第五十三楽曲 第三節
木曜日の放課後。学園祭のリハーサルを翌日に控えて、ダイヤモンドハーレムのメンバーは杏里の送迎で下校中だ。向かう先はゴッドロックカフェである。
運転手の杏里はちらちらと助手席を見る。いつもは古都の指定席だが、この日古都はセカンドシートにいて、メンバーがセカンドシートとサードシートに2人ずつ乗っている。この日の助手席はガタイのいい男子生徒だ。
「えっと……、誰だっけ?」
「1年で末広バンドの倉知譲二っす!」
譲二の野太い声が車内で響いた。どこか威圧感を覚えて杏里も圧され気味である。もちろん譲二に威圧しているつもりなどないのだが。
そして到着したゴッドロックカフェではダイヤモンドハーレムの練習が始まる。この日は希と泰雅のドラムレッスンがあるため個人練習だ。
この機会に毎週木曜日は唯も大和から個人レッスンを受けているが、この日唯は違った。希と泰雅がステージで個人練習をする一方、バックヤードには古都、美和、唯、大和、譲二が入った。杏里は自分がいられるスペースもないので、ホールで希の練習を見守っていた。
するとバックヤードでは美和が感嘆の声を上げる。
「本当に一晩で……」
「凄いね……」
古都も同様だ。2人の手にはそれぞれギターが握られている。唯も感嘆の表情を浮かべて、彼女はボックステーブルの前に座っていた。大和も一晩と聞いて驚いているのだが、話題の譲二はそれを鼻にかけることもなく真剣である。
やがて2時間の練習時間が終わって大和は開店準備を始めた。泰雅はカウンター席に座り、開店前から酒を煽り始める。その隣で杏里はソフトドリンクだ。本当は酒を飲みたいが、メンバーの送迎が残っているから渋々ノンアルコールである。
そしてこの3人はチラチラとステージを向く。ステージでは練習後に自主練習として、明日のリハーサルに向けたダイヤモンドハーレムが全体練習をしていた。楽曲は学園祭本番のセットリストである。
そのステージで途中、一区切りがついたところで希が言う。
「いいんじゃない?」
これに安堵の表情を見せたのは唯と譲二だ。自分たちと同じリズム隊の希の意見に喜びが隠せなかった。
「やるじゃねぇか」
するとカウンター席で聴いていた泰雅も、グラスを片手に感想を述べる。大和も杏里も納得顔で、頼もしそうにステージからの音を聴いていた。
そして開店時間を迎え、続々と常連客が入って来る。
「でけぇな!」
「うっす!」
大工の田中に弄られては元気に返事をする譲二。更に面白がって田中は言う。
「ちょっと泰雅と並んでみろよ」
「いっすか?」
「なんでだよ!」
譲二がお伺いを立てるものの、泰雅は恥ずかしがって応じようとしない。しかしそれを面白がる輩は他にもいる。希だ。
「師匠、立ちなさい」
「なんで命令形なんだよ?」
「当たり前よ、こんな面白いこと。空気を読みなさい」
「てんめぇ……」
「早く! ドラマーのくせにテンポが悪いのね」
「ぐぅ……」
悔しそうに奥歯を噛む泰雅。大和も杏里もダイヤモンドハーレムのメンバーも、普段は見られない彼の姿に笑っている。すると泰雅は渋々立ち上がった。そして譲二の横に並ぶ。
「ぶっ!」
『あはははは!』
誰が最初かもわからず吹き出すと、その爆笑は店中に広がった。すると食品加工工場の藤田が言う。
「どこの極悪コンビだよ!」
「間違いねぇ!」
それに対して最初に囃し立てた田中が笑うのだ。泰雅は恥ずかしそうにプルプル震えている。若年の譲二は可愛がってもらえたと思っているのか、はたまたこの場に受け入れてもらったと思っているのか、嬉しそうだ。
パシャ! パシャ!
すると聞こえてきたのはシャッター音だ。それに泰雅が慌てた。
「おい! 希! 写真撮るなよ!」
「こんなツーショット撮らないわけにはいかない」
「ちょ! 大和! 店内撮影禁止だろ?」
「いやぁ、今は生演奏中じゃないから、個人間の承諾があれば問題ない」
「俺は承諾してねぇよ!」
「泰雅の場合は希が承諾権者だから」
「んのやろぉ……」
希のスマートフォンにはいかつい風貌の2人が並んだツーショット画像が残った。
そんな賑やかな営業を終えて翌日。備糸高校は学園祭のリハーサルで通常授業はない。そのリハーサルを順調に終えて、更に日付が変わった。学園祭本番である。
「あ! ダイヤモンドハーレム!」
杏里が運んでくれた楽器を下ろし、校舎に向かって校内を歩いていると声をかけてきたのは美和の幼馴染の正樹だ。隣には江里菜もいる。
「今日、ステージ立つのか?」
「そうだよ」
答えたのは背中にギグバッグを背負って、ゴッドロックカフェのギターアンプを押す美和だ。
「知らなかった」
「急遽決まったんだよ。だからプログラムにはゲスト発表者って書いてある」
「あぁ! ゲストってダイヤモンドハーレムだったんだ!」
解せたと言わんばかりに江里菜が反応した。その江里菜に美和が問う。
「今年は2人とも何もやらないの?」
そんな質問の仕方だが、1年生の時は正樹をはじめとした野球部を、2年生の時はモデルに江里菜を巻き込んだのはダイヤモンドハーレムだ。
それに気にすることもなく江里菜は答えた。
「うん。クラス発表の当番だけ。だからステージ観に行くね」
「ありがとう」
「因みにそこの1年ってバンドマンだよな?」
正樹の目が向いたのは一緒に機材を運んでいる譲二だ。ビリビリロックフェスでも他のライブでも見覚えがあった。
「うん。末広バンドのベースの子」
「ローディー?」
「まぁ、そうかもしれないね」
そんな曖昧な美和の声が聞こえているのか、聞こえていないのか、譲二は人一倍運搬をしていた。それは大きい物から重い物まで多岐に渡り積極的で、メンバーはかなり助かっている。
そんな会話を経て、ダイヤモンドハーレムのメンバーは3階の空き教室に入った。機材の一時保管場所にもらったこの場所は、軽音楽部の元部室である。メンバーがこの教室に来るのも久しぶりだ。ただ、また階段を使って機材を動かさなくてはいけないので、骨が折れる。
「ふぅ……」
すると古都が一息吐いた時だった。コンコンとノックの後に、元部室のドアが開く。
「ちぃっす!」
入って来たのは譲二以外の末広バンドのメンバーだ。
「む! どうした?」
一度絡み出すと面倒くさい奴らなので、古都は眉を顰めた。するとラッパーの裕司が古都に言う。
「譲二が手伝いをしてるって聞いたから、俺らも手伝いに来ました」
「むむ。ローディーやってくれるの?」
「はい」
それはありがたい。重くて大きな機材は平面を運ぶだけでも大変なのに、ここからは階段もある。男手があるのは助かる。
するとボーカルギターの健吾がチラチラと希を見る。顔は少しばかり紅潮しているが、希はそんな健吾に気づかない振りをする。
「じゃぁ、ステージは昼の2時からだから、1時にここに来てくれる?」
「わかりました!」
「倉知君もそれまでは学園祭を楽しんで来なよ?」
「はいっす。また来ます」
譲二は末広バンドのメンバーの輪に加わって元部室を出て行った。するとその背中を見送りながら唯が言う。
「倉知君に触発されてお手伝いをしてくれるのはありがたいけど、でも、その倉知君が1人だけこうして動いてたことに、複雑な気持ちにならないのかな?」
これには古都も美和も希も「ふぅ……」とため息を吐いてしまった。
唯の言う意図は同じバンドのバンドマンながら、譲二は1人で動いてダイヤモンドハーレムに関わっていることを言っている。それで熱量の違いを感じないのか、他のメンバーからは焦りや嫉妬などの負の表情が見えなかった。それが寂しく思った。
健吾は活動より希にお熱だったし、裕司はいい意味でも悪い意味でもチャラくて底抜けに明るい。リードギターの巧は相変わらずツンとしていて内面が見えなかった。だから真剣にバンドをやりたいと思っている譲二を思いやる。譲二の音楽に対する気持ちはこの数日間だけで痛感したものだ。
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