第五十二楽曲 第四節

 月曜日のこの日、大和はまだ自宅にいる時に泉から電話を受けた。


「え? ダメなの?」

『うん。もうちょっとインパクトのある曲がほしい』

「インパクトって表題曲じゃダメなの?」

『表題曲のクオリティは満足してるし、凄く期待してる』

「それなのにカップリングにもインパクトがほしいの?」

『うん。今時カップリングだってバカにできない。それこそ他のアーティストではカップリング曲がファン投票で上位になったり、ライブでは欠かせない曲になったりしてるから』

「そっか……」


 話の内容は、ダイヤモンドハーレムのメジャーデビューCDに収録するカップリング曲のことだ。大和は完成している候補曲を泉に送っていたが、泉、つまりレーベルの意向として否決である旨を伝えられている。


 作曲家として依頼が来る時は、表題曲であれ、カップリング曲であれ、単発の依頼だ。1枚のCDに対して全ての楽曲の依頼が来ることは稀だし、大和にその経験はジャパニカンミュージックを含め、未だない。

 しかし今回は自身がプロデュースを引き受けているダイヤモンドハーレムのデビューシングルだ。収録全ての楽曲に対してダイヤモンドハーレムと一緒に大和が関わり、レーベルの納得が必要である。泉が担当として納得を示さないのは今までの作曲活動の中で経験がなかったので、大和は戸惑っている。


 因みに、カップリングの1曲はクラウディソニックの楽曲に決まっている。もう1曲が決まらない状況だ。そしてその候補として送り否決されたのは、インディーズCD制作の際、『STEP UP』に押し出された楽曲だ。

 但し、古都が書き溜めた曲はたくさんある。ただ詞と編曲アレンジはまだなのでそれを進めなければならず、そしてレコーディングは冬休み中だと決まった。だから曲を完成させて泉の首を縦に振らせるためには時間があまりない。


『とにかく来月中には候補曲提出してよ? 冬休みに入る前に決めないといけないから』

「そうだよね、わかった」


 そう言って電話を切ると大和は店に下り、バックヤードに身を入れた。パソコンの中には古都が書き溜めた曲が多数収録されている。大和はそれを1曲1曲聴いた。候補曲として提出するのに相応しい曲を探し、編曲アレンジのイメージを膨らませている。


 そうしていると時間はあっという間に過ぎ、夕方だ。学校を終えたダイヤモンドハーレムのメンバーが杏里の送迎にて制服姿でやって来た。これから全体練習である。

 大和は一度手を止め、ダイヤモンドハーレムの練習に付き合った。その練習を見ていると、かなり演奏ができるようになったと思う。


 美和は響輝からの意見にもあるように、既に彼と比較して演奏技術に遜色がない。アドリブなどのセンスはもう少し経験が欲しいところだが、それでもまだ18歳だ。慌ててはいないし、メジャーデビューを迎えるに当たって現時点で恥ずかしくないと思っている。

 唯は大和から直接の指導もあってベースの腕が格段に伸びた。まだまだ追い越されはしまいと大和自身闘志を燃やすが、しかしうかうかもしていられない。そんな教え子の彼女が頼もしい。


 希に関してはもう文句なしである。難易度が高いスターベイツの楽曲を叩き切ったことは記憶に新しく、未だに驚きが隠せない。演奏を見ていると高レベルで全体を支えているから、まぐれではないと感心する。

 そして古都だ。演奏技術こそ同じギターパートの美和には劣るが、とは言えその演奏力は格段に伸びた。そして聴衆を虜にする美声と彼女の創作センスである。これこそダイヤモンドハーレムの強みだ。


 そんなふうに大和は、自身がプロデュースする4人の軽音女子を見ながら、この日の練習を切り上げた。その後は店の開店準備で、ステージでは希が個人練習に残り、バックヤードでは美和と唯が個人練習を始めた。

 大和がカウンターの中にいると、カウンター席に古都と杏里が着いた。古都はルーズリーフを広げながら大和に言う。


「私、ここで作詞しててもいい?」

「あぁ、うん……」


 すると杏里が大和の異変に気づく。と言っても、ほとんど表情にも出ていないほど些細なもので、返事の歯切れが悪いように感じただけだ。


「どうしたの? なんかあった?」


 大和は杏里と古都にソフトドリンクを出しながら、考え事をしていることを杏里に悟られてやや驚く。さすがに杏里は長年の付き合いだから見逃さなかったようだ。


「うん……。提出したカップリング曲が通らなくてさ……」

「ふーん」


 その薄い返事は古都だった。大和はそれが意外に思う。すると古都は続けた。


「まぁ、しょうがないよ。次の曲作ろう?」


 一瞬真顔になった大和だが、すぐに笑みを浮かべた。曲が通らないことなどこれから多々あるのに、それを1曲通らなかったくらいで何を落ち込んでいるのか。古都を見習わなければならないなという、そんな自虐的な笑みだった。


「そうだね。前を向こう」

「そう、そう。その調子。また私の曲に大和さんが魔法をかけてくれることに期待してるから」


 古都の明るくて前向きな言葉が大和に染みた。


「因みに、今書いてる詞は既に曲ができてる分?」

「ううん。違うよ。一から書いてる」

「そっか。テーマは?」

「色々あるから、こっちに手をつけては、あっちに手をつけてを繰り返してる」

「あはは」


 大和の乾いた笑いの理由は、あまりテーマへの意識をコロコロ変えることが推奨できないからだが、それでも自分の創作の手が詰まっている今、口に出して言うのも憚られた。

 すると古都が杏里に言う。


「例えば杏里さんはこういう詞を書いてほしいとかある?」

「え? あたし?」


 意表を突かれて杏里は呆けた顔をする。そんな彼女に古都は笑顔を向けた。


「うん、うん。私たちだけだとさ、凝り固まっちゃうから。色んな視点の意見がほしいなって思って」

「うーん……、それなら1つあるっちゃ、あるけど……」

「なに?」

「タローのこと」


 古都と大和はドキッと大きく脈打った。特に大和からすれば、クラウディソニックの薬物事件は杏里にとって絶大なアレルギーだと思っている。それなのにそこに結び付くことが、杏里の口から出るとは思っていなかった。

 すると杏里は自身の考えを補足する。


「ぶっちゃけはっきり言うとお金のため。これで話題が取れればダイヤモンドハーレムのファンが増えて、そうすると遡ってインディーズの音楽配信が伸びるかもしれない。それは残されたタローの家族に利益をもたらすから」


 これにはなるほど、と納得した古都と大和。そんな2人の表情を理解して杏里は続けた。


「ただ、ストレートにタローのことを書くと、事故のことで暗い曲になっちゃうから、タローの家族の今後を応援する曲がいいと思う。あたしたち元クラソニ関係者だとそれをしたら失礼になるけど、ダイヤモンドハーレムなら遺族の理解は得られるかもしれないから」

「へへ。わかったよ、杏里さん。書いてみる」

「ふふ。期待してる」


 杏里は自分の意見が通ったことに少しばかり嬉しそうだ。

 この後古都は店が開店するまでの1時間ほどで1コーラス分の詞を書き上げた。そして開店後は常連客に隣を確保されて歓談だが、この日は平日なので週末に比べれば来客数は多くない。しかし9月からの平日は、メンバーが揃っているゴッドロックカフェなので盛り上がっている。

 そんな和気藹々とした雰囲気の中、21時を過ぎた頃だった。


「ふぁっ!」


 突然古都が立ち上がる。周囲の客は古都の動きに驚くが、ここで冷静なのは大和だ。自分にも経験があることなので、古都に何があったのかを察するところがあった。


「降りてきたんだろ? バックヤードに行って来いよ?」

「うん! そうする!」


 古都は大和に元気よく返事をすると、すかさずバックヤードに身を入れた。そう、古都に曲のイメージが降って来たのだ。杏里はやれやれと思いながらも、これがアーティストの形なのは散々知っている。だからマネージャーとして古都の自宅に電話を入れた。

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