第四十五楽曲 第四節
セカンドステージのステージ袖で少しばかり目を見開く小林。彼はスネイクソウルのマネージャーで、この時スネイクソウルのメンバーと対面していた。
「お前ら、そんな勝負をしてたのか?」
「はい。だから俺たちが勝ったらダイヤモンドハーレムを徹底的に潰したいんで、よろしくお願いします」
「ふふ。面白い。まぁ、そんな勝負がなくても徹底的に潰すつもりだったがな」
「頼もしいっす。それじゃぁ、行ってきます」
「あぁ。行ってこい」
小林はスネイクソウルをステージに送り出した。途端に歓声が上がるセカンドステージの客席。メンバーは一様に満足そうな笑みで客席を見渡す。7千人以上が入っている。これからもっと増えるだろうと期待もしていた。そんな彼らのパフォーマンスは始まった。
「ちょ、響輝。はぁ、はぁ、早い……」
「すまん。けどもう入り口だから急げ」
「わ、かって、る……」
その少し前、手を繋ぎながらサードステージの入場ゲートに到着したのは響輝と杏里だ。曇っているとは言え、真夏のこの日の気温は高い。そんな中群衆を掻き分けながら走ったのだ。
ビリビリロックフェスは、フェス会場の入場ゲートから一番遠いステージの入場ゲートまで、スムーズに歩いて30分ほどかかる。それほど広大な場所で行われるフェスだ。それを人でごった返す通路を歩くと、メインステージの入場ゲートからサードステージの入場ゲートまで20分ほどかかる。それを走って来た。
「はぁ、はぁ、間に合った……」
「だな」
響輝と杏里が到着したサードステージでは程なくして、セーラー服衣装のダイヤモンドハーレムが登場した。そのメンバーは客席を見回して呆気に取られる。
――2千人ってこんなに多いの?
表情には出さないものの、メンバー皆思うところは同じであった。初めて見るその観衆の規模に感覚が掴めない。昨夏の湘南のビーチライブより明らかに多い。しかし実はこの時サードステージは、既に3千人を超えていた。ダイヤモンドハーレムは一度控室を出てから戻っておらず、モニターを見ていない。
メンバーがいつもの登場のとおり満面の笑みで手を振ると各々楽器を提げたり、椅子に座ってスティックを握ったりした。それを見ながら響輝と杏里は言葉を交わす。
「もう前には行けないね」
「だな。けど、入れて良かったよ」
「そうだね。この後下手したら――」
ジャーン!
美和の豪快なパワーコードが会話を遮った。途端に希と唯も自分の楽器を鳴らす。そして古都の綺麗に通るハイトーンボイスが曇り空に舞い上がった。
『ビリビリロックフェス! 私たちがダイヤモンドハーレムだぁぁぁ!』
シャン・シャン・シャン・シャン
そんな挨拶に続いて希がオープンハイハットを4回鳴らし、ダイヤモンドハーレムの演奏が始まった。
ツインペダルとクラッシュシンバルを多用したイントロは疾走感を与え、歪の効いたディストーションサウンドが躍動感あるリフを構築する。ルートを中心に所々うねらせる重低音は生き物のようで、イントロに合いの手を入れる高音の美声が観衆を煽る。
裏拍で叫ぶ観衆はスピーカーからの音量に負けるまいかと腹から声を出して、それはダイヤモンドハーレムの楽曲と一緒に厚くかかった雲へと喧嘩を売った。すると観衆の突き上げた拳に圧されるように雲が割れ、光柱が舞い降りた。
そして事は起こる。まずは同じく演奏が始まったばかりのセカンドステージだ。
――え? なんで……?
スネイクソウルのボーカルは歌いながらに内心で唖然とする。それは演奏が始まる前までの観客の様子だ。
「セカンドステージのスターベイツが解散宣言したって」
「マジで!?」
ツイッターを見ながらの会話であった。
「しかもこの次に上がるダイヤモンドハーレムやメガパンクを推してたらしいぞ?」
「メガパンクは知ってるな。ダイヤモンドハーレムって?」
「あれだよ、あれ。今、学園もののドラマやってるじゃん?」
「あー! わかった! インディーズなのに主題歌を歌ったバンド?」
「そう、そう」
「あの曲いいよな! なんて曲だっけ?」
同じくセカンドステージの客席で別の団体もツイッターを見ている。
「メガパンクに事務所の後輩ができるらしいぞ?」
「そうなの? 誰?」
「ダイヤモンドハーレム」
「あー! 対バンで観たあの勢いのあるガールズバンド?」
「そう。メガパンク観に行くつもりだから、もうサードに移動しねぇ?」
「だな。そうするか」
やがてツイッターを確認した観衆の輪は広がっていき、スネイクソウルの演奏開始直後、ぞろそろと移動が始まった。
そして更に事は起こる。多くの観衆がサードステージに向かって移動を始める最中、フェス会場内で騒ぎが起こった。その騒ぎを引き起こしたのはロングのストレートヘアーと、同じくロングだがウェーブヘアーの欧米人であった。
「はっ!? ポールとビーン!?」
セカンドステージから移動を始めた観客が驚く。
そのいかつい欧米人の男2人はIDカードを首から提げ、猛然と会場内を全力疾走していた。彼らはメインステージで演奏を終えたレッドオフデイのボーカル・ポールと、ベース・ビーンである。
しかもメインステージからファンを引っ張って来てしまい、スタート直後のマラソン大会さながらだ。それどころか、道中で他にも観客を飲み込んでしまい、雪だるま式に増えていた。さすがは世界的に有名なビッグアーティストである。
そんなフェス会場内の喧騒を経て今サードステージの上で、古都と美和と唯はそれぞれギターとベースを弾きながら声をマイクにぶつける。すると客席後方の入場ゲートが見える。そこはなんと太く長い列を作った来場者が、このサードステージに続々と入ってきていた。
そんなサードステージでダイヤモンドハーレムは3曲を歌い上げ、最初のMCに入る。
『こんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』
『うおー!』
地鳴りのような歓声が鳴り響いた。たった3曲の演奏中に、サードステージに用意されたスペースは人で溢れ返っている。するとステージ袖から美和がスタッフに呼ばれた。古都は構わずMCを続けるが、美和の目は見開く。
『凄い数ですね! 演奏しながら増えるからびっくりしちゃった!』
『いぇーい!』
古都の麗しい声と笑顔に観衆から興奮の声が上がる。既に雲は遠くの空に流れ、眩いばかりの太陽が顔を出していた。その日の光はダイヤモンドハーレムの4人を爽快に照らす。
「ウォゥ! セイフク! セイフク!」
響輝と杏里は背後からの声にギョッとする。そして恐る恐る振り返った。
「うはっ!」
「ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポールとビーン……!」
響輝が感動のあまり言葉を構築できない一方、杏里はなんとかそのビッグアーティストの名前を口にする。なんと、2人の背後にはガタイが良く、いかついロングヘアーの欧米人2人が満面の笑み……いや、鼻の下を伸ばしただらしない表情で大きな酒瓶を振り上げていた。
実は響輝も杏里も演奏開始時とは違う位置にいる。演奏が始まると背後からの圧力が凄まじく、それで前方に押し出されたのだ。そしていつの間にか背後にビッグアーティストの2人である。
更に振り返って気づいた。このサードステージは満員だ。それを裏打ちするMCが美和から割り込まれた。
『古都!』
『ん?』
『入場規制だって……』
『きゃっ!』
唯の悲鳴をマイクが捉えた。古都の目はまん丸に見開く。もちろんステージ上の4人に、ましてやステージ袖で見守っている大和にその経緯はわかっていない。言わずもがな、その要因は解散宣言をしたスターベイツの話題と、所属事務所発表によって後押ししたメガパンクだ。
そして一番の要因は響輝と杏里の背後にいる。響輝と杏里は体の向きを正面に戻し、言葉を交わす。
「握手とサインもらえねぇかな?」
「今は無理でしょ……。完全にパンピー意識の観衆じゃない?」
「だよな。て言うか、本当に入場規制がかかったな」
「だね。気づいて良かったね」
それはメインステージでの最後のMCだった。ビッグアーティストの言葉に、響輝と杏里はサードステージに入場規制がかかる懸念を抱いたのだ。
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