第三十九楽曲 第三節

 3月最後の日曜日にU-19ロックフェス各店予選は終わった。ダイヤモンドハーレムは他を寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスでグランプリを獲得し、客席で観ていた大和は地区大会の選抜もまず間違いないだろうと思っている。

 そして予選会を終えてメンバーは、今年も備糸高校の学友とゴッドロックカフェの常連客と花見である。満開には少しばかり早いが日曜日のこの日、市内の花見スポットとなる公園は賑わっていた。


「どうしたんだ? 古都」


 日も暮れて、花見も終盤と言った頃、とうとう大和がしびれを切らして問い掛けた。この日古都はステージ以外、終始難しそうな顔をしており場に意識がない。


「うーん……」


 大和の問いにまともな返事もできず古都はただ唸るだけである。大和に古都は煮詰まっているようにも見えた。


「考え事?」

「うん……。新曲……」

「ん? 新曲」


 この男、古都との約束をすっかり忘れている。古都は大和が納得できる最高の1曲で頭がいっぱいだ。しかし大和は煮詰まっている古都の表情は読み取れても、そもそも「ヤマト」を超える曲はそうそうできないと思っているから、約束が思考の外だ。


「ヤマトを超える新曲……」

「あー!」

「あーって。他人事かよ」

「あはは。ごめん、ごめん。まぁ……悩め、若者よ」


 やはり他人事である。とは言え、ずっと成長を見守ってきたメンバーだ。彼女たちが壁にぶつかっても折れないその姿が頼もしいと思っている。


「ん?」


 すると、古都が突然立ち上がった。大和はキョトンとした表情で古都を見上げる。


「帰る」

「は!?」


 大和は目を見開いて声を張ったが、周囲にその声は届いても、その前の会話までは把握されていない。場のメンツは一瞬2人を見るがすぐに自分の会話に意識を戻した。


「帰るって、もうすぐ終わりだから皆と片づけを一緒にしてだな――」

「帰る」

「いやいや。足は?」


 ここに最寄り駅はない。ハンドルキーパーを決めて一部の大人が酒を飲んでおらず、彼らが車を出している。高校生は一部自転車で来ているが、メンバーは楽器もあるので大和の車だ。


「帰るったら帰る。今からカフェで曲作りをする」

「おいおい……」

「だから大和さんも一緒に帰る」


 強情である。真剣な表情の古都は真っ直ぐ公園の先の川を眺めていた。その川から吹く風に綺麗なミディアムヘアーが靡き、蕾がほとんどの桜を背景にした古都に大和は見惚れる。しかし場に対する礼儀が大和を抑えた。


「うーん……。さすがにこの場に呼んでもらって片付けもせずに一方的に帰るのは失礼だろ? もう少しでお開きだからその後カフェでやろう?」

「わかった」


 すると古都はすとんと腰を下ろした。大和は古都が納得してくれたようで安堵する。昨年はジャパニカンミュージックの吉成との会合のため途中離席した大和だ。2年連続はさすがに腰が引けていた。そう言えば、その時に泉と再会したのだっけと明後日の方向にまで記憶が蘇る。


 やがて花見はお開きとなり、片づけを済ませてメンバーは大和の車に乗り込んだ。


「え? 古都ちゃん、今日も曲作りやるの?」


 そこでこの後の予定を知らされて驚いたのは唯だ。尤も唯が問い掛けただけで、美和も希も古都のその予定に驚いている。


「うん。絶対ヤマトを超える曲を作る」

「うーん……」


 大和はハンドルを握りながら唸った。どうにも古都の肩に力が入り過ぎているのだが、自分がけしかけたことなのでばつが悪い。とは言え、自分もプロデューサーとして拘りがあるので、条件を曲げる気はない。


 やがて他のメンバーを自宅まで送っていき、大和と古都はゴッドロックカフェにやって来た。古都はすかさずバックヤードに身を入れて創作に向き合う。


「古都、お腹空いてない?」

「空いてない」


 だいぶ日も暮れた時間帯だが、先ほどまで花見をしていてそれなりに飲食はしている。大和は一応と言った感じで聞いたに過ぎない。

 するとここで大和のスマートフォンが鳴り、着信を知らせた。大和は古都の邪魔にならないようバックヤードから出て応対した。1人残されたバックヤードで古都はギターを弾き鳴らし、メロディーを口ずさみ、慣れない鍵盤に時々指をかけ、機材を避けて作ったテーブルのスペースに広げたルーズリーフに書き込みをした。


 それこそなんでもいいと思えばなんでもできる。しかしそれではだめだ。それでもそんな中この半年で作った曲が10曲。大和も他のメンバーも感心している。しかし古都は納得していない。いや、納得が消えた。

 確かに大和が認めてくれるだけの10曲だった。レコーディングのゴーもかかった。しかしどの曲も「ヤマト」は超えられなかった。古都の思いは早く「ヤマト」を世に出したいのももちろんのことながら、ここで満足して「ヤマト」を超えられなければそのまま停滞するという焦りだ。


 時間も忘れて古都は創作に向き合っていた。それこそバックヤードのすりガラスの外が真っ暗になっていることにも気づいていない。だから時計の表示も見ていない。そんな時だった。バックヤードのドアが開いた。


「古都?」

「え? 美和? どうしたの?」


 姿を現したのは美和だった。彼女は花見の時とは着替えていて、どこかラフな格好である。背中にはリュックを背負い、手にはコンビニのビニール袋を提げていた。


「プリン買って来たよ。差し入れ」


 美和はコンビニの袋を掲げると古都に示した。そして「休憩しよう?」と言ってボックステーブルを挟んで古都の向かいに座った。


「なんで? なんで?」


 未だ美和の登場に解せない古都が質問を続ける。美和は袋から出したプリンを古都に差し出しながら答えた。


「今、大和さんに迎えに来てもらったんだよ。もし邪魔にならなければ私も何か手伝えたらなぁと思って。私だって作曲の経験あるし」


 笑顔でそんなことを言う美和にジーンと胸が熱くなる古都。メンバーのその心遣いが胸に染みた。古都は笑顔を見せて「ありがとう」と答えると、受け取ったプリンの蓋を開けた。

 美和は大和に古都の様子を窺うため、古都が創作に入ってすぐの頃に電話を入れていた。そしてずっと気になっていたので、大和から逐一様子を聞いていた。そして居ても立っても居られずとうとうここに来たわけだが、今の時刻は21時過ぎである。


「どう? 調子は?」

「全然ダメ。詞と曲を同時進行でやってるんだけど、なかなか……」

「そっか」

「けど、曲自体が悪いってわけじゃないの。だからストックにはなってる」

「それはそれで効果ありだね。今日は朝までやるの?」

「できなければそうなると思う」

「私もそのつもりで出て来てるから、付き合うよ」


 そんな会話を交わしながらプリンを突く2人。すると屋外から喧騒が聞こえてきた。会話の内容までは認識できないが、バックヤードから確認できる屋外は裏口付近しかない。道路に面していない場所のため、古都と美和は何だろう? と思って窓の外に目を向ける。

 するとバックヤードの扉が開いた。


「あ、やっぱり美和ちゃんもいた。2人ともお疲れ様」

「唯!」


 姿を現したのは唯である。目を見開いて彼女の名前を口にした途端、唯の背後から姿を見せた小柄な女子。


「のんまで!」

「お疲れ様」


 希である。この2人も根を詰めた古都が心配で様子を見に来たのだ。彼女たちもまた、大和と連絡を取り古都の様子を窺っていて、朝まで付き合うつもりで来ていた。

 結局メンバーが揃ってしまいそれが可笑しくて笑う古都だが、メンバーの気持ちに温かいものを感じた。今まで煮詰まって疲弊していたが、随分と息を吹き返したようでいい表情をしている。


 その頃、店の裏口の前では。


「希に手を出したらコロす!」

「しませんって、そんなこと」

「そう言って結局希と付き合ってたじゃないか!」

「そ、それは……すいません……」


 希の兄、勝に詰め寄られる大和。喧騒の正体はこれだ。それは希が吐いた嘘なのにと大和は肩を落とすが、そんなことを口にできるはずもないので、黙って彼の不満を受け入れる。

 ゴッドロックカフェから見て美和以外は家が同じ方向なので、勝にここまで送ってもらった希は事前に唯と連絡を取り、彼女も拾って一緒に来ていたのだ。そして運転手をした勝がなかなか帰らないのを大和に押し付けて、唯を連れてさっさとバックヤードに身を入れたわけである。

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