第三十七楽曲 第九節
学園祭まで約3週間となった10月下旬の月曜日。弁当を食べ終わって机上が片付いた席で古都がダラッと突っ伏す。だらしなく放り投げた古都の手が、正面の朱里と睦月の胸元に向いた。
「あぁ……、モデル集まらないよ……」
「そうだね……」
それに唯も気疲れした様子で答えた。そう、モデルはまだ足りていない。それどころか最初の試着の日から2週間が過ぎても尚、未だに4人だ。それを見ていた朱里が言う。
「スカウトする相手が男子だったら古都の美貌と唯の色気で釣れたのにね」
冗談だろうか? 本気だろうか? その真意はわからないが、古都も唯も昨年は卑猥な買収をしているので内心苦笑いだ。
するとそんな折、2年1組の教室のドアが開かれた。このグループ4人はその入り口に近く、その音は容易に耳にできる。そして睦月が意外な人物の訪問に声を出した。
「那智先輩」
「え? 百花先輩?」
古都がシャキッとして体を起こすと腰を捻った。その動きに合わせて古都と同じ向きの唯も入り口に体を向ける。
「やっほ」
百花は1枚の紙を握っていて、その手を上げて軽やかに挨拶を投げかけた。
百花は初めて見る教室内の睦月を見て、朱里があまりにもべったり彼女にくっついているものだから、どこか新鮮味を感じる。朱里のことは既に認識している百花だが、睦月がこれほど他の女子とスキンシップのように体を寄せていることが意外だった。それもそのはず。朱里と睦月の進展? した関係はこのグループ4人だけが知っていることである。
「どうしたんですか? 百花先輩」
「モデルが揃ったよ」
『え!?』
まさかの発言に目を見開くのは古都、唯、睦月の3人だ。百花が教室内に足を踏み入れると、いい反応を示してくれたと言わんばかりの表情でグループの脇まで来て話を続けた。
「それで今、修正した企画書を提出してきたところ。これがその提出前に撮ったコピー」
百花が得意げな表情で見せたのは、彼女の手に握られていた紙だ。それは文化部がステージ発表をする際、学校に提出する企画書だった。
「揃ったって6人もですか? 一体誰が?」
「へへん」
古都の質問に誇らしげに笑ってから百花は答えた。
「ダンスサークルの6人」
「は!?」
この日一番の古都の張った声が教室内に響く。クラスメイトが何事だと注目したが、声以外に特段違和感はないのですぐに視線を戻す。ただ、このグループの目は見開いている。まさかダンスサークルが?
「これ見て」
百花は机の上に置いた企画書を見るように促した。それをマジマジと見るこの場の4人。一度平常に戻ったその表情だったが、再び目が見開く。
「これをダンスサークルが受け入れたんですか?」
「そうよ」
驚いている様子の唯に、ない胸を張って答える百花。彼女は古都と唯に経緯を一通り説明した後、更に続けた。
「ついさっき有志発表の抽選があったの。けど、残念ながらダンスサークルは漏れた。それでこの企画ならってモデルを了解してくれた」
「なんと! そうでしたか!」
「それでね、あなたたちにも協力してほしいことがあるの」
「それって……」
古都だからこの企画書の内容に察するところはあった。それはダイヤモンドハーレムのメンバーの唯も同様だ。それで古都の予想を聞いて百花は言うのだ。
「察しが良くて助かるわ。どうかな?」
「はい! 大丈夫です!」
すると横で聞いていた唯が「え?」とすかさず反応する。
「古都ちゃん、大和さんに相談なしに決めちゃっていいの?」
「いいよ、いいよ。大和さんはどうせ私たちの押しに勝てないし」
確かに……と思う唯である。どうやら大和も関係する事柄らしいが、本来管轄外の学園祭に巻き込まれた大和には事前の相談もないらしい。
「あなたたちのステージ形態も少し変わるけど、そこは飲んでくれるよね?」
「もっちのろんです!」
古都が元気にそう言うので、百花は満足そうに笑った。そして教室を出ようと半身を返して言う。
「それじゃぁ、よろしくね」
ガラッ。
「雲雀!」
その瞬間、突然教室に入ってきて古都に突進してきた2人の男子生徒。彼らは昨年古都と希の下着で買収された美和の元クラスメイトである。あまりの勢いに百花も含めたこの場の女子5人は気圧される。
「な、なに……?」
抽選会というこの日、昨年の買収が思い出されて古都は引き気味だ。おかずに使われていることも意識してしまう。尤もそれが今でも進行中なのかはこの2人の男子生徒しか知らない。
すると男子生徒は2人とも眉尻を垂らして言う。
「抽選漏れた……」
「あ、そう。今年もエントリーしてたんだね」
「雲雀たちはいなかったけど、今年はステージ立たないのか?」
「今年は家庭科部の発表の一環でステージに立つよ」
「譲ってくれ」
「できるわけないじゃん!」
「そんなこと言わずに頼むよ。去年譲ったじゃん……」
困り顔を表現する男子生徒だが、男がやってもまったく萌えない。それどころか昨年はまずクラスメイトの美和の口利きがあってのことだったのに、なぜその美和がいる2組に行かずに古都のもとに来るのか。古都はそんな疑問も抱くが、とりあえず本題に答えた。
「私たちは文化部の一環なの。それに先生に譲る説明を通すだけの正当な理由がない」
「頼むよぉ。なんでもやるからさぁ」
「無理だって」
「何でも?」
拒否する古都を横目に反応を示したのは百花だ。百花は男子生徒に向かって問い掛けた。
「君たち、去年ダイヤモンドハーレムの前座で漫才やってた子だよね?」
「だよ」
「先輩だよ」
すかさず古都が制す。男子生徒は百花の上履きの色を見て態度を改めた。と言うかそもそも、普段から礼儀が成っていないのは古都も同じだ。
「今年も漫才やろうとしてたの?」
「そうっす。けど、俺たちただの目立ちたがり屋なんで、ステージに立てるなら何でもいいっす」
「ふーん」
すると目を細めた百花。その表情に男子生徒は何を企んでいるのだろうと勘繰った。
「良かったら家庭科部のステージの司会やらない?」
「司会!?」
「うん。できればラジオDJ風がいいんだけど、できないかな?」
「やる! やります! やらせてください!」
二つ返事である。あまりにもいいテンポに古都も唯も睦月も朱里も唖然だ。ただ、このステージ発表のリーダーは百花だから、文句を言うつもりはない。
「助かる。うちの部員だと裏方に追われるから、1人司会に取られたらきついなって思ってたんだ。じゃぁ、色々段取りを教えるから放課後家庭科室に来てね」
「はいさー!」
敬礼のポーズを取る2人の男子生徒を尻目に百花は2年1組の教室を後にした。嵐のようであった。それは百花なのか、まだ残っているこの男子生徒なのか……。それはうまく認識できないが、古都は言う。
「良かったね。今年もステージに立てて」
「おう!」
ニカッと歯を見せた元漫才コンビは颯爽と2年1組の教室を後にした。
「う……、今度は10人かよ……」
そしてこの週の金曜日の放課後、ゴッドロックカフェに集まった女子高生に圧倒されるのは大和だ。ダイヤモンドハーレムが4人と、ダンスサークルが6人である。
「……と言うことで、学園祭まで金曜日の私たちの練習の時間帯だけ、ダンスサークルの練習場所にもこのホールを提供してね」
「わかったよ……」
よくわからないがとりあえず承諾した大和。古都が言う時間帯だけなら、ホールをダンスの練習に使われるのは何の不利益もない。どうせ何を言ったところで古都が引くわけもないし、そもそも既にダンスサークルは連れて来てしまった。だから大和は飲み込んだ。
百花がダンスサークルを説得したことは、結果的に仲介も果たした。学園祭本番に向けてこの2つのユニットは、協力関係を築いた。
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