第四十二楽曲 第五節
小高い丘の上から見えるのは広大な太平洋だった。その潮風を浴びながら体操服姿の古都と美和は髪を揺らす。目は水平線に向いており、表情は明るい。
「すごーい! でかーい!」
「うん。広いね!」
陸地と海の狭間を海鳥が飛来し、美少女2人の登場を祝福するかのように甲高い鳴き声を上げる。
感慨深くも思う。昨夏はここからそれほど遠くはない場所で、同じ太平洋を臨みながらビーチライブのステージに立った。その時の収益もあってレコーディングができた。そして今やその収録曲のタイアップ映像とミュージックビデオの撮影だ。この流れのどこを切っても今の自分たちはない。
「売れるといいね」
美和が視線を遥か彼方に向けながら隣に立つ古都に言う。希望に満ちたいい表情をしていた。古都は自信に満ちた表情で美和と同じ方向を見ながら答えた。
「うん。売れたらメジャーデビューの話、進むかな?」
「そうなると思うよ。さすがに放っておけないでしょ」
「だよね。そうしたら次は『ヤマト二世』だね」
「だね。私たちのメジャーデビュー曲にしたいね」
古都が言った『ヤマト二世』とは、初代『ヤマト』である『STEP UP』のインディーズCD収録を決めるために、メンバー皆で夜通し作った傑作曲だ。大和を想う恋愛ソングであり、メンバーのみならず大和も自信作だ。
但しまだ詞と曲のみで
「あんまり現場離れるのも良くないし、そろそろ戻ろうか?」
「そうだね」
美和に促されて古都が納得を示す。この2人、実は事前に言われていた佐々木からの注意事項を聞いていなかった。その時古都は大和に夢中で、美和は萌絵との話に夢中だった。だから廃校の敷地を抜けたわけだが、活発な2人が話を聞いていないとは嘆かわしい。
車が通れないほどの狭い道を歩く古都と美和。海から吹き込み丘にぶつかる風は強めだ。髪のみならず体操服の袖と裾も揺らす。
やがて2人は片側1車線ある通りまで出た。するとバス停の手前の広い路肩に1台の他県ナンバーの黒いワンボックスカーが停まっていた。そのワンボックスカーに大学生くらいの3人の男が背中を預けて立っている。
「やっぱりいた!」
1人の男が言う。彼らの視線は古都と美和に向いており、顔から体まで舐め回すように見る品のない表情で笑みを浮かべていた。3人とも厭らしい視線以外これと言った特徴もない大学生風なので、言葉を発した男を仮に男Aとする。
「本当だ。よくわかったな」
男Bが言う。それに得意げな表情を浮かべたのは男Aだ。男Cは厭らしい笑みのまま古都と美和を見たままである。古都と美和は思わず身構えるが、そのワンボックスカーの脇を通らなくてはならないので、憂鬱になる。
「こっちの方にドラマの衣装を着て歩いて行った女2人が見えたんだよ」
自慢げに言う男Aの言葉は耳に入る。古都と美和はしっかり手を握り合って、ワンボックスカーの脇を抜けようとした。しかし。
「ねぇ、ねぇ?」
男Cに進路を塞がれる。普段、ファンならば邪険には扱わないダイヤモンドハーレムのメンバーだが、この男たちには明らかに雰囲気の違いを感じる。古都は一度キリッとした視線を向けるが、その視線をすぐに外し、美和の手を引いたまま男Cを避けようとした。
「待ってよ」
すると今度は男Bから進路を塞がれる。会話の内容から察するにドラマの撮影現場を見に来た野次馬で、且つ、芸能人とお近づきになりたいミーハーであることは古都も美和も理解し始めている。
「ドラマの出演者?」
「違います」
古都は男Bの質問にはっきり答えた。ゲスト出演はしたものの、確かに間違ってはいない。美和は少しばかり怯えた表情も垣間見せるが、どちらかと言うと男たちを邪険にした迷惑そうな感情の方がより強く表れている。
「嘘だぁ。それってドラマの衣装でしょ? 俺たちここ最近見に来てたからわかるよ?」
「すいません。私たちもう現場に戻らないといけないので」
「やっぱり出演者じゃん。どこの事務所?」
古都の都合は無視して自分の質問を重ねる男B。長く絡まれ続けるのも良くない。下手なことをしてせっかくもらっている芸能事務所所属の話を流すわけにもいかない。古都は咄嗟に言った。
「私たち芸能事務所には所属してません。ほんのちょっと協力しただけです。もう戻らないといけないので、通してください」
「は!? 芸能人じゃないの? こんなに可愛いのに?」
男たちの目が見開いた。その男Bの言葉に続いたのは男Aだ。
「俺、こっちの子めっちゃタイプ」
「俺、こっちの子。めっちゃアンダー細いし。て言うか2人ともじゃん」
追随したのは男Cだ。風が強めなので、正面から受けると体操服はしっかり体に張り付き、その肢体を模る。それを厭らしい目で観察していた男たちである。
「ねぇ、ねぇ、今から遊びに行こうよ?」
男Aの言葉に肩を落とす古都。今のところは嘘ではない芸能事務所未所属も効果を発揮しなかった。そろそろ本当に解放してほしい。
「だから、私たち現場に戻らないといけないんです。通してください」
「じゃぁ、連絡先教えてよ?」
「嫌ですよ」
「あん?」
途端に巻き舌になった男A。それをスタート合図とするかのように男Bと男Cも目の色を変える。まずは男Aが動いた。
「きゃっ!」
「古都!」
突然古都は男Aから強引に肩を抱き寄せられ、顔を近づけられる。古都と美和の手は離れてしまい、美和は焦った。
「ふーん。ことって言うんだ?」
口から発せられる煙草の混ざった息の臭いが古都の鼻を突く。古都は体勢を崩された拍子で歪めた表情にその不快を混ぜた。美和は咄嗟に古都の名前を口にしてしまい、後悔も過る。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、付き合えよ?」
「そう、そう。本当は芸能人が良かったけど、お前ら顔はいいから特別な?」
乱暴な口調の男Aに続いたのは男Bだ。古都は男Aの体に腕を突っ張り、なんとか距離を取ろうとする。
「きゃっ!」
しかし美和の悲鳴が古都の耳に届いた。なんと美和まで男Cから古都のように抱き込まれていた。美和も腕を突っ張り精いっぱいの抵抗を見せる。
すると今度は車のスライドドアが開く音が聞こえた。考えるまでもなくワンボックスカーの音だ。古都と美和はこの音に恐怖した。
「とにかくさっさと乗せてどっかに連れ込もうぜ?」
言ったのはスライドドアを開けた男Bだ。男Aと男Cが了承の返事をしたので、男Bは車を回り込んで運転席に身を入れた。
「止めてください!」
「止めてっ! 嫌っ!」
美和も古都も精いっぱいの抵抗を見せる。しかし男の力に敵うはずもなく、ものの数分で美和は車に引きずり込まれた。もちろん次は古都である。
「嫌っ! 私も美和も解放して! お願い!」
「俺らがちゃんと楽しんだら解放してやるからな」
古都は車の入り口の脇に足を突っ張って抵抗していた。車内で美和は男Cから体を拘束され震えていた。古都の抵抗の声は耳に届いている。しかしその古都の足に絶望を与える音が振動となって伝わる。運転席の男Bがエンジンをかけたのだ。
そろそろ本当にマズい。とにかく美和を車外に出して一緒に逃げなくては。そんな考えが脳裏を過る中だった。
ぼふっ。
「うぅ……、痛ぁ……」
古都のふくらはぎに鈍い痛みが走った。突っ張っていた足を男Aから蹴り上げられたのだ。瞬間、古都の足は車から外れてしまい呆気なく車内に押し込まれた。
「行くぞ?」
「あぁ!」
運転席の男Bに応えて男Aがすぐさまスライドドアを閉めた。広いワンボックスカーだが、セカンドシートに4人も詰めているのでかなり狭い。息苦しさも感じる。そんな中とうとう車は走り出した。
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