第二十一章
第五十四楽曲 首都
首都のプロローグは古都が語る
冬は本格化してかなり寒くなった。ダイヤモンドハーレムのメジャーデビューも公式に発表され、この日は2学期の終業式だ。学校は半日だが、1年生や2年生のようにマックに行ってからカラオケとか、3年生のように図書館で受験勉強とか、そんな高校生らしいことは私たちダイヤモンドハーレムには許されない。
学校が終わってこの日は大和さんが運転するジャパニカン芸能の送迎で帰宅する。学校から遠い美和、のん、唯、私の順番で送ってもらった。本来なら逆順が一般的なのだが。
「大和さん、たくさん食べてね」
「はい! ありがとうございます!」
「なっ! もう食べてるし! 待っててくれてもいいじゃん!」
私が自室で着替え、大荷物を持ってダイニングに下りてくると、大和さんはママと一緒に昼食を取っていた。待ってくれなかったとこに私は不満を抱く。しかしそんな私を気にもせず大和さんはモリモリご飯を食べていて、ママはそれを嬉しそうに眺めている。
「お代わりください! 凄く美味しいです!」
大和さんが茶碗をママに向けるとママは喜んでその茶碗を受け取った。私に見向きもしないのは面白くないが、とりあえず私も大和さんの隣に座ってご飯を食べ始めた。因みに妹の
今日からダイヤモンドハーレムは東京に向かう。東京でメジャーデビューシングルのレコーディングが始まるのだ。その引率はプロデューサーである大和さんこそ適任であるため、今回の引率は杏里さんではない。杏里さんはゴッドロックカフェを任される。
ゴッドロックカフェに置いてある楽器は既に大和さんが積み込んでくれていて、私たちメンバーが各々家から持ち込むのは
そして大和さんだが、初めてうちに足を踏み入れた。カレシを自宅に入れるなんてドキドキする。本心では私の部屋にも入れて襲ってしまいたいのだが、如何せん時間に余裕はない。明日から始まるレコーディングのために、東京に着いたら泉さんと武村さんも含めて打ち合わせがある。ご飯を食べたらすぐに出なくてはならない。
美和の家がインターチェンジから一番近いから、学校帰りは通常と反対の順序だったわけで、つまり東京までは車で行く。私の学校帰りは最後の送迎で、東京出発は最初に拾われるから一番慌ただしい。まぁ、だから大和さんはうちでご飯を食べているわけだけど。
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
私と大和さんが食べ終わったタイミングは同じだった。私より随分早く食べ始めていたので、大和さんはかなり食べたようだ。ママはそれが嬉しそうである。
「ママ、片づけごめん」
「いいわよ。気をつけて行ってらっしゃい。大和さん、古都をよろしくね」
「はい。任されます」
この後私と大和さんはジャパニカン芸能の車に乗り込み、順にメンバーを拾って東京に向かった。私は長い移動も苦にならないので、大和さんにたくさん話しかけては道中も楽しむ。
後部座席でのんは唯に頭を預けて昼寝。唯と美和は雑談をしたり、SNSを確認したりと、いつもの移動中の光景だ。そんな数時間を経て東京に到着した時はもう外は暗かった。私たちは武村さんから予め指定されたウィークリーマンションに到着する。
「おつかれー」
「お疲れ様です」
そこで待っていたのは泉さんと武村さんだ。私たちも挨拶を返してリビングにドンと荷物を置く。
「個室は2室あるので、2人ずつで使ってください」
『はーい』
「ここは共用なので自由に使ってもらって、今日の打合せもここでやってしまいます」
『はーい』
武村さんが言ったこことは一体となったLDKである。そう、マンションのこの一室こそ、この1週間の私たちの生活の場である。6泊7日で、今までで一番長く同じ場所に滞在する。7日間のうちの中5日がレコーディング日程で、レコーディングは1日当たり半日程度だと聞いている。
「それじゃぁ、お疲れのとこ恐縮ですが、早速打ち合わせを始めます」
LDKで円陣を組むように座って打ち合わせが始まったのだが、なんだかさっきから大和さんがソワソワしていて落ち着かない。
あぁ、わかったぞ。マンションの一室で女6人に囲まれて動揺しているな。まったく、可愛いな。こんなハーレム状態、むしろ喜べばいいのに。まぁ、泉さんと武村さんに手を出すのは許さないけど。目の保養程度にね。
「それでは益岡さん、お願いします」
「はい。古都ちゃんは以前こっちに来た時に直接報告できてたけど、他のメンバーには初めてだね。まずはメジャーデビュー内定おめでとう」
『ありがとうございます』
これにはメンバー4人、顔を綻ばせた。目標が叶ったのだ。メジャーデビューという一点だけではなく、高校卒業までにという目標まで。厳密に言うと発売は3月なので卒業後だが、内定は在学中だからそこまで文句は言うまい。
「その時、大和とは打ち合わせがあって言ってあったんだけど、まだ古都ちゃんにも言ってない当レーベルから表題曲の評価を話すね」
泉さんの言葉に緊張する。確かに以前大和さんと一緒に東京に来た時は各々仕事が違ったので一度別れた。私は雑誌の取材で、大和さんは表題曲の打合せだった。だから私はレーベルからの詳しい所見をまだ知らない。
「かなり期待してる」
「ぐふっ」
思わず笑みが零れる。他のメンバーもこれには嬉しそうな表情を見せた。泉さんはそんな私たちを微笑ましく見ながら続けた。
「正直なことを言うと『STEP UP』が傑作曲だと思ってたから、メジャーデビュー後の楽曲にそれ以上の曲ができるのか不安があったの。けど君たちはそれを見事に覆してくれた」
「うへへぇ……」
どうしよう。小躍りしたい衝動に駆られる。どうせここはこの1週間の私たちの家なんだからいっそのこと躍ってしまおうか。
「今後は私たちレーベルが全力でバックアップします」
「お願いします!」
私が元気に言って頭を下げると、他のメンバーもそれに倣った。なんと嬉しい評価であることか。『STEP UP』にも思い入れはあるが、今回の表題曲はメンバーのサポートもあってできた曲だ。そして後からできる曲が以前の曲を超える、その成長が実感できる言葉をもらえて本当に嬉しい。
「まずは印税の分配だけど、古都ちゃんが大和を含めた5人で等分を希望してるけど、皆はどう?」
「あはは。聞いてます。まぁ、遠慮の気持ちはありますけど、反対しても古都が聞かないので、ありがたく頂きます」
答えたのは苦笑いを浮かべた美和で、唯も同じような表情で首肯する。のんの表情に変化はないが、同じくのんも「うんうん」と言って首を縦に振った。因みに大和さんも未だに遠慮しているのか苦笑いだ。
更にこの後の打合せで、クラウディソニックの曲は作詞が怜音さん、作曲が大和さん、編曲がダイヤモンドハーレムになった。その他の2曲が作詞作曲編曲とも『ダイヤモンドハーレム&菱神大和』の表記だ。この表記は今後の基準になるだろう。
クラウディソニックはインディーズCDの創作者をバンド名にしていた。尤も既に絶版していてカラオケなど他に著作権の絡む媒体もない。だからこの度怜音さんと大和さんに権利が別れたわけだが、それでもこの曲に関してだけは表記を分けた方がいいらしい。
大和さんは私のやり方に合わせて、他の2曲は作曲と編曲のお金を5人で等分にしてくれた。私はお金のことよりも表記に拘っていたからちょっと残念だったけど、クラウディソニックの曲ばかりは元が私たちの曲じゃないから仕方がない。
そして表題曲のタイトルは『初恋の唄』に決まった。これは以前に大和さんと泉さんが打ち合わせた時に候補を幾つか出し、その中からこの場で、メンバーで決めた。メンバー皆初恋の相手が大和さんで、その大和さんを唄った曲だったから全会一致であった。それにわかりやすいタイトルなので気に入っている。
こうして打合せは進み、やがてそれが終わると泉さんと武村さんが食事を用意してくれていた。晩御飯だ。お寿司の出前を取ってくれていて、この晩はそのメニューに気分が上がった。
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