第五十四楽曲 第一節
レコーディングの打合せと夕食を終え、大和と泉と武村の大人3人はダイヤモンドハーレムのウィークリーマンションを出ることになった。
「武村さん、僕のホテルってどこですか?」
すると自分の寝床をまだ聞いていない大和が問う。
「あぁ、それはですね――」
「大和!」
途端に慌てて泉が武村を遮った。大和は首を傾げながら泉に視線を移す。
「私が聞いてるから、私が案内するよ」
「ん? ホテルまで?」
「うん。私、そこからは電車で帰るから」
これは大和が乗って来たジャパニカン芸能の車で移動するが故の意見である。別に住所なり屋号なりを教えてもらえばカーナビを使って1人で行けるのにと大和は思うが、それ以上特段気にはしなかった。そしてそれを了承しようとした時だった。
「益岡さん」
「は、はい……」
武村が制して泉は怯む。どこかばつが悪そうな顔をしている。
「上がりこむか、若しくは、自宅を案内して連れ込む気ですね?」
「なんだと!」
古都の怒声が上がった。美和も唯も頬を膨らませ、希に至っては殺気をこめた冷たい視線を向ける。すると泉は乾いた笑みを浮かべるのだ。
「あはは。鋭いなぁ、武村さんは」
「ちょっと! 泉さん! 大和さんを寝取るつもりですか!?」
勢いよく突っかかるのは古都である。当の本人である大和は蚊帳の外で、唖然としている。その大和が泉の意見に流されないかと目を光らせているのが希で、大和は希の視線が恐ろしい。しかし泉は事も無げに古都をいなす。
「えへへ。いいじゃん、たまには貸してよ」
「きー! 大和さんは貸し借りするようなモノじゃありません! 私たちの大事なカレシです!」
するとここで呆れ返った武村がまたも泉を制した。
「益岡さん、うちの大事なアーティストを刺激しないでください」
「えー、武村さん寝返った?」
「私は最初からレーベル、アーティストどちらの味方でもあり、どちらかだけの肩を持つことはありません。菱神さんの今の交際相手は彼女たちです。だから客観的に見た意見を言っているだけです。まぁ、ゲス交際なんだから本来は客観的も何もないですけど」
そんなことを言われて大和は武村から目を逸らす。希とは違った冷ややかな視線が痛い。しかし泉に武村の意見は堪えない。なんなら手前勝手な解釈を持ち出す。
「そう! 大和はゲスなんだよ! だから私は今夜、ゲスの毒牙にかかるの!」
「きー! 泉さん! ダメです! そんなことを言うなら、今夜はここから大和さんを出しません!」
まぁ、吠えるのは古都だ。そして情けなくも何も言えないのが大和だ。
そんな泉と古都――尤も古都は代表者であってダイヤモンドハーレムの総意だが――の押し問答は切りがないので、結局武村が手配してあったビジネスホテルの場所と予約名を大和に教え、大和は1人でホテルに行った。この時に泉と武村もウィークリーマンションを後にした。
そして翌朝、大和はウィークリーマンションに戻って来て、メンバーのお迎えである。この日のレコーディングは午前からで、昼を跨ぐくらいまでのスケジュールだ。
「大和さん、血色いいね?」
走り出した車内で古都が運転席の大和に問う。荷台ではメンバーの楽器と機材がゴトゴト揺れていた。大和はそんな音を耳で捉えながら、古都の質問になんと答えたらいいのか考える。血色がいいと言われても自覚はない。
「まさか、浮気したんじゃないでしょうね?」
「ぶっ!」
大和は口に運んでいた缶コーヒーを吹いてしまった。
「むむ!」
すると後部座席から希の唸り声が聞こえてくる。大和は恐る恐るルームミラーで後部座席を確認してみた。するとミラー越しに希が睨みつけている。なんでこういう時に限って起きているのか、大和は肩を落とす。加えて美和も唯も鋭い視線を向けるから居た堪れない。
「そんなことするわけないだろ?」
「もしかしてホテル生活なのをいいことにデリヘル呼んだとか?」
「ぶっ!」
後部座席から発せられた希の声にまたも大和は缶コーヒーを吹いた。女子高生なのになぜそういう発想になるのか、大和は理解に苦しむ。
「なっ! 大和さんそうなの?」
「あわわわわ……」
「や、大和さん、お金を払うなら浮気にならないって考えですか?」
大和の回答が遅いので古都と唯と美和が各々の反応を見せる。尤も、大和は缶コーヒーを口に運んでいたから回答に遅れただけだが。
「違うよ! 呼んでないし、浮気もしてない!」
「じゃぁ、なんで血色がいいのよ? 心なしか肌もツヤツヤしてる感じがするし」
「知らないよ。そんなこと自覚ないし」
まぁ、古都の言うことは先月までと比べての話だ。大和は寝不足が続いていたから。それにメンバーが一緒の遠征ながら、昨晩は1人でゆっくり寝られたので調子がいいのである。刺激がなく安眠したわけだ。
そんな感じでいつもどおりの賑やかな移動を経て、一行は指定されたレコーディングスタジオに到着した。スタジオが入居するそのビルの前では武村が待っていた。
「お疲れ様です。荷物は私たちで運びますので、菱神さんは車を停めて来てください」
「はい、わかりました」
荷物を下すなり武村が言うので、女子だけに運搬を任せることに抵抗があったが、大和は近くのコインパークに車を入れに行った。すると大和が離れてから古都が武村に言う。
「武村さん……」
「なんですか?」
「私、今月18歳になったんですよ」
「だからなんですか?」
「大和さんと大人の関係――」
「なりません!」
「うえーん……」
最後まで言わせず武村は拒否を示した。美和と唯は落胆を示す古都に苦笑いだ。一方、唯一の17歳希は無表情で、古都と武村の会話に耳を傾ける。内心は羨む気持ちと、さっさと致してしまって大和のガードを緩くしろという気持ちが混在している。
「なんで男性側の菱神さんが倫理を通そうと頑張っているのに、女子のあなたがそんなに積極的なんですか!?」
怒気を含むような言い方である。すると古都は臆面もなく言うのだ。
「そりゃ、大和さんのことが大す――」
「古都さん!」
またも遮られる古都の言葉。武村は機材を運びながらギロッと古都を見据える。
「あなたは芸能人ですよ? こんな場所で発言には気をつけなさい」
「えー、武村さんの質問に答えようとしたのに……」
「返事は!?」
「はーい」
「返事は短く!」
「はい!」
こんな調子では上京してから苦労しそうだ。その苦労をするのが古都なのか、武村なのかは定かではないが。それでも武村がマネージャーとしてしっかり管理しているから安心とも言える。
そしてエレベーターで上がって到着したレコーディングスタジオ。まずメンバーはそのコントロールルームに案内される。そこには3人のエンジニアの男が既にスタンバイをしていた。
「おはようございます! 今日は宜しくお願いします!」
古都の元気な挨拶に他のメンバーが続き、それにエンジニアも応える。
この部屋は見るからに防音施工された独特の内装で、これだけの人が収まるだけの広さがある。ソファーなどの待機席も充実していて、さらに無数の機材が据えられている。インディーズCDを録った時とは明らかにグレードが違う部屋だ。
アナログの音響機材には多くの調整つまみが並んでいる。パソコンのデスクトップは大きく、開かれたソフトは見たことがないが、それはデジタルだと認識させる。そしてデスクの脇には機材ラックも置かれていて存在感があった。
音響機材の正面の壁にはモニター画面がかけられていて、それが田の字に4分割されている。ブースも含めた最大4室の別室スタジオで演奏はできるのだろうとわかった。
「うはぁ……」
古都が首をぐるりと回してコントロールルーム内を見渡す。これがメジャーアーティストの使うレコーディングスタジオかと、感嘆していた。それは美和も唯も希も同様で、緊張と興奮が湧き上がる。
やがてレコーディングの手順の説明をエンジニアから受けていると、車を停めて来た大和も合流し、ダイヤモンドハーレムのメジャー最初のレコーディングが始まった。
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