第五十二楽曲 第一節
ゴッドロックカフェに到着した大和と古都は、大和が部屋に荷物を置くためにまずは2階の自宅に上がった。この時既に20時で、店は開店してから1時間だ。古都以外のメンバー3人を常連客が囲ういつもの週末を1階に想像し、2階の自宅の玄関ドアを開けた。
しかし……。
「あれ?」
「ん?」
大和の声に古都が続いて首を傾げた。鍵は閉まっていたが部屋の照明が点いている。すると床をパタパタ踏み鳴らして、3人の学生服姿の女子が玄関まで駆け寄って来た。美和と唯と希だ。
「おかえりなさい」
「ただいま。なんで僕の部屋にいるの?」
最初に声をかけてきた美和に大和が問う。
「それが、開店なり杏里さんからお店を追い出されちゃって……」
「え? どういうこと?」
「私たちもわからなくて。けど、大和さんと古都が帰って来たら入っていいって言われたから、唯が持ってる合鍵でここにいたんです」
「ふーん」
と薄い返事をするものの大和は解せない。もちろん隣の古都も解せない。とりあえず大和は荷物を置くと、メンバーを引き連れて1階まで下りた。イレギュラーな事が起こっているので、メジャーデビューの報告も意識の外だ。
すると美和と唯と希は屋外階段を下りたところで一度立ち止まる。そして希が言う。
「そう言えば、表から入って来いって言われてた」
「へ? そうなの?」
まったくもって杏里の魂胆がわからず大和は間抜けな声を出す。ともあれ入店を拒まれているわけではないから、建物をぐるっと回って表に移動した。そして重い扉を開け、前室を抜けて更に扉を開ける。
パンッ! パンッ! パンッ!
すると乾いた破壊音と共に無数のクラッカーが大和とダイヤモンドハーレムを襲った。驚いた5人は肩に力が入っていて、少しばかり委縮しながら視線を上げる。
『おめでとう!』
途端に続くのは野太い複数人の祝辞の声だ。大和とダイヤモンドハーレムのメンバーはポカンとした。視界に映るのは、週末の来店は欠かさない常連客がホールにいて、カウンターの中に杏里という構図だ。その杏里も引き終わったクラッカーを手に持っていて、満面の笑みを浮かべている。
更に驚くのは飾り付けられた店内だ。バルーンなどで鮮やかな内装になっており、シックな雰囲気の店には合わない。それこそキャバクラのイベントのようである。――と、大和が理解した瞬間、夜の店に行き慣れた客の誰かが主導して飾り付けたのだろうということだけはわかった。
「なに? なに?」
未だにパニック状態の大和が杏里に向いて言う。とりあえずと言った感じでダイヤモンドハーレムのメンバーは客席に歩を進め、大和はカウンターの中に身を入れた。大和の位置から見える客席には多くの常連客に響輝に勝がいる。皆例外なく満面の笑みだ。
「えへへん」
すぐ隣まで来た大和に対して杏里は破顔させていた。ダイヤモンドハーレムのメンバーは常連客が空けた席に座らされるが、未だに解せないので表情が薄い。
「大和、嬢ちゃんたち」
すると口を開いたのは端席でウィスキーのロックを飲んでいた、白髭の河野だ。響輝がその隣でビールを飲んでいる。大和もメンバーも河野に視線を向けた。
「メジャーデビュー決まったんだってな?」
「はっ!」
「……」
「……」
「……」
驚いて声を張った大和に対して、何を言われているのかわからず呆けた表情をするのは古都以外のダイヤモンドハーレムのメンバーだ。言葉も出ない。しかし次の瞬間、古都の声が店内を切り裂く。
「ふぁっ! なんで知ってるんですか!?」
「え?」
「へ?」
「むむ」
古都の反応に他のメンバー3人からやっと声が出るが、言葉にはなっていない。すると大和の隣にいた杏里が大和に向かって続けた。
「夕方、開店準備してたら泉から連絡が来たんだよ」
「マジで……?」
「うん。ダイヤモンドハーレムのメジャーデビューが決まって、それを大和と古都に伝えたって。口外無用で常連さんには言ってもいいって言われたから」
「あんにゃろう」
報告の場を完全に持っていかれて悪態を吐く大和。悪戯に笑う泉の顔が目に浮かぶようだ。確かに新幹線の中で泉に連絡を取って常連客への公表をしてもいいかの確認を取ったと思い出す。それを逆手に杏里経由で先に報告されていたようだ。
「だからすぐに常連さんたちに連絡して、そしたら皆でお祝いしようってことで今日はこうなったの」
この店内の飾り付けはこういうことらしい。それにしても古都以外のメンバー3人が店を追い出されてから1時間で、よくここまで準備したものだと感心する。
「サプライズ成功だな」
するとカウンター席に座る山田が満足そうに言った。しかしもし、大和と古都が先に自宅に上がらず真っ直ぐ店に入って来ていたら、このサプライズは失敗であった。大和は内心でそんなことを思って苦笑いだ。
そして古都以外のメンバー3人は未だに呆然としている。一方、古都は祝ってもらった喜びを実感して始めて笑みが浮かぶ。
「大和さん……どういうことですか?」
そんな中、声を絞り出して問い掛けるのは唯だ。大和は柔らかな笑みを浮かべると答えた。
「うん。杏里が言ったとおり、メジャーデビューが決まった」
「え!?」
「むむむ!」
「本当ですか!?」
カウンターテーブルに身を乗り出したのは美和である。彼女がライブ以外でこれほど興奮を見せるのも珍しいが、大和はそれすらも微笑ましく思う。
「うん、本当。こないだ提出した曲が通ったって」
「だよ、だよ」
これにルンルン気分の古都が続いた。そして徐々に言葉の意味を実感して、美和も唯も歓声を上げる。
「やったー!」
「きゃっ! 嬉しい!」
「見たか! 師匠!」
希はそんなことを言うが、生憎仕事中の泰雅はこの場にいない。後に大和から報告が行くことだろう。
「よし! 杏里! シャンパン出せ!」
そう言って声を張るのは田中だ。祝い酒である。それに他の常連客たちも続々と続く。やっぱりキャバクラのイベントのノリである。尤もキャストはいないし、女子高生は酒を飲まないし、そもそも客単価も段違いに安い店ではあるが。
こうしてこの日の営業は終始ドンチャン騒ぎとなり、やがてダイヤモンドハーレムのメンバーは勝の車で帰って行った。そして閉店時間を過ぎると常連客も捌けて、店に残ったのは大和と杏里と響輝である。
響輝が1人カウンターで飲んでいる一方、大和と杏里は片づけだ。大和はカウンターの中で手を動かしながら杏里に言う。
「今日はありがとうな」
「ううん。皆の気持ちだから」
「それもだし、あと、メンバーの送迎もあるのに開店任されてくれて」
「あぁ。今日は休日出勤扱いの時間給だから気にしないで。勝さんもいたから最後の送迎は任せられたし。私がやったのは登下校だけだからお酒も飲めて良かったよ」
「そっか」
言葉のとおり杏里もこの日は飲んでいて、少し酔っているのでご機嫌だ。これは大和も同様である。客席側の響輝なんかは酔いが顕著だ。暗い出来事で沈んでいたので、久しぶりに美味い酒が飲めたことに3人ともホッとしている。
「今日さ、東京で生活するとこ見つけてきた」
「そうなの? どんなとこ?」
「一戸建ての店舗併用住宅。そこの店舗部分を改装して今後の僕の仕事場にする」
「いいじゃん! できたら見に行く!」
興味を示したのは響輝だ。大和はそれに笑顔を返した。3月からバーの経営は手を離れるが、それからは作曲家とアレンジャーと創作の講師とプロデューサーである。響輝は羨む気持ちも胸に、大和の今後に期待した。
すると「改装」という言葉を聞いて杏里が思い出したように言う。
「大和、相談がある」
「ん? なに?」
「大和が出てからここの2階を音楽スタジオに改装したらダメかな?」
「え? 住まないの?」
杏里はどこか薄っすら笑っているように見える。しかし俯いて手を動かしているので、大和にとっては杏里の表情がどういう心境を思わせるのか確信は得られない。すると杏里が意図を話し始めた。
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