三途の畔で
おい、オメェさん。ここで逢ったのも何かの縁だ。こんな時に御誂え向きの話があんだ。どうだい。老いぼれ爺の他愛事だと思ってちいと聞いてはくれねぇか。……そうか、ありがとよ。おほん。
どんなご時世にもぬらりくらりとあっちへふらふら、こっちにふらふら生きてる奴ってのはいるもんでさ、その男も晋太ってぇんだが何所でどう生きてんだか滅多に自分の家に寄りつかねぇ奴だった。
そんな奴だったんだけどね、お彼岸が近いってこともあってかふと気まぐれに、そうだ久しぶりに実家に帰ろうなんて思ったんだ。
いやしかしね、久しぶりに実家に帰ろうなんて思ったもんだから路が分からねぇ。だが、まっなんとかなるだろうと歩き続けて、これが何とかなっちまうんだな。見知った風景を見つけて薄ぼんやりな記憶を頼りに進むと実家が見えてきた。その家の前で痩せ細った男が水を撒いている。
「おお、勝吉じゃねぇか」
勝吉ってのは晋太んとこの使用人で、これが気だての一切聞かない男でね。一々言わねぇと何にもしねぇ奴だった。
「へぇ。若旦那、お帰りで」
持ってた杓子を桶に突っ込んで勝吉がお辞儀する。久しぶりの若旦那の帰宅だってのにいつもと変わんねぇ返事しかしねぇ。
「たっく、なんだ。わしが久しぶりに帰って来たってのにお前は相変わらずだねぇ。うちの奴等は元気にしてんのかい」
「へぇい。死にやした」
「……なに、誰が死んだって」
「皆死にやした」
「おいおい、冗談はよしてくれや。おとっちゃんもおかっちゃんも、繁爺もお菊姉も芳坊も。皆死んだってのかい」
「へぇ。なんだって若旦那が出ていかれて彼此二十年は経ちやしたから」
「もう、そんなに経ってたかい。それじゃあ何があっても不思議じゃねぇな。おとっちゃんたちも結構な歳だったしなあ。通りで町並みも変わってるわけだい。それにしても勝吉、お前はなんにも変わらねぇな。安心すらぁ」
「いやいや、若旦那。これでもあっしも変わったんですぜ」
「ほお、お前何が変わったってんだい」
「御蔭さんであっしはこの家の主になりやした」
「おいおい。若旦那のわしがいるってぇのにお前が主ってかい。笑えない冗談は止めときな」
なんて晋太は笑い飛ばしてみたが勝吉は到って真面目顔。
「あぁ……まぁ、放浪ばかりしてたわしの自業自得か。……まぁ、仕方あるめぇ」
「へぇ」
「そうだ、柴田んのとこのおやっさん、まだ元気にしてんのかい」
「へぇ、死にやした」
「なんだって、おやっさんもかい。殺しても死ななそうなあのおやっさんもんねぇ……時の流れってのは早いもんだ。なら、足袋屋の久六はどうだい。元気にしてんだろう」
「へぇ、死にやした」
「そんじゃあ、茶屋のお春は、問屋の喜市さんは、庄屋の恭太郎は。そいや辰五郎んとこのお静の腹にはお子がいたな。顔なんざ見たこともねぇが流石にそん子は元気だろう。まだ、二十にもなってねぇしなぁ」
「へぇ、死にやした」
「おいおいおいおい、いくらなんでも死にすぎじゃねぇかい。皆死んだ死んだ死んだって、なんだい。もしや、お前も死んでるなんて冗談云わねぇよな」
「へい、あっしは御蔭さんで生きとりやす」
「そいつぁよかった。元気が一番、生きてんのが一番さ」
「死んでんのは若旦那の方ですぜ」
御粗末、恐惶。
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