第五十一楽曲 第三節

 そしてやってきた3件目。車を降りた大和は唖然とする。


「ここ……更地じゃん……」

「うーん、高台で広々してて気持ちいいね」


 一方、泉は伸びをしながら呑気なことを言う。古都はすでに敷地に入っていて、犬のように走り回っていた。

 泉の言うとおりこの場所は高台にある。そして大和が唖然としているように更地で、視界を遮るものが少なく、眼下には住宅街が見下ろせる。確かに景色も日当たりもいい。


「泉?」

「なに?」

「建物は?」

「ないよ」


 泉があまりにも呆気らかんと言うので大和は二の句が繋げない。それに補足を入れてくれたのは権田だ。


「ここは現在、事業用定期借地の条件で募集がかけられています」

「事業用定期借地?」


 大和は聞き慣れないその言葉を鸚鵡返しに口にする。権田は相変わらず愛想のいい営業スマイルで説明を続けた。


「はい。事業をする方の事業所を建てるための土地貸しです」

「それって……、住居の併用はいいんですか?」

「事業用定期借地での契約はできませんが、土地の所有権者さんが自宅兼で希望する方が見えたら、定期借地での契約も考慮してくれると言っております」

「えっと……、それって建物は誰が建てるんですか?」

「それは借主となる事業者様です」

「……」


 つまり大和だ。改装工事どころではない。新築工事が必要な物件であった。なぜ泉はこんな物件を見繕ったのか、大和は唖然とするばかりである。


「泉、いとも簡単に予算オーバーだよ」

「へ? 大和めっちゃ稼いでるじゃん」

「……」


 ここまで行動を共にして改めて思い出すが、泉は大和に印税や楽曲制作費をもたらすジャパニカングループの社員であった。大和の創作面の収入は把握している。


「大和さん、そんなに稼いでたんだ」


 するとどこから湧いて来たのか、古都が大和のすぐ横で話を聞いていた。大和の認識ではこの視界を遮るものがない更地を走り回っていたと思うのだが。今古都は後ろで手を組んで、風で髪を靡かせて麗しい視線で大和を見据えている。


 ――あぁ、やっぱり可愛いなぁ。


 とりあえず惚気は後にして、大和は古都に稼ぎを知られた事実から目を逸らす。そして泉に目を戻した。


「さすがに自宅兼職場を建てるだけの預金はないよ」

「じゃぁ、融資を組めばいいでしょ?」

「……」


 事も無げに借金をしろと言う泉に大和は呆れる。ただ確かに事業用なのだから融資を受ける事業者が多数派なのかなとは思う。しかし大和に融資を受ける考えはなかったし、そもそもどういう手続きをしたらいいのかもわからない。


「因みにですが……」


 すると権田が口を挟んだ。大和は呆れ顔を整えて権田に向く。


「この物件での菱神様のご融資でしたら事前審査が通っております」

「はぃい!?」


 驚きのあまり大和は素になって声を張った。融資の事前審査が通っている? そんなバカな。手続きをした記憶が一切ないから大和は驚愕する。


「あはは。私が書類を書いといたよ?」

「……」


 それはグレーゾーン……いや、ブラック行為ではないのかと大和は呆れを通り越してしまった。また、権田もその事実は知らなかったのか、苦虫を噛み潰したような表情をしている。しかしそんな男2人に構うことなく泉は言うのだ。


「権田さんから申込書をもらってたから、私の方でちゃっちゃと書いちゃった。テヘペロ」


 齢25歳を迎える泉だが、そんな表情も似合う。――って感心している場合ではなくて、大和は一言物申そうと口を開いた。しかしその時だった。


「ナイス! 泉さん。私と大和さんの愛の巣を新築で設計してもらうね」


 能天気な古都である。あまり話に入って来ないでほしいと思う大和だが、そんな彼を泉は気にしない。


「えー、それだったら私も一緒に住まわせてよ?」

「それはダメです! 今のカ――んんっ!」


 大和は慌てて古都の口を塞いだ。私人を前に芸能人の古都はなんてことを口走ろうとしているのだ。しかし泉は咎めるどころかお守りをする大和を見て笑い、更にその後はキリッと古都を見据えるのだ。


「とにかく!」


 大和は泉が言葉を発する前に口を開いた。このままでは女の闘いが始まってしまうので、話を本題に戻した。


「建物を自分で購入なんて考えはなかったよ!」

「あのぉ……、もし宜しければ支払い計画だけでもご覧になりませんか?」


 すると権田が恐縮そうにそんなことを言うのだ。権田としてはせっかく銀行の手配もして準備をしてきたのだからこのままでは報われない。大和はそれを理解して権田が持っていた書類に渋々目を通した。


「う……。予算オーバーです」

「そうですか……」

「はい。建物のローンに加えて土地の賃料が加わるから、この毎月の支払いはきついです」

「残念ですが、仕方ありませんね」


 ということで一行は車に乗り込み、次の目的地に向かった。そこで両手を握られた大和は泉に問う。


「勝手に融資の審査なんてするなよ?」

「あはは。けど、大和の所有になる物件なんだからいいでしょ? 免許証のコピーや課税証明も提出してくれたし」

「……」


 そう言えば、と思い出す大和。泉だからと油断していたが、件の書類など諸々を泉に送った。ただしかし、いくら信頼関係のある泉が相手とは言え、使途を確認せずに提供した大和にも問題がある。

 そんな反省の道中を経て、一行は次なる物件に到着した。


「また更地……」


 である。

 次の物件は閑静な住宅街のはずれにある広めの土地だった。唖然とする大和に権田がフォローを入れる。


「今度は借地ではなく、売地です」

「売地!?」


 大和の目はまん丸だ。相変わらず泉は涼しい顔をしているが、もうなんでもありで探したのだなと思い至る。古都も古都で相変わらず目を輝かせて、この場所の将来像にワクワクしていた。


「因みにここも融資の事前審査が通ってます」


 そう言って支払い計画を手渡された大和は、資料に目を落とす前に権田に問い掛けた。


「あのぉ……、違う2物件を銀行は審査してくれるものなんですか?」

「いえ。それは原則ありません。先ほどの定期借地はABC銀行で、この物件はXYZ銀行で事前審査を通しております。その際必要な図面と見積りはこちらで仮のものをご用意させて頂きました」


 仕事が早いようで何よりだと思う反面、だからこそ泉の暴走には敏感になってほしいと切に願う大和である。


「それで、いかがでしょうか?」


 権田が支払い計画の感想を問うてくる。大和は書類に目を落とした。


「え? さっきより月々の支払いが少ないですね?」

「はい。この物件ですと土地と建物の合計でローンを組みますが、結果的に先ほどの物件より毎月のご負担を抑えられました」


 とのことなので、大和はじっくり書類を見た。1件目と2件目は告知物件だったとは言え、建物があったから現物に見学の時間がかかった。しかし3件目と4件目は更地なので、資料の方に多くの時間を割く。交通の便や金額などだ。

 そもそもの話だが、売り物件か賃貸物件の違いは物件資料に書いてあるし、金額も売値か月額の賃料で桁が違うのだから、不動産屋で資料を広げられた時に気づくはずだ。つまり泉任せでろくに書類を見ていなかった大和である。


「はぁ……、けどやっぱり支払い自体はきついですね……」

「そうですか……」


 するとあからさまに肩を落とす権田。なかなか報われず根気のいる仕事である。そんな中、泉が頬を膨らます。


「もうっ! 用意できた物件はこの4件しかないんだからこの中から決めてよ!」


 そんなことを言われても、むしろこんな物件ばかり用意しやがってと大和は内心で嘆く。とは言え、泉任せにした自分にも非はあるのだから強くは言えない。しかし予算に妥協もできないから首を縦に振ることも叶わない。

 するとその時だった。権田の頭上に灯りがともった。


「そうだ! そう言えば実は、昨日売却の依頼を受けたばかりでまだ売り出しをかけていない物件があるんですよ」

「そうなんですか?」


 と興味を持ったように装う大和だが、4件見て回ってもう疲弊しているし、またも売り物件なので実はあまり関心がない。


「今、鍵も持ってますし、空き家なのですぐに内覧もできるので、良かったらご覧になりますか?」


 とは言え、そろそろ日が傾き始めた。それに疲れた。大和はカフェの仕事を理由に断ろうと思った。


「「ぜひ!」」


 しかし返事をしたのは見事に声をシンクロさせた古都と泉だった。

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