第五十二楽曲 第三節
週が明けて月曜日。始業の時間を待つ間、古都に声をかけたのは隣の席のジミィ君だ。その話題の中でのこと。
「雲雀、昨日のラジオ聴いたぞ」
「あ、本当? 遅い時間にありがとう」
前日はメンバー全員で地元FM局にてラジオ出演があった。収録は昼間に行ったが、オンエアは夜中だったので聴いてくれたことに古都は喜ぶ。
「もう完全に有名人だな」
「事務所に所属してるからね」
まぁ、ここで謙遜の言葉も出ないのが古都だ。実際、ラジオではSNSやメールを通して多くの質問やメッセージが寄せられていた。それを聴いていたジミィ君だからこの感想だ。
「卒業後は東京なのか?」
「そうだよ。メ――」
ゴンッ。
「うぅ……、痛ぇよぉ……」
古都は硬い物で頭を小突かれてしまった。涙目で患部を押さえて机に突っ伏す。ジミィ君は顔を上げて笑顔が引き攣る。
「バカ古都」
希の登場である。彼女は持っていたスマートフォンで古都を攻撃していた。そんな希は辛辣な言葉を古都に浴びせた後、古都に耳打ちをする。
「メジャーデビューの内定はまだオフレコでしょ」
「あぁ、そうか……」
「常連さんたちは大人だから許してもらったけど、さすがに高校生はマズい」
確かに、と納得する古都。信用に足るジミィ君ではあるが、希の言うことは正論だ。若年層を相手にする時こそ、こういう話題には気をつけなくてはならない。
一方、少し離れた場所では美和と唯がクラスメイトと固まっており、やはりこちらも昨晩のラジオのオンエアが話題のようだ。しかしメジャーデビューの話には触れていない。もちろん、昨晩のラジオでも触れていない。古都が取材を受けた雑誌の発売は来月下旬だ。
「そう言えば、雲雀」
するとジミィ君が話題を転換する。希の行動は解せていないが、他に気になることがあるようだ。
「今年は学園祭出ないのか?」
「はっ! なんたる不覚!」
どうやら失念していたようである。とは言え、夏休み明けからはドラッグ撲滅フェスの準備に、それから正式に始まった芸能活動に忙殺されていたのだから無理もない。
ただ、そんな中でもこのジミィ先生のおかげで中間テストの赤点だけは回避している。大学はジャパニカン芸能の計らいにより推薦で通してもらえるとは言え、赤点は宜しくない。それはそもそも高校を卒業できないことを意味するから。
すると話を聞いていた希が釘を刺す。
「古都、今年の学園祭は無理よ」
「え? なんで?」
「いくら母校の学園祭とは言え、事務所を通さずにステージに上がるわけにはいかない。それにもう有志発表の受付も間に合わないし」
「う……」
またも希の正論である。これにはさすが元マネージャー補佐だと感心する古都である。するとジミィ君は眼鏡の奥の瞳を曇らせて言った。
「そっか。それは残念だな。毎年の楽しみだったんだけど」
「まぁ、こればかりはしょうがないよね」
「因みに話を戻すけど、東京に行ったら音楽活動に集中するんだよな?」
「ううん。大学に行きながらだよ」
「え? そうなの?」
「うん」
勉強を教えている割にジミィ君はそこまでの認識がなかったようである。するとジミィ君は閃いたように言う。
「じゃぁ、俺も東京の大学を受けようかな……」
「え? 本当? それなら東京でも同郷同士仲良くできるね」
古都が麗しい笑顔でそんなことを言うものだから、ジミィ君は真っ赤である。しかしまたも希が口を挟む。
「ジミィ君」
「は、はい……」
緊張を見せるジミィ君。実は希のことが苦手である。無表情、不愛想、目が怖い、何を考えているのかわからない。単純にこういったところが原因だ。嫌っているわけではない。あくまで苦手なだけだ。
「女のケツを追っかけて進路を選ぶの?」
「う……」
「東京の大学でないと絶対ダメな理由があるなら止めない。けど県内にだってピンからキリまで色んな大学が揃ってる。ジミィ君の成績なら大学は選ぶほどあるでしょ? 東京でないといけない理由があるの?」
「いや、ないです……」
「そっ。それなら目先のことで自分の将来を見失わないで」
「は、はい……」
またも正論。古都はポカンと希を見上げるばかりだ。ジミィ君はしょんぼり肩を落とした。しかし希はまだ自分の席には進まず、言い加えた。
「いつも応援してくれてありがとう。ダイヤモンドハーレムは拠点を東京に移しても地元を忘れないし、ライブやイベントでも来るから、これからも応援してもらえると嬉しい」
そう言うと希はテクテクと自席に行った。まさか希からそんなことを言われるとは思っておらず、ジミィ君は呆けた表情を見せる。すると古都が言う。
「だよ? ジミィ君。もちろん私もメンバーだから同じ気持ち」
「う、うん!」
推しメンの古都に言われてジミィ君は元気になった。温かいものが胸に広がる思いだ。
そして今離れた希と、離れた場所にいる美和と唯だ。こうしてオフレコのことに緊張はしつつも、週末の練習の時に大和の上京も聞いた。これに喜んだものだ。愛する大和から離れないことに、顔には出さないが浮かれているのも事実である。
やがて昼休みになるとダイヤモンドハーレムのメンバーは机を寄せて4人で固まる。朝から6限分授業が詰まっている彼女たちにとって、昼休みはSNSをチェックする貴重な時間でもある。
「リプ増えたね」
「フォロワーさんも増えた」
食事を進めながら美和と唯がそんな会話を交わす。古都と希も食事を進めながらスマートフォンを覗いていた。そんな中、美和が言葉を続ける。
「ツイッターのレ点が未だに慣れないや」
「だよね。現実味がないって言うか、見ても実感が薄いって言うか」
苦笑いを浮かべて唯が答えた。
9月から芸能事務所のマネージング契約が始まったことで、メンバーのツイッターアカウントは新しくなっていた。そして認証バッジのレ点が付いている。これが芸能人であることを強調するので、それに慣れないのだ。
そして驚くのが何か適当な話題でツイートをした時の反応の速さだ。すぐにいいねやリツイートなどの反応がある。更にはリプライも届く。その数が多くてまともに返信はできないが、一通り目は通している。
これもインディーズ楽曲のタイアップ効果と、ビリビリロックフェスによる効果だ。アカウントが新しくなってから、フォロワーも爆発的に増えていた。つまりファンが増えたのだ。
因みに今までのホームページは既に閉じていて、プロダクションの公式ホームページに移行している。
「むー」
そして難しい顔をしながら箸を咥えるのは古都だ。目はスマートフォンにあって、食事もろくに進まない。そんな彼女を見て唯が言う。
「あはは。古都ちゃんへの反応って数が凄いからね」
「読むのが大変。けどやっぱり嬉しい」
顔を上げた古都は眉尻を垂らしながらも笑顔を見せる。ただそんな会話は交わされるが、美和も唯も希もかなりの数の反応がある。確かに古都は段違いだが、他のメンバーも間違いなく芸能人の端くれだ。
古都に届くリプライには基本的に雑談が多い。応援しているが故、いち早く反応をしたいのだろうということは読み取れる。ライブが決まれば「行く」などの反応も来るので、そういう場合は応援の言葉がストレートだ。古都はそれに喜んでいる。
中には好意を寄せる文面もある。しかしこれも芸能人故にくるものなのかなと思い、古都は然して反応を示さない。ただそういうリプライでも相手はファンだから大事に思っていて、しっかり読んでいる。
そして時々声を出して笑うほど面白いネタを送ってくるファンもいる。他には興味深い文面を送ってくるファンもいる。そんなファンには古都自らいいねを付けたり、引用ツイートにて反応を示したりしている。
こうして彼女は彼女なりのやり方でファンとの交流を楽しみ、ファンを大事にしていた。それは他のメンバーも倣うところだった。
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