ミラクル?でも禁じて?

気になっていた利用者様が居ました。興奮すると手が付けられない方でトイレ介助などは大変な事になります。そんな時、私が向かうと、「北尾さんには無理だから」等、もろ、ガツンと言われた事もありますが、ところばらいになっていました。それでも、私はその方が暴力的なだけではない側面も感じていて、どちらかと言うと、ちょっぴりチャーミングで大好きな利用者様でした。私の朝の仕事は添乗が多かった。米倉さんと言うご老人は朝、中々お家から出て来てくれないという情報も聞いていましたが私が困らされたという事はありませんでした。。

介護職をする前、いつだったかテレビの特番で車から中々降りない利用者様を「社長!ハンコ貰わないと困ります。行きましょう。」と言うと、「あ、そう!」と言って簡単に車から降りてくれるといった映像を見た事がありました。

米倉さんは堅いお仕事についていたという情報は知っていました。いつだったか?「書類を渡さないと出られない!」と言ってご家族様に出発を抵抗されている場面に出くわしましたが、私は「あ!その種類なら先ほど私がを岡本君に渡しておきましたよ。大丈夫です急ぎましょう!」と言うと、「あそ、そう!そりゃよかった!じゃぁ、行ってきます!」とあっさり出発できました。

心の中で岡本君っていったい誰なんだよ~と私はクスッと笑いましたが、あのテレビ番組を見ておいてよかった~と思いました。

米倉さんがお帰りになる時は最終便の最後と決まっていました。とっても多弁で、脈絡のない話をずっとお話してくださいます。

いつだったか関本ちゃんがドライバー担当の日、「銀座のお姉ちゃんが。。」と言い出し、耳が止まりました。最後でしたので私と関本ちゃん、米倉さんの三人だけでした。そして、「パイパイが。。。」と言い出されたので、関本ちゃんが「銀座のお姉ちゃんのパイパイ~~??」と吹き出しそうになりながら言ったのです。丁度赤信号で止まっていたのですが、角を見ると、「一杯」と書かれた居酒屋さんの看板が出ていました。私は「あの看板だよ!」と言うと関本ちゃんが「ああ、一杯二杯のパイね~」と笑い出した。。米倉さんも楽しそうにしていました。

きっと、日も暮れていたこの時、昔、颯爽とお仕事されていた時に接待か何かで銀座へでも繰り出された時の事を思い出されていたのかな~と思った。。


朝、お目にかかる時はいつもの笑みでおはようございますと挨拶しますが、私は必ず、手を小さく小刻みにかわいらしく振るという事を繰り返し行っていました。そうすると米倉さんは満面くしゃくしゃにしながら「どうも~~」とおっしゃってくれる。。その表情が大好きだったからです。来所された後でも大声になったりすることが多い米倉さんでしたが、私がさっと行って、耳元で小声で「お隣で会議していますので、少しお静かにしていただけますか?」と言うと、米倉さんも小声で「あ、そ~う。。ごめんね。」とおっしゃって三分ぐらいは黙ってくださいます。その後、又大騒ぎされるのですが。。

ある時、仕事仲間全員が何やら忙しそうにしていたタイミングで、私ひとりで米倉さんをトイレに誘導できるか?試してみよう。。と思えるタイミングがやってきました。いつも、皆さんのやり方を見ていたのですが、あれではとても一人では無理だなと思っていました。さぁ行きましょうと言った途端、米倉さんはまるでコマンドが入ったように椅子の手すりを握りしめ、抵抗体制に入ります。その手の指を一本一本外しながら「何人かで椅子から車いすに移譲させるのです。その後、トイレでもドッタン、バッタン。


ちょっと禁じてかもしれないのだけれど、あれより時間は短く、乱暴な事もせず、出来るのではないか?そんな気がしていました。

ちょっとだけお色気を使ったのです。かといっていきなりお誘いするようなそんな下世話な事はしません。どちらとでも取れるような表現。。

例えば、向かい合った時、「私の背中に手をまわしてしっかりつかんでいてくださいね。」と言って、で、私の方も転倒しないようにしっかり利用者様の背中に手をまわして支えるのですが、この光景は言ってみれば抱きしめ合うようなものです。夜中にそんな体制で電信柱の陰に男女がそうしていたら?「おやおや!」って事なのです。「抱きしめてください。」「抱きしめてもいいですか?」と言っても同じ体制になると言う訳です。

「立ってください。」が「立たせてもいいですか?」であっても同じ事です。立っていただくのですから。。

抱き合ったまま、右に方向転換。。で「動きますよ~イチ、ニ、サン。。。」

これを「ちょっとダンスしましょうか?イチ、ニ。サン、。。」でもいい訳です。

トイレが苦手で、体を硬直させ暴れさせてしまうよりかマシです。

何よりトイレは嫌な場所と言う意味付けから解放させてあげたい。

本当は楽しいかもしれない、出すものを出せて気持ちいいかもしれない。。


私たち介護士は何かをする際、必ず同意と言うものを得なければならない。同意を得ているにもかかわらず、中々動いてくださらない方が動いてくださったらどんな感情が出るでしょうか?

「ありがとう。」「うれしい。」です。これら言葉もシュツエーションに寄ったら、色っぽい言葉になってしまう。。男性からしたら、かわいい子だなと思えるシュツエーションだったりもするのです。

それと、つい一~二年前、吉永小百合さん主演の「ふしぎな岬の物語」と言う映画を見ました。映画としてはあまり興行成績は良くなかったようですが、あの映画ではしみじみとしたものを感じる事が出来ました。人は一人ではないんだよ。たとえ現実一人になっても独りぼっちではないんだよ。。そんなメッセージを感じた映画なのですが、台詞の言葉の中に「大丈夫」という言葉があって、「大丈夫」と言う言葉にはどうもマジックがあるようです。思いが乗っかりやすいとでもいうのか。。

歌を志した私は、良くお客様に歌詞を届けなければならないと言われました。

どうやって届けるの?って話なのですが、実は言葉を届けているのではなく、その言葉に乗っかった「思い」だったり、「熱量」「空気」等、要はつかみようのないものを乗っけると届きやすくなる。。そんな風に今思っています。

「大丈夫」と言う言葉は癒しの心が乗っかりやすいのだと思います。

米倉さんのトイレ介助をしながら、ちょっとお色気、その合間に「大丈夫ですよ!大・丈・夫!」等声掛けしながらとうとう一人で出来てしまいました。何のケガもなく、穏やかに!速やかに!

最後に「又二人で来ましょうね。」と私が言ったら、

「あんたさえ、その気なら私は何時でも構いませんよ。」と言われて。。。

ちょっとお色気が過ぎてしまったのですが。。

つぎへの反省としては、もう少し、堅い言葉を選んで、でも結果、あの子と行くトイレは痛くも無いし、怖くも無いんだよ。。という事を知ってもらいたいと思っていました。

で、その次は?というと、私が病気休養になるまでにチャンスは二度程あったのですが、先輩が「一緒に手伝います。。」とやってきたのですが、その瞬間、「あんたの事は覚えてるよ!」と米倉さんは興奮してしまい、又後にしましょ。。という事で、後に先輩方だけでやっておられました。

暴力を振るわなくても、ガンとして動こうとされない方を無理に動かそうとすると、当然抵抗されます。そうなればこちらも手をひねるかもしれない。利用者様も痛い思いをするのです。

今回の米倉さんのミラクルも、やはりビギナーズラック。毎回うまくいくとは限りらないのかもしれない。でも、私たちは常にチャレンジはしないといけないのだと思いました。

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