疑問が頭の片隅を過ったけど、きっともう鳴り終わったのだろう、と思うことにした。

 それでも妙に納得がいかなくて頭をかしげながら部屋に戻ると、……聞こえる。気のせいなんかじゃなく、踏み切りの音は間違いなくちゃんと鳴っていた。あ、みつかっちゃったと嘲笑うかのように、ここにいるよって主張するみたいに、カンカンカンカンと音は確かに鳴っていた。踏み切りはここで、私の部屋の中でだけ、ずっと、鳴っていた。

 それからは時間なんて関係なくなって、存在知っているんでしょうとでも言わんばかりに、……あ、今も鳴っている。ほら。あなたにも聞こえるよね?


 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン――……。



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