首都のエピローグは美和が語る

 東京最終日。今日は地元に帰る日だ。私たちダイヤモンドハーレムのメンバーは帰る前に、大和さんから大型の楽器店に連れて来てもらった。3月から始まるメジャーアーティストとしての生活に向けての機材投資だ。


「うおー!」


 楽器店に到着するなりそのつぶらな瞳を丸くして感嘆するのはリーダーの古都だ。広い店内ながら所狭しと並べられたギターなどの数に胸が弾んでいるようである。それは唯ものんも同じようで、もちろん私も高揚する。


「大和さん楽器がいっぱい!」

「品揃えのいい店を選んだからじっくり見な?」

「うん!」


 古都と大和さんはそんな会話を交わすが、昼過ぎには東京を出なくてはならない。開店と同時の11時に入店はしたものの、それほど時間があるわけではない。


 ここで最初に購入商品を決めたのはのんだ。まずはギター。彼女にとっては感性を上げるためのオプションなので、それほど拘りはなく即決だった。

 ただしかし、意外だったのは購入したのがなんと、エレキギターではなくアコースティックギターだったことだ。ヤマハの黒いボディーは、小柄なのんを隠すように存在感がある。


「いいんじゃないかな? アコギの方が引き語りはしやすいし」


 大和さんはこの意見である。


「ん。じゃぁ、これにする」


 それに納得したのんはいつもの調子だ。それに食いつくのは古都である。


「私にも時々貸してよ」

「いいわよ」

「やった!」


 古都がそれはもう無邪気な様子で嬉しそうにする。それを見ていた大和さんも賛同した。


「うん。古都はボーカルギターだから、アコギもオプションにあると幅が広がるね」


 確かにそうだと思う。今まではずっと私と古都でエレキギターの2パートを演奏してきたが、古都の弾き語りに他のメンバーがバックで伴奏をする曲があってもいいかもしれない。


 そしてのんが次に選んだのはドラムセット。ドラムはパール製の物で統一した。スネアもツインペダルも新調して、同じくパール製の物だ。加えてシンバルはジルジャン製の物を中心にクラッシュやチャイナの種類を増やしていた。


「私は終わったわ。満足よ」


 本当に早かった。試奏はしたが、ドラムセットの椅子に座って実際に叩いてみると感覚的なところが大きいのだろう。これと思った物にすぐ決めていた。


 のんの買い物が終わって私たちは二手に分かれた。大和さんは唯のベースの買い物に付き合い、それにのんもついた。私は古都と一緒にエレキギターを選ぶ。


「うはっ! やっぱりテレキャスいいな」


 試奏をしていると古都が惚れ惚れしたような表情で言う。正にギターに恋をしている。私もギターに惚れているからその感情はよくわかる。


「テレキャスは泉さんからもらったのがもうあるじゃん。あれも結構いい物だよ?」

「そうなんだけど、やっぱりテレキャスに目が向くよね」

「ふふ。他のも試してみればいいのに」

「えへへ。そうする」


 すると古都が選んで試奏を始めたのはフェンダーのジャガーだった。白のボディーに赤のピックガードだ。


「わっ!」


 すると演奏を始めてから古都の目の色が変わった。


「なんだ、このシャンシャン」


 軽音楽をやっている人からしたら確かにその感覚的な表現でもわかるが、一般論としてよくわからない擬音語を言っている。確かに古都が握ったジャガーは軽やかで硬い感じの音がする。


「うおぉぉぉ!」


 そして古都がブリッジアームを試すと口を丸くして感動していた。そうか、私が知る限り古都はアームを試すのが初めてか。尤も私もそれほど試したことはないが、それは全ての弦を弛ませるので、気怠さを感じさせる音がする。


「気に入ったの?」

「うん! 一目惚れ」


 その前までフェンダーのテレキャスターにメロメロだったのによく言う。そんな古都が可愛らしい。古都は新しいギターを今手に持っているフェンダーのジャガーに決めた。


「美和が持ってるのってなに?」

「これはシェクターのカスタムオーダー」


 私は昨夏のツアー中に大和さんと立ち寄った楽器店でシェクターの試奏をしてからずっと気になっていた。搭載されているピックアップが、幅広いサウンドバリエーションに対応してくれる。

 ストラトキャスターと類似した形のこのエレキギターは、赤のボディーに白のピックガードだ。拘ってはいなかったが、こちらにもブリッジアームがある。ただカスタムオーダーだから色は選びたいと思う。


「すいませーん」


 私は店員さんを呼んだ。そこで自分の希望を説明する。


「わかりました。ライトブルーにピックガードありですね。受け取りはいかがいたしますか?」

「3月にここに送ってください。彼女のも一緒に」

「わかりました」


 私が書いて指示した送り先に店員さんは了承してくれた。それが終わって古都と顔を見合わせると、お互いにニンマリ笑ってしまう。


「次はアンプだね」

「うん。私はもう決まってるけど、古都は?」

「うーん……、まだ。美和は何にするの?」

「マーシャル」

「やっぱりそうだよね」


 あくまで個人的な意見だが、リードギターを担当していて私にアンプはマーシャル以外の選択肢がないと思っている。クリーントーンは鋭く透明に表現してくれ、ひずみの効いたサウンドの中サスティーンは滑らかだ。しかし古都だ。


「アコギはライブハウスのを使うとして、テレキャスでも弾き語りパートがあるよね」

「そうなんだよ。その時クリーントーンがほとんどだから、それに合ったアンプがいい」


 尤もだと思う。そうすると私の知識の中で心当たりはあれかな。


「VOX試してみる?」

「ボックス?」

「うん。ボーカルギターの人はよく使ってるのを見かけるけど」

「そうなんだ。じゃぁ、試す」


 そう言って私たちはアンプ売り場に移動し、古都は肩から自分のテレキャスターを下すと早速VOXのアンプで試奏を始めた。


「他のも」


 しかしこれは違ったようだ。すると店員さんに薦められて試奏を始めたのは「divited by 13」というヘッドとスピーカーが別れたタイプのアンプだ。


「うぉぉぉ!」


 どうやら当たりのようだ。ジャガーの時みたいに古都の目の色が変わった。


「クリーン綺麗」

「パワーもあるので、ライブでも十分使えますよ?」

「これにします!」


 店員さんの売り文句に古都は決めたようだ。この後、私もマーシャルのヘッドとスピーカーが別のアンプを選んで私たちの買い物は終わった。

 しかし実は私たち2人、契約金をオーバーしてしまった。それでも安くしてもらったし、自主活動時代のアルバイト代やメンバーで分けた当時のバンドのお金があったので、それも合わせてなんとか収まった。


 私たちは支払い表を貰って大和さんたちと合流した。唯が支払いカウンターにいて、大和さんとのんがそれについている。


「あれ? もう決まったの?」

「うん。決まった」


 古都の問いに答えたのは唯だ。唯ならジャズベースタイプを選ぶとは思っていて、確かにそうなのだが、メーカーが意外だった。それは国産メーカー、アトリエZのBeta4で、木目のナチュラルカラーに透明のピックガードだ。なかなか渋い物を選んだようである。

 私も唯に質問を向けた。


「アンプは?」

「アンペグにした」


 無難なところだろう。ベーシストとしては王道とも言える。

 すると古都が私に目配せをして大和さんを遠ざけた。大和さんは怪訝な表情を見せるが、反対の腕をのんまで引くからされるがままだ。うん、私は理解した。私は唯の横に並び、自分が注文した時の伝票を店員さんに向ける。


「あの、3月からの住所がまだ決まってないので、3月にここに送ってください。ドラムの子のもまとめて」

「わかりました」


 その住所地を見て唯がクスクス笑う。


「確かにそこに運んでもらえば手間がないね」

「うん。私のなんてカスタムオーダーだからどうせ時間もかかるし」


 私たちの新機材を運んでもらう場所、それは大和さんの新しい職場だ。私たちは大和さんからのプロデュースが続くわけで、大和さんのスタジオで3月からも活動をすることがある。それで送り先をそこに指定したわけだ。


 こうして買い物を終えた私たちは大和さんの運転で地元に帰った。

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