第四十一楽曲 第三節
学校が半日なので一度帰宅して着替えた美和。備糸駅の駅前広場にやって来て、1人でビラ配りをしていた。
「こんにちは、ダイヤモンドハーレムです。CDデビューすることになったのでお願いします」
見向きもしてくれない通行人もいる中、ある程度は受け取ってもらえる。容姿がいいのは得である。
「美和ちゃん、お待たせ!」
「あ! 唯!」
すると駆け付けたのは家庭訪問を終えた唯だ。唯も着替えていて私服姿だ。美和の足元にあった手提げからビラの束を取り出すと、早速美和の近くでビラ配りを始めた。
美少女が2人になったビラ配り。やはり受け取ってはもらえる。平日の昼間なので街中の通行人自体は少ないが、それでもナンパをしてくるような輩がいないことは救いだ。
因みにビラ配りの効果なのかはわからないが、インディーズCDの予約が少しだけ伸びた。と言っても100枚も伸びておらず、まだ予約総数が600枚にも届いていない。
それでも地道に告知や販促活動を続けるメンバー。ビラにはホームページや動画サイトに上げた楽曲のことは記載してあるので、動画の再生回数は伸びている。メンバー用のツイッターのフォロワー数も増えた。続けていればいつかはと、目に見える数字の効果を噛み締める。
それから少し経って備糸駅で電車を降りたのは古都と希だ。家庭訪問を終えた2人は乗る駅で一緒になった。そして改札口を出ようと駅構内を歩いていた時だった。
「古都先輩! 希先輩!」
「げ……」
「むむ」
その明るい声かけに対して、あからさまに嫌そうな顔をした古都と希。聞き覚えのあるその声に目を向けようともしない。
「古都先輩! 希先輩! こっちっす! こっち!」
しかし声の主は2人が気づいていないと思っているのか、尚も大きな声で2人の名前を口にする。そして古都と希が改札口を抜けると、彼らは目の前に立った。仮称末広バンドの4人だ。
「はぁ……、なんでいるのよ? 末広君」
「余所余所しいなぁ。名前で呼んでくださいよ」
質問に答えずそんなことを言う健吾だが、古都が余所余所しいわけがない。なぜなら図々しいほど人懐っこいからだ。そんな彼女がわざと苗字で呼ぶのは、一線を画して距離を保っている証拠である。
「それで? なんでいるのよ? 末広君」
「ちぇ。学校が半日だからここら辺で遊んでたんです。俺ら、この駅からバスだから」
そう答えた健吾をはじめ、仮称末広バンドの4人は皆制服姿だ。特に目的もなくフラフラしていたようで、ちょうど改札口の前を通った時に古都と希を見つけた次第である。
「ふーん。暇なら練習すればいいじゃん?」
「楽器持ってないっすもん」
古都と健吾が言葉を交わす一方、希と他の仮称末広バンドのメンバーはそのやりとりを見守っていた。希としては古都が健吾の相手をしてくれるので助かっている。
「帰ってからそっちの地元ででもやればいいじゃん?」
「そこまでするのは面倒くないっすか?」
「はぁあ? こっちでバンド活動がしたくてわざわざ進学したんじゃないの?」
この駅から健吾たちが住む町までバスで30分以上かかる。つまり電車も乗り継いでの通学時間は1時間近くかかるのだ。
「そりゃだって、俺らの地元は軽音楽の発表場所ないし、そうかと言って都心まで行くと競争率が高いからすぐ埋もれちゃいますもん」
「はぁ……」
大きくため息を吐いた古都。意見は尤もだが、練習にストイックではないバンドにピンキーパークは負けたのかとやるせない。とは言え、確かな実力があるのはU-19ロックフェスで観てわかっているので、それが余計に気持ちを複雑にする。
「そんなんだから地区大会で受賞できなかったんだよ」
「えー。別にU-19ロックフェスばっかが全てじゃないですし。ダイヤモンドハーレムは全国出るんですよね?」
「出ないよ。辞退したから」
「は!? なんで!?」
「それは秘密」
まだビリビリロックフェスの運営から公式の全出演者ラインナップが発表されていない。一部発表されているアーティストもいるが、ダイヤモンドハーレムはまだ発表されていない括りだ。だから理由は言えない。
「ミステリアスだなぁ」
よくわからないことを屈託のない笑顔で言う健吾である。その健吾が一転、話題を変えた。
「今からカラオケ行きません?」
「は? 無理だよ」
ただのナンパであった。それなりの対応をしている古都だが、げんなりする。希は飽きたのか、我関せずと言った感じでそっぽを向き始めた。そもそも健吾のお目当ては希なのに。
「じゃぁ、ゲーセンは?」
「無理だって」
「えー。何ならいいんすか?」
「何ならって、何も無理だよ。私たちやることあるから」
「ん? 私服じゃないっすか」
あぁ、そういうことか……と古都は悟った。私服で出てきたものだから、古都と希は遊びに来たのだと健吾は思っているのだ。
「私たち遊びに来たわけじゃない。今からCD発売の告知」
「え? 発売日決まったんですか?」
「そうだよ」
「絶対買いますね!」
「お! それは嬉しぞ、後輩君」
「健吾って呼んでください」
「CDはホームページで予約できるから、後輩君」
「わかりました。――お前らも買うよな?」
健吾は自分のバンドのメンバーを向いて問い掛けた。メンバーは一様に「買う、買う」と言って同調気味だ。ファンであるのは間違いないようで、これには古都も希も気を良くした。
「告知ってどこでやるんですか?」
「そこ――うおっ」
突然希から腕を引っ張られた古都。希はそのまま歩き出し改札前を離れようとした。とにかく希の腕力が強いので、古都は引っ張られるがままだ。しかもなぜか希は、美和と唯が2人でビラ配りをしている方向とは違う方向に向かう。
「のん?」
何も答えず相変わらず古都を引っ張る希。確かに二手に分かれてビラ配りをするので、4人まとまるわけではないが、一度合流しないと今は手元にビラがない。だから古都は解せなかった。
「ちょ、待ってくださいよ!」
そして慌ててついてくるのが仮称末広バンドだ。希は彼らに見向きもせず歩を進めた。そしてしばらく歩くと背中越しに彼らに言う。
「応援してくれるのは嬉しい。けど、私たちは私たちでやることがあるの」
「そんなこと言わずに遊びましょうよ?」
すると希は歩を止めた。その時にはもう人通りの少ない高架下まで来ていた。
「お願い。私たちの活動を応援してくれるなら、見守って」
「えー、ちょっとくらいいいじゃ――うおっと……」
「健吾!」
途端に健吾は肩を引き込まれる。それをしたのはベーシストの譲二だ。ガタイがよくどこか強面にも老けても見える高校1年生である。
ラッパーの裕司は健吾を支持していたのか驚いたような表情を見せている。因みに先ほどまではニヤニヤしていたので、チャラいと言われる風貌が顕著だった。一方、ギタリストの巧は縁なし眼鏡を指でクイッと上げ、相変わらず知的な仏頂面だ。
「邪魔しちゃダメだ」
咎めるように言う譲二はどこか威圧感がある。尤も健吾は付き合いが長いのでそれに動じることはないが、それでも意見には納得した様子で「わかったよ」と言った。
「じゃぁ、古都先輩、希先輩、俺たち行きますね」
「付き合ってあげられなくてごめんね」
「いえ。また今度誘います」
そう言って仮称末広バンドはその場を後にした。もう誘わなくていいよと言うのは古都と希の心の声だ。
「ベースの彼が一番常識人みたいね」
仮称末広バンドの背中を見送りながら希がそんなことを言う。
「だね。それより、のん。なんで反対方向に来たの?」
「だって、美和と唯と合流してたら彼女たちまで絡まれるじゃない」
「あ、そっか」
せっかく既にビラ配りを始めている2人だ。それこそ巻き込んでしまっては可哀そうである。納得した古都はこの後場所を変え、希と一緒に美和と唯と合流した。
「う……、マジかよ……」
「はぁ……」
げんなりする古都。ため息を吐く希。
美和と唯がビラ配りをしている近くに花壇がる。男4人がその花壇の縁に座って美和と唯を眺めていた。そう、仮称末広バンドだ。どうやら美和と唯も見つかったようだが、ビラ配りをしているのだから目立つのでやるせない。
花壇の縁で古都と希に気づいた譲二が、申し訳なさそうにゴツイ頭をペコリと下げた。
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