第49話 声 5
こういうときの時間の流れは恐ろしいほどに遅い。
時計を見ては、時間が全く流れていないことに気づき、またぐるぐると色んなことを考える。
そうして頭が麻痺して、何も考えられなくなったころ、また時計を見るのだが、時計の針は殆ど動いていないのだ。
「母さん。長野のばあちゃんとじいちゃんには連絡ついた?」
「まだ。二人とも携帯を持ち歩かないから。『携帯』なのにね。家に置いてたら携帯じゃないよね」
無理に冗談を言っているのが見え見えだ。
ひたすら治療室の扉を見つめ、1時間半を過ぎたころ、ようやく扉が開き、中から医師が出てきた。
あまり良い顔色ではない。
その場に居る全員が身構えるのがわかった。
「容体は安定しました」
その言葉を聞いてほっとしたのもつかの間。
「出血も止まっています。ただ、一時的にですが心肺停止に陥った影響で、脳へも影響が見られます。今、脳がぱんぱんに腫れている状態で、回復すれば良いのですが最悪の場合、脳死……意識が戻らない可能性もある事を、どうか覚悟して下さい」
(え…今、なんて?)
「我々も最善を尽くします。石橋さんにはこのまま当院に入院していただき、様子を見守りながら回復を待つ事になります。…突然のことで今はお気持ちの整理がつかないと思いますが明日の朝、開院と同時に連絡を差し上げますので、本日はこのまま、ご自宅でお休みになって、明日からの恵一さんの入院のご準備をお願いいたします」
「え?…兄さんの顔、見ることは出来ないんですか?」
「はい。今はまだ。申し訳ありません。ただ、明日には面会出来ますので。お辛いでしょうが」
(うそだろ…)
***
それからのことはあまり覚えていない。
気づくと病院の駐車場で母の車に京平と乗っていた。
「京平くん、今日はありがとう。私、全然気が回らなくて。テスト前なのに、それもこんな時間までごめんね。お母さんにも謝っておかなきゃ」
母の言葉に今日の事を思い出す。
本当に、京平とリョウマが居てくれなければ自分では何も出来なかった。
妙な力があることなど、何の役にも立たない。
「京平…ありがと」
「いいえ」
めぐみに笑顔を返し、萌の背をいつもの様にバシンと叩いて京平が言った。
「気にしないでください。どうせうちの親、帰るの遅いんでそれまで俺が何してようが気づかないんで。全然大丈夫です」
その言葉にいつもどこか冷たい印象のある、表情の乏しい京平の母の顔が浮かんだ。
仕事が出来そうな人だが、萌は苦手だった。
「家まで送らせてね」
母が車を出し、今頃病院のベッドで寝ているはずの恵一との距離が開いていく。
どうして今日に限って危険を予知することが出来なかったんだろう。
そればかり考えてしまう。
嫌いだった妙な力も恵一の役に立つならばと、好きになれそうな気がしてきたばかりなのに。
「何の役にも立たねーな」
言いたくなかった弱音が、情け無いほど弱々しい声で口から出た。
それと同時に京平に、恐らく励ましといたわりを込めて背中をガシガシとさすられた。
嬉しいけれど、今は情けなさに拍車がかかるばかりだ。
もっと自在に、思い通りに力が使えたら良いのに。
もっと、もっと。
(兄さん)
心の中で恵一を呼ぶ。
ただ未来がわかるだけじゃなくて、今はそれすら不安定だが、恵一を元通り元気にする力が欲しい。
「兄さん」
もう一度呼びかけ、願ったそのときだった。
……名前を呼ばれた気がした。
ビクリと顔を上げた萌に京平が驚いているのがわかるが今はフォローを入れる余裕が無い。
もう一度、全神経を研ぎ澄ました。
ー「「…ぇ!」」
今、かすかにだが…
ー「「萌っ!」」
「聞こえた!」
気のせいじゃ無い。
確かに恵一の声だ!
「母さん、今から俺が言う通りに運転して!兄さんが呼んでるんだ!」
心臓がバクバクと鳴り出した。
ちらりと見えた希望にはやる気持ちを止められない。
一瞬、母と京平に、「おかしくなってやしないか」と疑う様な驚いた顔を向けられたが、そこは二人だ。
萌の目を見て何かを理解してくれた。
「わかった。シートベルト締めなさい。しっかりつかまってなさいよ!」
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