第五十三楽曲 第四節

 迎えた学園祭本番のダイヤモンドハーレムのステージ。午前中にはゲスト発表者が誰なのか生徒の間では周知されていて、緞帳が上がる前から立ち見でステージ前は埋まった。昨年はステージ前に詰めかけての立ち見を禁止したため、これも2年振りだ。

 そしてブザーの鳴り終わりと同時に緞帳が上がる。すると途端にホールから歓声が上がった。この年ダイヤモンドハーレムは、既に立ち位置に就いている状態からのスタートで、皆衣装の学生服姿だ。


「始まった」


 客席後方では大和が言葉を発する。隣では杏里と響輝がそれを見守っていた。毎年恒例となったダイヤモンドハーレムの備糸高校学園祭のステージ。それもこの年が最後だ。彼女たちの雄姿を目に焼き付けるつもりながら、微笑ましくも観ていた。


 ステージ前列はいつものようにマイクスタンドが3本立つ。センターが古都で、上手側が美和で、下手側に唯が立っている。ステージ後方はドラムセットと希だが、この時ドラムセットは古都の真後ろではなく、古都と唯の間にずらされていた。ゴッドロックカフェのステージと同じ配置である。

 すると緞帳が上がりきると同時に希がカウントを打ち、演奏が始まった。会場のボルテージはみるみる上がる。ライブハウスに足を運んでインディーズCDを買ってくれたファンから、芸能事務所に所属したことで名前を知った生徒まで様々だが、各々がそれぞれのやり方でノリを表現していた。


 そしてイントロからAメロに移行すると古都の美声が観衆の心を掴む。ダイヤモンドハーレムの強みだ。楽曲はインディーズCDに収録した曲でこの日のセットリストを組んでいる。その創作力もダイヤモンドハーレムの強みだ。


 曲は移行し、サビを経てギターソロに移る。その直前。


『ギター! MIWA!』


 古都の張った声にステージ前の立ち見の生徒が上手側に傾く。意識も体重も右に右に寄っていた。美和は満面の笑みで下唇を噛み、見せつけるようにソロを披露した。

 更には童顔ながら激しいドラムアクションの希に萌え、指弾きなのでスラップでもない限り大きなアクションがなくお淑やかな唯に癒される。広い空間ながら、また、音質はいつもより良くないながら、いつもと同じ空間を作るダイヤモンドハーレムだ。


 そして最初の曲が終わり、やがて2曲、3曲と終わってこのステージ唯一のMCが入る。古都は一口水を口に含んでから再びマイクの前に立った。そして質素な公立高校の体育館を見渡す。


『こんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』

『うおー!』


 希がドラムで煽って2年生と3年生が中心となりホールの雰囲気を作る。1年生の中にはステージを知らない生徒が多い。末広バンドのメンバーはステージ脇でローディーだし、ホールでダイヤモンドハーレムのステージを知っているのは古都の妹の裕美くらいだ。


『やっぱりここのステージも私は好きです!』

『うおー!』


 希のクラッシュが響くと同時に美和がギターを鳴らし、ホールは歓声で応えた。唯だけはベースを立てかけて違う動きをしているが。


『だから今年もここに立たせてくれた生徒会と剛田先生、ありがとう!』


 パチパチパチ……。


 会場から拍手が起こった。壁際に立っていた剛田はまさか自分に謝意が向くとは思っておらず、照れて俯いた。2年前はステージ上の古都と言い合って、しかし野球部にバリケードを作られてステージから引きずり下ろせなかった。しかしそれも今ではいい思い出だ。

 そして毎年顔ぶれが変わる生徒会だが、副会長の女子生徒は嬉しさのあまり、目に涙を溜めていた。会長の男子生徒ははにかみながらステージを見守っている。


 ステージ上では唯がキーボードの前に移動した。それは古都と美和の間の後方にあり、このキーボードのスペースを作るためにドラムセットがずらされていたのだ。

 そしてステージ袖から譲二が出て来る。備糸高校の制服姿の彼は誰もがローディーだと思った。いや、客席後方の大和と杏里だけはここ数日のダイヤモンドハーレムを観ているので彼の役割を認識している。


 古都のMCは続く。


『私たち、今年の夏にインディーズデビューをしたんですよ』

「知ってるー!」

「聴いたぞー!」

『えへへ。ありがとう』


 その古都の笑顔に多くの男子生徒が落ちた。それはさて置き、古都は続ける。


『その中で『STEP UP』って曲が夏ドラマのタイアップになったんだけど、知ってるかな?』

「知ってるー!」

「1年の時の学祭でもやった曲だろ?」

「ドラマで超有名になったじゃん!」

『えへへ。ありがとう』


 そしてまた多くの男子生徒が落ちる。話題のタイアップでダイヤモンドハーレムは有名になり、それは社会現象にもなった。この学校も大騒ぎとなり、それ以降、杏里の送迎が続いているくらいだ。


『今から『STEP UP』を演奏したいと思うんだけど――』

『いえーい!』


 認知度の高い曲に歓声が増したので、古都は笑顔のまま間を置いた。そして一息吸う。


『その『STEP UP』を含めた2曲をいつものライブだとできない完全演奏でお届けしたいと思いまーす!』

『いえーい!』


 と盛り上がってはいるが、観衆のほとんどはその意味がわかっていない。それはダイヤモンドハーレムを観慣れている生徒も皆同様だ。


『それに先立ってメンバー紹介! まずはリードギターMIWA!』

『いえーい!』


 古都からの紹介に美和が得意の速弾きを披露した。ホールからの歓声が気持ちいい。


『ドラムNOZOMI!』

『いえーい!』


 続いては希で、彼女もまたドラムを叩いて応える。それにホールは歓声を上げる。


『ベース! 本来はYUIなんだけど、今からの2曲に限ってサポート! 末広バンド1年! 譲二!』

「んん?」

「おお?」


 ダイヤモンドハーレムを良く知る生徒こそ顕著であるが、そのいかつい1年生に首を傾げる。そう、譲二はこの時、唯が立てかけたベースを肩から提げ、マイクスタンドの前に立っていた。彼はこれからの2曲のサポート演奏をするために、ここ数日ダイヤモンドハーレムを手伝っていたのだ。

 その肩から提げられたベースは譲二の長さに調整されたストラップだけが取り換えられている。そして今、譲二はスラップを披露する。


『うおー!』

「がんばれー! 1年!」


 すると状況を理解した観衆が温かい声援をくれるので、譲二は大きく安堵した。このために一晩で2曲を覚え、メンバーからお墨付きをもらったのだ。

 真剣な表情ながらもそれを鼻にかけなかった譲二だが、せっかくもらったチャンスを活かしたく、夜中まで練習をしたことは本人しか知らない。そしてスラップを披露した譲二はポケットからピックを取り出す。彼はピック弾きだ。


 ステージ袖の末広バンドのメンバーは狐に摘ままれた表情をしている。「手伝う」としか聞いていなかった。だからダイヤモンドハーレムの学園祭のステージを手伝うものだと思っていた。それは間違っていない。しかしまさかローディーのみならず、サポートでステージに立つとまでは思ってもいなかった。


『じゃぁ、次こそ唯の紹介ね』

『お!』


 古都の言葉に観衆が反応を見せる。そして古都は腰を捻り、キーボードを向いた。


『キーボート! 本来はベーシストのYUI!』

『いえーい!』


 途端に滑らかな電子音が流れて、それは観衆の声を乗せた。キーボートの弾き手として初めて見るステージからの光景が新鮮で、唯から癒しを与える笑顔が零れた。


 すると一瞬、間が空いた。そして古都が唯を見ながら自分を親指で差すのだ。はっきり言って打合せ不足である。唯は古都の意図を理解したがMCには慣れていないので、ドラムで大抵MCに応える希に目で助けを求めた。

 しかし希の脇に声を拾うマイクは置かれていない。希は有無を言わせいない視線を美和に向け、クイッと顎を振った。美和はやっぱり自分かと苦笑いだ。そして言った。


『最後にボーカルギター! KOTO!』

『うおおおおお! 私がダイヤモンドハーレムのKOTOだー!』

『いーえい!』


 唯と譲二の珍しい配置を紹介しておいて、結局最後は場を持っていく古都である。この時の歓声は一番大きかった。

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