第110話 市東 桂壱 5

あのときと今ではもう、同じ身体じゃない。だってあんなに痛かったのに、今ではものすごく感じるんだから。





一年前の四月、美術部に入部した僕は顧問の多部先生の勧めで油絵の製作に取り組みはじめた。

数ヶ月して夏になるといよいよ完成が見えてきて、そうなると製作意欲もより強くなる。


「土曜日も部活しようか。付き合ってあげるよ」


その言葉に僕は喜んで頷いた。断る理由が無かったから。

土曜日、言われた通り美術室にやってきた僕に先生は「画材は準備しなくて良い」と言った。


「え?」


多部先生は僕の目の前に立ち、熱のこもった目で僕を見下ろした。

いつもとは違う、得体の知れない熱さがあった。

何を言っても聞いてくれない様な、そんな狂気を含んだ目だった。


「何?」


自分の口からかすれた声が漏れる。

突然、肩に手をかけられた。

先生の体重が乗り、僕の膝は折れ、気づいたら身体は仰向けに倒れていた。

床に背中が激しく打ち付けらる。


「うっ」


つまる息を整える間も無く、次の瞬間には腰の辺りに熱く重い何かを感じた。


馬乗りになった先生は僕の両方の二の腕を押さえつけた。

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