第119話 低い方 5

何がしたいんだよ。

何を考えてるんだよ。

混乱する僕に、星弐はうめく様に言った。


「もう、大丈夫だから。……桂壱は俺が守るから」


そしてようやく腕の力を緩めた。

そのまま今度は僕の両肩を強く掴む。

僕たちは正面から間近に見つめ合った。

星弐の大きな黒い瞳に、不細工な僕が映っている。


「写真。あいつに消させたから。もうあんな奴に付き合わなくて良いんだ。……俺、今まで気づけなくてごめんな」


傷ついた顔で星弐は言った。憐れんでいる様にも見えた。


それが酷く……


酷く……僕の心の一番深いところをえぐって行った。


「は?」


頭の中が真っ白になる。

そして湧いてきた感情は、激しい怒りだった。


「守る?」


-守るってなんだよ……


「僕はお前より歳上の、『男』なんだぞ? お前……どれだけ僕のこと惨めにしたら気がすむんだよ?」


今まで蓋をしてきた憎悪が噴き出すのを止められない。


「僕が誰と何しようがお前に関係無いだろ? 自分の事くらい自分で解決出来るんだよ。馬鹿にしてるのか? 本当はお前も僕のこと、見下して憐れんでるんだろ。何にも持ってない兄貴にも優しい自分に、ひたってるんだろ?」


-俺は守ってもらわなきゃならないほど無能なんかじゃない


「お前いつも母さん達と僕が会話できる様にわざと話を振ってるだろ?そう言うのマジ、ウザいんだよ!」


-違う。自分が惨めなだけだ。


「それに、写真消したってなんで言い切れるんだ?まだデータあるかもしれないじゃないか!お前の所為で先生がキレて学校に通えなくなったら-」


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ! 桂壱は大人しくあんな奴の言いなりになるって言うのか?」


「それは-…」


「あいつ言ってたぞ。お互い割り切った遊びだったって。『もうお兄さんには近づかないから、学校を辞めるから』ってあの野郎!」


「は…は?」


声が不自然に震えた。

自分の顔が引きつったのがわかる。


……そうだ。遊びだった。


でもそれは僕にとってだ。

先生は僕のこと本気だったんじゃないのか?

あんな奴にまで僕はないがしろにされたんだろうか。


足から力が抜けて、気づいたら僕は玄関にへたりこんでいた。

頭の上から星弐の声が聞こえる。

ぼんやりとそちらを見上げた僕は、弟の表情に先ほどまでには無かった「軽蔑」を見つけた。

見下した目で、星弐が言う。


「桂壱、なんだよその顔。まさか……本気だったとか言うなよ? あんな写真撮られて……。脅されてたんだよな?」


僕は答えられなかった。

自分でも、もう自分の感情がわからなかった。

僕は何に傷ついているんだろう。

けれど、その沈黙を星弐は違う意味に捉えたようだった。


舌打ちが聞こえた。


「……そうかよ。邪魔して悪かったな」


星弐は僕に背を向けた。

僕を放って、また家から出て行こうとした。

ドアに手をかけて、外から暗い家の中に光が差す。


「桂壱、気持ち悪いよ」


バタンと音がして、光は星弐と一緒に消えてしまった。


「……知ってるよ」

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