第53話 視える甥 2
はっと小さく息を飲んで、萌が振り返った。驚きに目を見開いた後で、泣きそうな顔になる。
「兄さん」
萌の右手が恐る恐る、恵一の頬に向かって伸ばされ、そして、すり抜ける。
その手のためらいがちな動きは、そうなることを萌が薄々察していたことを伝えてきた。
それもそうだろう。
彼にとっては、恵一が初めて見る幽霊というわけではないのだから。
頭蓋骨を通り抜けて行った右手を、二人は黙って見つめた。
お互いに言葉を発せず、沈黙が訪れる。
「何か、ごめんな。僕、交通事故起こしちゃったみたいでさ。もしかしたら、……死んだかも」
普通に話したかったのに、最後の方で言葉が震えた。
(どうしよう。萌の方を見れない)
泣き顔を見られたくないのと、傷ついた萌の顔を見たくないのと。
「大丈夫だよ」
「え?」
顔を上げると、すぐ目の前に萌の顔がある。恵一はそのまま、長い腕の中に包まれた。
「兄さんはまだ、死んでない。今は意識不明だけど、医師の治療を受けて附属病院に居るよ」
「本当か?」
「嘘ついてどうすんの」
「…そっか」
自然と涙がこぼれた。
「そっか」
ほっとした。
触れられていないはずなのに萌の腕の温かさを感じる気がする。
そっと目を閉じたとき、背後で人の気配がした。
「はぁ…萌っ!」
振り返ると、萌の親友の京平が立っている。随分と息を切らしていた。
「悪い、京平。兄さんを見つけたよ。車に戻ろう」
「え? まさか今そこに居るのか? 恵一さん」
京平が、萌の腕が作る輪の中を見つめてくる。本人には見えていないだろうが、恵一とはしっかりと目が合っていた。
萌が頷く。
「マジか…。お前、未来が視えるだけじゃなかったんだな」
そう呟いた京平を恵一はまじまじと見つめた。
前に会ったときよりも随分と背が伸びている。多分、萌よりも背が高いだろう。
ただ、普通の人間ならばおよそ信じないだろう萌の力を、今の一言だけであっさり受け入れてしまえるところや、勉強もスポーツも両方出来そうな好青年っぷりは変わっていなかった。
「念のため聞くけど、萌。正気だよな?」
「おい、疑うなよ。こんなときに狂ってる暇無いって」
「だよな」
短いやり取りに二人の絆の強さを感じながら、恵一は萌に付いてめぐみの待つ車へと向かった。
***
「本当にここに恵一が居るの?」
三人で後部座席に乗りこむと、萌の口から説明を受けた姉が驚いた顔で聞いてきた。
「「姉さん、心配かけてごめん」」
口に出したのだが、聞こえてはいないようだ。
「兄さんが、『心配かけてごめん』だって」
萌が間に入って、めぐみに伝えてくれる。
もしかしたら、姉を泣かせてしまうかもと恵一は思っていたのだが、予想はあっさりと裏切られた。
「ごめんじゃ無いわよ恵一! 何でこんなところに居るの? 事故したとこから二駅も離れてるじゃない。心配したのよ! どうして病院に居ないのよ!」
「「いや、姉さん俺にもわからないんだって」」
「兄さんが『俺にもわかんない』って言ってる」
「「多分救急車で運ばれてたんだけど、途中で救急車から振り落とされたみたいな気がする」」
「ああ。長谷川さんが、兄さんは救急車で運ばれてる途中で心配停止になったって言ってたから、もしかするとそのときかな」
「え? 心配停止? それ、大丈夫なのか。それに長谷川。あいつ無事なの-」
「ちょっと萌、ちゃんと通訳しなさい!」
滅多に無いくらいピリピリするめぐみに驚いた二人は、めぐみと京平にもわかるように今までの経緯を説明し始めた。
「恵一は本当に!昔から方向音痴なんだから!どうやったらこんなとこまで来ちゃうのよ、全く」
「……これからどうする」
京平が思案する顔で呟いた。
そう。問題は正に、そこだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます