第三十七楽曲 第八節
衣替えも終わった10月。備糸高校の生徒は地味なブレザーに身を包んでいる。
そんな放課後、明るい表情で家庭科室に入室したダイヤモンドハーレムのメンバー。古都に至ってはルンルン気分が目に見えてわかる足取りだ。古都と唯のクラスメイトである睦月と朱里も一緒に入室した。
「あ、こんにちは」
家庭科室で出迎えたのは1年生部員の新菜である。愛想のいい笑顔の彼女は幼気なその表情が可愛らしい。睦月が家庭科室を新菜のもとまで進むと、新菜が言う。
「百花先輩はまだです」
「そう」
と睦月が答えた瞬間、ガラッと家庭科室のドアが開く。登場したのは百花だ。
「皆早いね」
この日は10月最初の金曜日。ダイヤモンドハーレムはメンバー全員アルバイトがなく、定期練習は開始を遅らせてここに来ている。目的は試着だ。家庭科部の服飾の3人がダイヤモンドハーレムのブレザー衣装を完成させたのである。それで古都はこの浮かれようというわけだ。
すると新菜が保管場所に使っているブースからブレザーを持って来た。普段は試着用のスペースになっている2畳ほどのスペースは、学園祭を前に物置と化している。そしてダイヤモンドハーレムのメンバーは登場した衣装に目を輝かせる。
「うわぁぁぁ、可愛い」
「すごーい。朱里ちゃんのデザインそのままだ」
古都に続いて美和が感嘆の声を上げる。各々衣装を手渡されて、マジマジとその出来を見る。朱里は自分のデザインが具現化されて感動していた。
「上手に作ってる」
「うん。素晴らしい」
唯と希も満足そうで、そして嬉しそうだ。するとコンコンと家庭科室のドアがノックされた。
「私行ってきます」
応対を買って出たのは新菜だ。ブースが物置と化しているため、この家庭科室内に着替えるためのスペースはない。だからカーテンは閉め切っていて、百花が入室の際表に「着替え中」の掛札を提げていた。
「あ! こっち! こっち!」
室内から入り口を向いて明るい表情を見せたのは古都だ。新菜が開けたドア付近には2人の女子生徒が立っていた。古都が校門でスカウトした帰宅部の女子生徒である。これからは学園祭のステージに向けて、打ち合わせや調整や歩行の練習があるため、この日からモデルの生徒も活動開始だ。
「あ、江里菜ちゃん」
するとすぐに江里菜も到着した。彼女はテニス部の部員を呼びに行っていて、クラスメイトの美和と希とは別行動でこの家庭科室にやって来た。テニス部の練習には遅れて参加の予定である。
「へー、これが唯ちゃんたちの新しい衣装?」
「そうだよ。朱里ちゃんがデザインしくれたの」
「可愛い。それにクオリティーが高い」
濃紺のブレザーに赤のチェックのスカート。そしてボリュームのあるリボンも赤だ。コスプレ衣装ほど華美ではなく、しかし備糸高校の薄紺色の地味なブレザーよりは華やかである。
「よし、揃ったし、早速始めましょうか。私が副部長の那智よ。よろしくね」
『よろしくお願いします』
まずは自己紹介から始まり、早速試着に取り掛かった。手始めにブースから運ばれて来たのは、キャスター付きのハンガーラックだ。そこには20着の衣装がかけられていた。それをモデルは各々手に取り、ダイヤモンドハーレムはブレザー衣装に着替えた。
「すごーい、可愛い」
まずは備糸高校の制服ではないブレザーに身を包んだダイヤモンドハーレムを見て、江里菜が目を細める。そして希の胸元を指さして言うのだ。
「ワッペンもある」
「うん。これも朱里がデザインしてくれた」
それを聞いていた朱里が説明を引き継いだ。
「これはネットで刺繍の業者を探して作ってもらったの。それをむっちゃんに渡したらブレザーの胸ポケットに縫い付けてくれた」
そのワッペンは盾形のエンブレムで、ブロック体で「D・H」があしらわれている。ダイヤモンドハーレムのイニシャルだ。ブレザーを際立たせているこれは、湘南のビーチライブ効果により捻出できた追加予算あってのものだった。
「江里菜も可愛いわ」
「えへへ。衣装がいいんだよ」
希からの賛辞にはにかみながら謙遜も口にする江里菜。彼女が着ている服はややフォーマルにも寄っているが、原則路線は十代の女子向けでカジュアルだ。運動部で健康的な体つきの江里菜は、その華やかな衣装がよく似合っていた。
この後も止まない家庭科室内の賛辞。ダイヤモンドハーレムやモデルの女子が服を見せ合って盛り上がっている。朱里も随分と楽しんでいて、自分がデザインに携わっていない私服の衣装なんかにも興味津々だ。
一方、家庭科部の3人は安全ピンを使い、モデルに合わせて衣装を調整するための作業に追われた。ただブレザーの方はさすがで、メンバーに合わせて作られていることもあり、サイズはピッタリである。
そんな賑やかな試着会を終え、帰宅部のモデルは下校し、テニス部のモデルは自分の部活に行った。モデルが家庭科室を出る際は、衣装の調整が終わり次第、段取りの説明や歩行の練習にかかると百花が説明した。
「あと6人か……」
家庭科部とダイヤモンドハーレムだけになった家庭科室で美和が呟く。ダイヤモンドハーレムは既に衣装を脱ぎ、備糸高校の制服に着替えていた。
「まだ半数も集まってないんだね……」
美和の呟きに力なく反応したのは唯だ。そう、モデルは今のところこの日この場所に来た4人で全てだ。家庭科部が発表したい衣装の数にあと6人足りない。
すると古都が思いついたように言う。
「ん? 6人? それならダンスサークル――」
「古都!」
しかしその案は美和から遮られてしまう。古都は「やっぱりタブーだよね」と言って苦笑いだ。しかしこれに興味を示したのは3年生部員の百花で、古都に問い掛けた。
「ダンスサークル? 彼女たちがどうかしたの?」
「ん? 百花先輩、知り合いですか?」
「うん。中学の時の部活の後輩が2年にいるんだよ」
「そうなんですか? 百花先輩って中学の時は何を?」
「バスケ部」
「運動部!?」
今百花は文化部だから古都にとっては意外であった。とは言え、それはバンドをやっている古都も大差ない。それにダンスサークルこそ運動部のイメージだ。それに気づくと古都は一気に腑に落ちた。
「声かけたの?」
「はい。たぶんだけど、興味を示してくれた子もいたんです。本当にたぶんなんですけど、本当はモデル自体は嫌じゃないんじゃないかと思って……」
根拠はない。だから古都は「たぶん」を重ねた。しかしそれならなぜ断られたのか、当然のように百花は疑問を抱く。
「モデル自体は……ってどういうこと?」
「実は……」
古都はダンスサークルから何を言われたのかを話した。それを百花は顎に手を当てて真剣に聞いていた。彼女の中で色々な思考が巡る。そしてそれを聞き終わると言った。
「そっか。不平不満を言ってるからちょっと難しいかもね」
「ですよね……」
そんな会話を交わしながら百花は部員の睦月と新菜に視線を向けた。
「衣装の調整、少しの間2人に任せてもいい?」
「えぇ。大丈夫です」
睦月が答えると百花は通学鞄を漁った。そして筆記用具と1枚の用紙を取り出すと、一人だけ離れた席に行き筆記を始めた。その集中力は凄まじく、なかなか誰も声をかけられない。
そんな百花を横目に、ダイヤモンドハーレムのメンバーは定期練習が遅くなってしまうのでここでお暇することにした。百花にはその背中にそっと「衣装ありがとうございます。失礼します」と声をかけた。百花は背中越しに手だけ振って、引き続き集中していた。
家庭科室を出たダイヤモンドハーレムの4人は、ビニールの被せられたブレザーの衣装を大事に抱えて学校を出た。翌日の土曜日もライブがある。早速お披露目できることに心躍っていた。
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